■アマゾンと一線を画してきた講談社のある決断

出版界の「アマゾン化」が急速に進んでいる。

出版最大手の講談社が、「仇敵」のネット通販最大手アマゾンジャパンと、ついに“手打ち”し、取次会社(問屋)を通さずに、書籍をネット書店のアマゾンに直接納入する「直接取引」を始めたのである。

写真=iStock.com/jetcityimage
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jetcityimage

書籍や雑誌の流通システムは、戦後長く「出版社→取次会社→書店→読者」という強固なルートに支えられてきたが、長引く出版不況で「出版社→書店→読者」と取次会社が中抜きにされるようになり、最近は「出版社→アマゾン→読者」というネット直販へと地殻変動が起きていた。

こうした中、かたくなにアマゾンと一線を画してきた講談社が直接取引に踏み切ったことは、出版市場を席巻するアマゾンのパワーアップを示す一大事といえ、激変する出版市場のエポックメーキングな「事件」として記憶されることになりそうだ。

■直接納本で読者も、出版社も“ハッピー”

講談社とアマゾンの直接取引」は9月中旬、朝日新聞や日本経済新聞などの主要紙が「関係者の話」として一斉に報じ、明らかになった。

一連の報道によると、講談社は「講談社現代新書」「ブルーバックス」「講談社学術文庫」の3シリーズの既刊本を、アマゾンに直接納本する。

直接取引によって、出版社から読者に本が届くまでの日数が短縮されて利便性が増すとともに、出版社にとっては輸送や仲介にかかるコストを削減できるメリットがあるという。

読者も、出版社も、「ハッピー⁈」というわけだ。

一方、中抜きが固定化しかねない取次会社は「異例の事態で衝撃は大きい」と深刻に受け止めているようだ。直接取引の対象となった3シリーズは「ロングテール商品なので、在庫を抱え切れない取次会社にはもともとうまみがなく、大きな影響はない」との見方もあるが、アマゾンに対抗する牙城だった講談社の方針転換に驚きを隠せない。

講談社が激怒した2016年の“キンドル事件”

講談社とアマゾンのにらみ合いは、半端ではなかった。

アマゾンは、2016年8月に電子書籍読み放題サービス「キンドル・アンリミテッド」(月額980円)を開始したが、スタートしてほどなく、講談社が提供していた1000超のすべての作品を、突然、通告もなしに読み放題のリストから削除して配信を停止してしまった。

この措置に対し、講談社は「配信の一方的な停止に強く抗議する」と猛反発。出版社は著作者から合意を得た上で作品を提供していることを強調し、配信停止は「読者や著作者の理解が得られない」と怒った。

小学館や光文社など多くの出版社の作品もリストから外されたため、講談社が出版界を代表する形でアマゾンと対峙したのである。

アマゾンは、突然の配信停止の理由を明かさなかったが、当初の想定以上に「キンドル・アンリミテッド」の利用が集中し、出版社に支払う閲読料の予算が底をついたため、などと取り沙汰された。つまり、カネの切れ目が縁の切れ目だったのだ。

写真=iStock.com/CemSelvi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CemSelvi

当時、アマゾンの電子書籍販売は、出版社に競合他社と同レベルの価格や品ぞろえを要求する強権行為が問題視され、公正取引委員会がアマゾンに立ち入り調査をしたばかりで、アマゾンへの忌避感は極度に高まっていた。

豊富な資金力にものを言わせて日本の出版界の慣行を打ち破ろうとするアマゾンと、戦後長く続いてきた日本独自の流通システムを重視する出版界は、アマゾンが2000年に日本上陸して以来、常に角を突き合わせてきた。

それだけに、出版界の盟主がアマゾンとの直接取引を決断したことは、まさに「君子は豹変する」であり、「昨日の敵は今日の友」であった。

■ネット書店も、取次会社もアマゾンが担う

構造不況が続く出版界は、今、構造改革の荒波の真っただ中にいる。

ネット社会の進展で、読者の本離れが進み「町の本屋さん」が消える一方、電子書籍が広がりネット直販が拡大しているという話は、語られて久しいが、ここにきて、アマゾンの存在感が一段と大きくなってきた。

