(C)MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会

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名作TVアニメ『電脳コイル』から15年を経て、遂に完成した磯光雄監督の最新作『地球外少年少女』。インターネットもコンビニもある2045年の日本の商業宇宙ステーションを舞台に、月で生まれ育った少年少女と地球からやって来た少年少女がめぐりあい、直面する様々な困難に立ち向かう物語が描かれる。
キャラクターデザインに吉田健一、メインアニメーターに井上俊之ほか、最高の布陣が集結して完成した全6話の後半3話分が、現在劇場版後編『はじまりの物語』として公開中。そこで今回は、磯監督の長きにわたるファンである漫画家・やまむらはじめさんに全6話をまとめて鑑賞して頂いた後、本作の魅力について語って頂いた。

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――これまで『地球外少年少女』という作品に、どういった期待感を持っていましたか。

やまむら やっぱり宇宙の生活をどう描写するのか、というところが気になりました。磯光雄さんは宇宙方面の知識に詳しいと思いますし、あそこまでの表現力のある方がそこをどういう風に見せるのか――前作の『電脳コイル』にも、やはりそういう部分がありましたからね。

――『電脳コイル』は現代より一歩、というより半歩進んだ時間軸に立った作品でしたから、確かにその部分への興味は高くなります。

やまむら ええ、個人的には『機動戦士ガンダム』以降、宇宙での生活描写をちゃんとした知識を基に更新した作品ってそんなにないという印象もありましたからね。

――さて、待望の全6話を観た感想はいかがですか。

やまむら いやー、面白かったです! 新しい磯監督作品を6話一気見したというだけでも、 すごく贅沢な話ですよね。実のところ、こんなに早くできるとは思ってなかったですから(笑)。制作進行中という情報が出ても、前の『電脳コイル』の現場が相当大変だったことを知っていましたし、しばらく待つことになるんだろうと思っていたら……。

――まさに嬉しい誤算でしたね。先ほどの期待された部分には見事応えてもらったという印象ですか。

やまむら そりゃあ勿論! でも、想像していたものとはちょっと違っていたかな。情報量はすごいんですけれど、そこまで尖ったものではなくて、思った以上にエンターテインメントに徹した作品でした。先ほどの話じゃないですけれど、普遍的な未来描写というよりも、まさに半歩だけ前に出た現代に即したものを描いている感じでしたね。例えば YouTubeの扱いだったり、言葉遣いも今の言葉をそのまま使っていて……。

――まさに我々が目にしているものの延長線が描かれている。

やまむら ええ。磯さんはそういうところを忘れない人なんですね。 アーティスティックな部分を抱える一方で、必ず笑える要素を入れて、物語をあまり息苦しくないようにする仕掛けをちゃんと入れてくる。吉田健一さんのキャラクターデザインで、ビジュアルもかなりキャッチーになっている感じがします。あと、こういう言い方は少しおこがましい感じがしますけれど、『電脳コイル』後半には制作がひっ迫しているヒリヒリとしたライブ感があったんですが、今回は一作乗り越えた後の落ち着きみたいなものが感じられました。

――それは余裕みたいなものでしょうか。

やまむら そうですね。しかし、今回も作品内の情報量がハンパなかった! あまりに詰め込まれているので、前半の方の伏線をかなり見落としているんじゃないかと思っていて。早くもう1回観直したいっていう気持ちでいっぱいです(笑)。

――複雑な世界観の見せ方もスマートでしたね。ナレーションで逃げずに、会話や施設の展示で状況や過去の事件を伝えていくという。

やまむら そういうことでいえば、僕は情けない事に最初セブンが何なのかわからなかったんですよ。最初の頃の会話を拾っていなかったので、人なのか、組織なのか……最終的にあぁ、AIなのね、と了解するという……。

――そこは徐々に観客に理解させるという狙いだったのかもしれませんけれどね。

やまむら ストーリーに関していえば、実に王道の語り口。宇宙でのサバイバルサスペンスから始まりますが、後編からの展開はさらに大きく広がっていくという……話題になった劉慈欣のSF小説『三体』を想起させられました。キャラクターの配置もうまいなあと思いましたね。

――本作には真の悪役がいない、というのも良いですね。

やまむら ええ、基本的には変化を受け入れる人とそれを拒絶する人との対立が描かれている印象です。

――『電脳コイル』同様、人間とAIの関係も描かれています。今回は球体やキューブ型のドローンですが……。

やまむら 電脳ペットと同じく、パートナーとしての目線で描かれている感じですね。磯さんの作品が面白いのは、ここまで科学に対して真摯な態度を取っているのに、ストーリーに必ずオカルト要素を持ってくるんですよね。

――いわゆる都市伝説の類ですね。今回も、制御不能になったセブンが吐き出し続けた言葉や数列を予言として崇める組織が出てきます。確かにそのバランス感覚は、磯さんならではのテイストと言えるかも。あと、コンピュータ・ウィルスの描写なんかも……。

やまむら あの辺り、『新世紀エヴァンゲリオン』の「使徒、侵入」だ! と思いながら観てました(笑)。磯光雄作品としての一貫性を感じますね。


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――全6話の中で、お勧めのエピソードはありますか?

