日本女子バレー伝説のエース
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 リオ五輪の翌年に引退し、現在は夫と共にカフェ「32(サニー)」を経営する木村沙織。現役時代から抱いていた夢を実現し、それ以外にもテレビ出演やバレーの解説を務めるなど幅広く活躍している。

 もちろん、幕を開けた東京五輪を戦う女子バレー日本代表にも注目している。現役時代に一緒に戦った選手、新たな若い選手などに期待を寄せる中で、高校や東レアローズの後輩たちのプレーについても詳しく聞いた。


現在の活動や東京五輪メンバーについて語った木村沙織 photo by Matsunaga Koki

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――トルコで2年目のシーズンを送ったあと、2014年6月に古巣の東レアローズに復帰します。チーム史上初のプロ契約を結び、かつ日本代表のキャプテンを務めるという、すごくプレッシャーがかかる立場になりましたね。

「学生時代を含めてキャプテンになるのは初めてでしたし、いろいろ考えることがありました。チームをまとめる役割があまり得意ではないというか、どちらかというと苦手なタイプでしたから。理想のキャプテン像のようなものはあって、『自分もそういうふうにしなきゃいけない。もっとチームを引っ張らなきゃいけない』という葛藤もありましたね」

――理想のキャプテンとは、例えば誰になりますか? 

「それまで一緒にやってきた、吉原知子さん、竹下佳江さん、荒木絵里香さんです。それぞれタイプは違いますが、プレーでもチームを引っ張るというキャプテンでした。でも、私にはうまく務められなかったな......と反省することもありますね。ロンドン五輪後にチームのメンバーがガラッと変わって、代表が初めての若い選手もたくさん入ってきた。エネルギーに溢れていましたが、リオ五輪までに世界と戦えるところまで、チームを引っ張り上げることができなかったように思うんです。

 リオ五輪での順位は5位。その悔しさを知る選手がさらに経験を積んで、また新しい選手と共に、東京五輪を戦います。リオ五輪での経験を、どんな形でつなげてくれるのか楽しみにしています」

――木村さんはリオ五輪後に結婚し、翌2017年3月に引退を発表します。長い現役生活の中で常にエースとして活躍し、スランプなど不調とは無縁だったようにも感じるのですが、ご自身ではいかがですか?

「まったくそんなことはなくて、逆にうまくいっていると思ったことがありません。後悔をしないように、練習や試合で何が悪かったかを反省して『同じミスをしないように』と改善する毎日でした。ずっと自分を更新していくイメージでしたね。そうして悔いなくバレーができていたので、極端なことを言えばいつやめてもよかったんですよ。若い時も、北京五輪後も『明日やめよう』と思うことがありましたしね。結局は、30歳くらいまで現役生活を続けましたが(笑)」


トルコなどでのプレーを経て、東レで2017年に現役を引退 photo by Sakamoto Kiyoshi

――引退後は、イベントでの期間限定でのカフェ経営などを経て、2019年9月にはご夫婦で大阪に「32サニー」というカフェをオープンしましたね。

「カフェをやることが現役時代からの夢だったので、すごくうれしかったです。最初は午後から夜遅くまで開けていたんですが、コロナ禍でそれがなかなかできなくなって、今はお昼のカフェという方向になっています。

夫が接客やコーヒーを淹れたりして、私は焼き菓子担当。今はカヌレ(フランスの伝統的な焼き菓子)がオススメです。カフェ以外の仕事がある時も、いろんなお店でいろんなものを食べたりして、『このメニュー、参考にしたいな』といった勉強もしています。毎日が充実していますし、これからもさまざまなことにチャレンジしていきたいです」

――木村さんがお店にいると、ファンが訪れることも多いんじゃないですか?

「そういう方も来てくれますね。写真をお願いされることもあるんですが、私はキッチンで作業していることが多いですし、コロナ禍ということもあって、申し訳ないのですがお断りしています。手が空いた時などに、フロアのほうに出てあいさつができたら、と思っています」

――バレーボール関連では、今年のネーションズリーグで初解説(5月28日の韓国戦)を務めましたね。その時は竹下佳江さんと一緒でしたが、いかがでしたか?

「すごく緊張しました。解説は難しいだろうなと思っていましたし、なかなかお受けする決断ができなかったお仕事なので。でも、そのあともネーションズリーグで何試合かやらせていただいて、『今後も頑張ってみようかな』という気持ちになりました」

――そこでもプレーをご覧になった、東京五輪メンバーで特に注目している選手はいますか?

「もちろん全員ですけど、(荒木)絵里香さんは高校時代から一緒にやってきた選手なので、応援に力が入ります。結婚と出産を経験して復帰し、このタイミングで2度目のキャプテンを引き受けるという覚悟がすごい。何よりバレーが大好きな先輩ですから、東京五輪も思い切り楽しんでほしいです。

(古賀)紗理那も、苦しい経験を経て頼もしい選手になったな、と思います。リオ五輪でメンバーに残れなかった時は、私も自分のことのように悲しかった。それを乗り越えてきた自信なのか、今は表情も違いますし、覚悟が決まっていることを感じます。好調を維持して活躍してもらいたいですね」


東京五輪で活躍が期待される石川真佑(左)と黒後愛(右)photo by Sakamoto Kiyoshi

――東レと高校の後輩でもある、黒後愛選手と石川真佑選手のことはどう見ていますか?

「2人に共通しているのは、チームが苦しかった時の二段トス、高く上がってくるトスを打ち切る能力が高いこと。それは下北沢成徳のスタイルで磨かれたんだと思います。現在の高校バレーは、速い平行トスを多用するチームが多くなってきましたが、下北沢成徳は私たちの時代と変わらないオープンバレーを貫いています。まるで『高身長の選手が揃ったロシアかな?』と思うくらいに(笑)。

 身長やプレースタイルに関わらず、同じように高いトスを打つスタイルについて、私が高校生の時は『なんでいろんなトスを使わないんだろう』と思うこともありました。ですが、そういうトスを打ち切ることを3年間続けると、レシーブが乱された時にトスが上がってきても『決めにいこう』と思えるようになるんです。特に真佑ちゃんは身長がそんなに高くない(174cm)ですが、試合の終盤になっても得点力が落ちないのは、高校での経験が活きているんだと思います」

――よく言われる「打ち切る」能力というのは、具体的にどういったものなのでしょうか?

「精神的な面もありますが、相手のブロック、レシーバーの動き方を見て、得点になりやすいコースを見極めるということでしょうか。その"決める感覚"は、身長やプレースタイルによって変わると思うので、ひとくくりに『こうです』とは言いにくいですけどね。

 そういった二段トスを点数にできる選手がコートにたくさんいるほど、チームは強くなっていくと思います。フェイントも状況によって必要だとは思いますが、イージーなボールになって相手に簡単に決められてしまうと、流れを持っていかれてしまうこともある。それならば、苦しいトスでも思い切り決めにいって止められたほうが、次につながると私は考えています。今の日本のアタッカー陣は、しっかり打ち切れる選手ばかりですから、心配はなさそうですね」

――最後に、東京五輪を戦う選手たちにエールをいただけますか?

「先ほども少し言いましたが、リオ五輪の悔しさを経験した選手はそれを晴らせるように、若い選手たちは先輩を頼りながら思い切りプレーしてほしいです。自国開催ということでプレッシャーを感じることもあるかもしれませんが、後悔をしないようにすべてを出し切ってほしいです。私も、精一杯応援します!」