アマゾンは、「豊富な品揃えと読者への迅速な配送」を旗印に、硬直化した従来の流通システムに次々に挑み、半ば強引ともいえる手法で、流通改革を進めているのだ。

日本上陸当初は既存の流通システムにのっとり、1ネット書店として取次最大手の日本出版販売(日販)などから書籍を入手し読者に届けてきたが、納品までのタイムラグや欠品の多さにしびれを切らし、数年前から中小出版社を中心に直接取引を呼びかけるようになった。その数は、2020年初頭時点で3600社を超える。直接取引が販売額に占める割合は、過半をはるかに超えるという。

かつての書籍販売は、読者が書店に注文すると、手元に届くまでに1〜2週間かかるのが当たり前、場合によっては忘れたころに入荷の連絡がくるという悠長な商売だったが、今やアマゾンで購入すれば24時間以内に自宅に届けられ雑誌も発売日に配達されるようになり、読者と出版社の距離感は劇的に変わった。

さらに、アマゾンは最近、地方の小規模書店向けに、全国に広げた独自の物流網を使って、書籍を配送する卸業に乗り出した。本来は取次会社の仕事だが、ベストセラーや新刊の売れ筋の本が速やかに配本されない書店の不満をすくい取ろうというもので、出版社と書店の距離感も大きく変わろうとしている。

アマゾンは、書店との直接取引の拡大で従来の取次システムを空洞化してきたが、書店への配送は取次会社にとって代わろうというものである。「ネット書店としてのアマゾン」に「取次会社としてのアマゾン」が加わったのだ。

こうした中で始まった「講談社とアマゾンの直接取引」は、従来の流通システムが限界に達している証左ともいえ、様変わりする出版界を象徴する出来事といえそうだ。

■「中吊り広告が消えた…」加速するデジタルシフト

出版界では、暗い話が続く。

この秋には、電車の中吊り広告に小さな異変が起きた。「車内の風物詩」とも言われた週刊誌主要4誌の中吊り広告がすべて姿を消したのだ。

『週刊文春』が8月で、『週刊新潮』は9月いっぱいで取り止めた。既に、『週刊ポスト』は15年末、『週刊現代』も17年に撤退している。

写真=iStock.com/Thomas Faull
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Thomas Faull

その理由は、乗客がスマートフォンに熱中して中吊り広告に目がいかなくなったうえ、駅の売店が激減して中吊り広告を見て雑誌を購入する気になっても買うに買えず、売り上げに結びつかなくなったからという。

印刷メディアからネットメディアへ移行する、ライフスタイルの変化を物語る一事と言えるだろう。

書籍や雑誌の販売額がピーク時の半分以下に落ち込み、返品率は書籍で3割程度、雑誌は4割程度に高止まりするのも致し方ないかもしれない。

■電子書籍は急成長「縮む出版市場の“ささやかな光明”」

ただ、縮む一方だった出版市場だが、コロナ禍の巣ごもり需要もあって、少し事情が変わってきた。

電子書籍が急成長し、紙媒体も下げ止まりの兆しが見え、ささやかな光明がさしてきたのだ。

全国出版協会・出版科学研究所によると、紙媒体と電子書籍を合わせた販売額は、2019年に前年比0.2%増と、前年をわずかながら上回り、20年には同4.8%増の1兆6168億円と、2年連続のプラスを記録した。

さらに、21年上半期は、前年同期比8.6%増の8632億円となり、回復トレンドが続いている。

牽引したのは電子コミックを中心とする電子書籍で、同24.1%増の2187億円と急伸し、出版市場全体における占有率は25.3%にまで膨らんだ。

一方、紙媒体も、同4.2%増の6445億円となり、と久々にプラスに転じた。内訳は、書籍が3686億円(同4.8%増)、雑誌2759億円(同3.5%増)。数字は取次ルートのみのため、直販を含めるとさらに大きくなりそうだ。

■大手は好調、二極化が進む出版市場

同時に、出版界の構造変化も顕著になってきた。

多くの出版社が苦しい経営を余儀なくされている一方で、大手出版社は好業績に転じているのだ。

講談社は、『進撃の巨人』のロングヒットに支えられ、20年11月期の決算は、売上高1449億6900万円(前年比6.7%増)、当期純利益108億7700万円(同50.4%増)と大幅な増収増益となり、野間省伸社長が「21世紀に入って最高の数字を出せた」と胸を張った前期決算さえも上回った。特筆すべきは、電子書籍と権利ビジネスなどの事業収入が初めて紙媒体の売上げを上回ったことで、業容転換が進んでいる実態が明らかになった。

