安倍晋三氏(右)、二階俊博氏(左)の政治生命にも関わる案となっています(写真:JMPA)

1票の格差是正のための衆院「10増10減」案をめぐる騒動が、自民党内実力者の権力闘争も絡む「闇試合」の様相となりつつある。安倍晋三元首相と二階俊博元幹事長の選挙区が減員対象となり、区割り次第で両実力者の政治生命にも関わるからだ。

すでに、自民党内では「10増10減」案に反対する「有志の会」議員154人が党執行部に見直しを要求。行司役のはずの細田博之衆院議長も公然と反対論を主張し、選挙制度の専門家として自ら「3増3減」案を提起して騒ぎを拡大させている。

区割り変更案は政府の衆院選挙区画定審議会が勧告

そもそも、今回の「10増10減」案は、与党の自民、公明両党が2016年4月に国会に提出、衆参両院で成立させた衆院選挙制度改革関連法に基づくもの。まさに、「自分たちが決めたルールを、ちゃぶ台返しにする動き」(立憲民主幹部)でもある。

同案は、総務省が2021年6月25日に公表した2020年国勢調査速報値を踏まえた試算から導き出された。これを受け、政府の衆院選挙区画定審議会は2022年6月25日までに「10増10減」のための区割り変更案を岸田文雄首相に勧告することになる。

勧告を受けて政府は間を置かずに勧告を反映した公職選挙法改正案を国会提出する。自民以外の各党は「勧告どおり粛々と実施すべきだ」との立場で、岸田首相も「勧告に基づく改正案を粛々と国会に提出する」と表明している。

ただ、同案が勧告された時点で、自民内の反対論が激化するのは確実。そのタイミングも参院選と同時進行の「政局絡みの火種」(自民長老)となるだけに、岸田首相や自民党執行部は対応に苦慮しそうだ。

「1票の格差」の問題は、国政選挙のたびに民間団体などが各地の裁判所に提起する「違憲訴訟」とそれに対する判決を受けて、国会での是正が迫られてきた。それを踏まえ、2016年4月に与党として改正関連法案を国会提出、衆参両院で自民、公明などの賛成多数で可決・成立させた。

この法改正で新たに導入されたのが、都道府県ごとの定数を人口に応じて増減させる「アダムズ方式」だ。総務省の速報値によると、現在289ある衆院小選挙区の1票の格差は、人口最多の東京22区(57万3969人)と最少の鳥取2区(27万4160人)の間で最大2.049倍に拡大。この鳥取2区との格差2倍以上の小選挙区数は20に及ぶ。 

それにより、昨年6月25日にまとまったのが「10増10減」案。具体的には、東京都で5増、神奈川県で2増、埼玉・千葉・愛知各県でそれぞれ1増となる一方、宮城・福島・新潟・滋賀・和歌山・岡山・広島・山口・愛媛・長崎各県でそれぞれ1減となる。

これを受けて、当時の加藤勝信官房長官は「勧告を踏まえて速やかに必要な法制上の措置を講ずる」と言明。当時の大島理森衆院議長も「選挙制度は不断の見直しが必要」と改正を進める立場を明確にしていた。

ただ、定数減となる小選挙区の多くが保守地盤で、東京など大都市の小選挙区の定数増は「一般的に野党に有利」(自民選対)とされる。このため、定数減となる小選挙区の自民党議員らから「地方の切り捨て」との反発と不満が相次ぎ、自民所属全衆院議員の約6割の議員が見直しを求めて決起したわけだ。

山口は「安倍VS林」、和歌山は「二階VS世耕」に

中でも波紋を広げたのが定数1減となる山口、和歌山両県だった。山口では4区は安倍氏、3区は林芳正外相が当選した選挙区。林氏は昨秋の衆院選での参院からのくら替えで「次期首相候補」に躍り出た有力者。当然、両区の区割りが変わって新たな小選挙区となれば、元首相と首相候補が同区の公認をめぐって激突することになる。

その一方、和歌山は二階氏の地元だが、現在83歳の同氏は次回の衆院選で引退し、息子に選挙区を譲る考えとみられている。ところが、こちらも二階氏と地盤が重なる世耕弘成参院幹事長が「首相を目指すため、次は衆院にくら替えする」と明言しており、二階陣営とのバトルは避けられない。

当の二階氏は減員区となったことについて、メディアに「政府の方針は間違いがあるのではないか。地方には迷惑な話だ」と不満を隠さない。これに対し世耕氏サイドは「自ら決めたことは守るべきだ」と主張する。

そうした中、昨年末の自民党選挙制度調査会では「10増10減」への批判が噴出。無所属なのに出席した同党出身の細田衆院議長が、東京都で3増、新潟・愛媛・長崎各県で1減とする「3増3減」案を提起し「地方を減らして都会を増やすだけが能じゃない」と発言した。

細田氏の言動については「細田氏は議員立法の提出者だったはず。そもそも中立を守るべき議長が、法律を無視するような言動は許されない」(選挙制度専門家)との批判が爆発。しかし、細田氏は4月9日の地方講演でも「議長がいろんなことを言うと『黙っておれ』という人もいるかもしれないが、そうはいかない」と自説を曲げない態度を貫く構えだ。

こうした細田氏の言動に各党は不満を募らせ、4月6日に立憲民主党の馬淵澄夫国対委員長は、自民党の高木毅国対委員長と国会内で会談し「国会を無視する発言だ。看過できない」と抗議。10増10減実施を文書で確約しなければ信頼関係は成立せず、国会運営に影響が出ると伝えた。

また、維新の藤田文武幹事長は記者会見で「非常に不適切な発言だ」と批判。国民民主党の古川元久国対委員長も高木氏に「発言は極めて遺憾」と申し入れ、共産党の穀田恵二国対委員長は「発言撤回が必要」と厳重抗議した。

「岸田1強」なら新たなキングメーカーになる可能性

こうした騒ぎは今後も拡大必至だが、その裏舞台には、次期衆院選後の自民党の権力構造を絡めた暗闘も見え隠れする。現在、同党内でキングメーカー然として振る舞っているのは、首相経験者の麻生太郎副総裁、安倍、菅義偉3氏と、長らく幹事長に君臨した二階氏というのが大方の見方だ。

しかし、岸田首相が「10増10減」案を押し進め、安倍、二階両氏を窮地に追い込めば、「次期衆院選後は自民内の権力構図が一変する可能性」(自民長老)もある。麻生氏も今年9月で82歳と引退間際だけに、参院選が自公勝利で終わり、岸田首相が長期安定政権への道をひらけば、「1強となった岸田氏が、キングメーカーの資格を得る」(同)ことにもなる。

そもそも、2009、2012、2014年の衆院選を「違憲状態」とした最高裁が、最大格差1.98倍の2017年衆院選を合憲と判断したのは、アダムズ方式導入を決めた関連法の成立を評価したからだ。アダムズ方式への不満があっても、「国会自らが決めたルールを実現できなければ国民の政治不信が募るだけ」(選挙制度専門家)というのはまさに正論だ。

ただ、その正論の裏側で繰り広げられそうな自民党内の権力闘争が、「永田町政治の暗部の象徴」(首相経験者)ともみえる。それだけに、参院選と同時進行となる「10増10減」騒動は、次期衆院選までの「政局最大の波乱要因」(同)となるのは間違いなさそうだ。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)