やまむら そうですね……第1話は情報の洪水に流れる感じが非常に心地よいというか。 特殊な状況が当たり前になっている世界観の中で、登場人物たちが当たり前に振る舞っているところを見ると、こちらの理解が追い付かなくても満足しちゃうんですね。何せ、こっちは小学生の時に『スター・ウォーズ』よりも『2001年宇宙の旅』をカッコいいと思っってしまったような人間なんで……。

――その感覚、よくわかります(笑)!

やまむら あとは5話のクライマックスが面白かったかな。他の作品では見られないような展開でワクワクしましたよね……って言うかですね、今はあえて取り出しましたけれど、作品全体が満遍なく良くて、突出したところがない印象ですね。

――それ、すごい感想ですね(笑)! では、やまむらさんがお好きな作画的な見どころに関しては。

やまむら いやー、吉田さんの絵は瑞々しくて良いなぁと思いました。吉田さんが描くと画面が弾んで見えるんですよ。逆に言えば、それくらい吉田さんの絵の魅力がハッキリわかるので、もし1〜2クールのTVシリーズだったら絵のクオリティ維持の問題も出てきて、作品の印象も変わっていたかもしれませんね。その辺は井上俊之さんの下支えが多分にあるんでしょうけど、素人には最早どこをやってるとかさっぱり分からない……。

あと吉田さんの絵柄について『交響詩篇エウレカセブン』や『Gのレコンギスタ』は同じライン上で描いている印象がありますが、今回に関してはズラしてきているというか……吉田さんっぽいんだけれど、吉田さんではない、という感じ。多分、そこには磯さんの要求が大きく反映されているんでしょうね、吉田さんと磯さんの作画の方法論には違いがあると思うので。

――しかし、ここまで語っていて何なんですが、この作品って前情報を何も知らずに観るのが一番楽しめる方法なんじゃないかなって気がしますね。

やまむら ええ。それに加えるなら、劇場公開がメインってことなんでしょうけれど、この作品は6話構成で1話は宇宙生活、2話が事故、3話が脱出劇と1話ごとに話の主題を絞って3色団子(話数は6本ですが)のように見せているので、1話1話、時間を置いて観た方が良い気がします。ここまでクオリティが高いと、僕的には毎週1話ずつ、3〜4回観直して自分を高めて次回に臨むみたいな体制が望ましい。そういう見方の方がキャラへの思いも強くなっていきますし。

――Netflixではそういう楽しみ方をしてほしい、と。

やまむら で、劇場版の醍醐味はやっぱり大きいスクリーンと音響での作品への没入感ですよね。あれだけのクオリティなら、大画面で観る価値は間違いなくありますから。

――改めて、本作を通して磯光雄という才能に関してどんな印象を抱きましたか。

やまむら 名アニメーターが監督を務めた作品って固い印象のものが多いんですが、こういうバラエティに富んだものを作れる才能って、雑な言い方ですが宮崎駿さん以来じゃないでしょうか。『電脳コイル』1話でデンスケが逆立ちしようとして失敗する場面を観た時、「あ、このアニメは大丈夫だ」と。そういうものを作品に入れられる作家は信用できます。何かに偏ることのない、すごく健全な作品作りをされているんだなと理解しました。しばらくはこの『地球外少年少女』を何度も繰り返して観て、その魅力をとことん味わおうと思います!
▲やまむらはじめさんが本記事のために描きおろした『地球外少年少女』イラスト。

やまむらはじめ
5月1日生まれ。石川県出身。同人誌活動を経て『マージナル・ミラージュ』にてプロデビュー。代表作は『カムナガラ』『エンブリヲ・ロード』『未来のゆくえ』『神様ドォルズ』『漆黒のジギィ』ほか。現在「YOUNG KING OURS」にて『ドラゴンズサマー〜クロとわたしの夏休み〜』を連載中。

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