集英社も、『鬼滅の刃』『呪術廻戦』といった大ヒット作に恵まれ、21年5月期決算は売上高2010億1400万円(前期比31.5%増)と、初めて2000億円を突破。当期純利益も457億1800万円(同118.3%増)となり、大幅な増収増益を記録した。

小学館も、21年2月期の決算は、売上高こそ943億1600万円(前年比3.5%減)と微減ながら、当期純利益は56億7300万円(同44.5%増)と大幅増益となった。

出版界全体が苦境に陥っていたころとは違って、電子コミックやライツビジネスが寄与し始めた大手出版社と、デジタル化が遅れた中小出版社の二極化が鮮明になってきた。

写真=iStock.com/francescoch
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/francescoch

■アマゾン化でじわじわ増える「一人出版社」

もう一つ目立ち始めたのが「一人出版社」だ。

取次会社を通さず書店と直接取引を展開したことで知られる出版社ディスカヴァー・トゥエンティワンの社長を長く務めた後、21年5月に一人出版社「BOW&PARTNERS」を起こした干場弓子氏も、その一人。

従来の流通システムについて「1985年の創業時、大手の取次会社は、新興の小さな出版社には冷たかった。だから、書店との直接取引に活路を求めた」と、早くから構造的問題があったことを指摘していた。

ところが、アマゾンのネット通販や電子書籍Kindleという新たな流通ルートが生まれ、書店も直接取引に対する抵抗感が薄れたこともあって、出版環境が一変した。

このため、戦後の出版全盛期を支えた編集者たちが、退職後に「出したい本、出すべき本」を出版しようと起業するケースが少なくなく、儲けようとしなければやっていける可能性は高いという。

もっとも、アマゾンを当てにしすぎると、倉庫や発送業務が必要になって一人では手に負えなくなるジレンマを抱えることになるので悩ましい。

■続く覇権争い…講談社“二正面作戦”の中身

出版社も、アマゾンが既存の流通ルートを侵食していく事態を、手をこまぬいてみているわけではない。

講談社、集英社、小学館の大手出版3社は5月、総合商社の丸紅と連携して流通事業に乗り出す方針を発表した。

年内にも共同出資会社を立ち上げ、人工知能(AI)を用いた効率的な配本や、RFID(無線自動識別)タグを活用したリアルタイムの在庫管理システムなどを提供するという。中小出版社の出版物の流通も請け負う方針で、出版界全体の書籍流通のデジタルトランスフォーメーション(DX)を担う構えだ。

KADOKAWAも、既に自社施設で印刷・製本し書店への直接配送する仕組みを導入しており、書店との直接取引で2日以内に届けるという。

いずれも、取次会社に代わる流通ルートの構築を目指すもので、アマゾンへの対抗意識がむき出しである。

アマゾンがさらに拡大するのか、出版社が巻き返しを図るのか。当分は、せめぎ合いが続きそうだ。

■「アマゾンリスク」を懸念する声も

じわじわと「アマゾン化」が広がる中、中小出版社を中心に、アマゾンへの依存度は高まる一方だ。

だが、「アマゾンに任せれば、すべてうまくいく」と期待するのは早計にすぎる。

アマゾンに流通を任せるということは、出版社の生殺与奪を委ねることにほかならないからだ。

「アマゾンが書籍取り扱いの手数料を上げたら、経営が成り立たない出版社が続出する」「小規模の出版社では、アマゾンに太刀打ちできない」「地方の出版社がつぶれると、地方文化の担い手がいなくなる」など、「アマゾンリスク」を懸念する声は少なくない。

ネット通販の楽天市場に依存していた全国の小売業者が、楽天に「手数料を上げる」と言われても抵抗しにくい事態が思い浮かぶ。

アマゾンの利便性に浸り過ぎていると、気がついた時には身動きが取れなくなっているかもしれない。

だが、出版界が考えるべきもっとも大切なことは、読者目線である。紙媒体であれ電子書籍であれ、書籍や雑誌を入手する利便性が高まり、だれもが奥深い出版文化を享受できるようになることが重要だ。

出版社とアマゾンのバトルや、取次会社や書店の浮沈は、そうした視点で見つめることが求められる。

----------
水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で万博協会情報通信部門総編集長。現在、一般社団法人メディア激動研究所代表。日本大学法学部新聞学科で政治行動論、日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。
----------

(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)