大分へ移籍したMF梅崎司【写真提供:大分トリニータ】

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10年間を過ごした浦和では、大怪我を乗り越えてアタッカーとして進化

 元日本代表MF梅崎司は17日、13年半ぶりに大分トリニータへの復帰が決まった。

 34歳となった自分にオファーをくれた古巣への思いはもちろん、20日のオンライン会見では10年間を過ごした浦和レッズ、3年半を過ごすとともにシーズン途中の移籍を受け入れてくれた湘南ベルマーレへの感謝を忘れなかった。

 大分U-18出身の梅崎は、2005年にトップチームへ昇格。07年1月から5月までグルノーブルへの期限付き移籍を挟み、3年間在籍した後、08年から浦和に完全移籍した。09年11月に右膝前十字靭帯損傷、10年夏に右膝半月板損傷、16年8月に左膝前十字靭帯損傷と大怪我に見舞われながら、在籍10シーズンでステージ優勝2回(15年第1ステージ、16年第2ステージ)、ルヴァンカップ優勝1回(16年)、ACL優勝1回(17年)とタイトル獲得の喜びを味わった。15年に自己最多のシーズン8ゴールを奪うなど、浦和での時間はアタッカーとして大きく成長を遂げた時間だったとも言える。

「浦和は10年間、居させてもらいました。鳴り物入りで入って、大きな怪我が続いて厳しい時代もありましたけど、クラブが大きなサポートをしてくれたからこそ復帰できたし、復帰してからあれだけのサポーターの前で自分らしいプレーを還元することができて、勝利に貢献することができて、サッカー冥利に尽きました。あれだけのスタジアム、サポーターの前で感情を爆発させるようなプレーができたこと、そして一緒に喜べたこと。さらに、ミシャさん(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督/現・北海道コンサドーレ札幌監督)が来て、サッカー観を広げてもらった。相手をどう崩していくか、アイデアをたくさん教えてもらって、ポジションもたくさん覚えることができました」

 18年に湘南へ移籍すると、者貴裁監督(現・京都サンガF.C.監督)が浸透させた攻守にアグレッシブな“湘南スタイル”の下で、これまでどちらかと言えば課題とされてきたフィジカルや守備面で進化。18年のルヴァンカップ初制覇に貢献し、今季で4シーズン目を迎えていたなか、J1リーグ残留へを目指す古巣・大分からのラブコールを受け、13年半ぶりの古巣復帰を決めた。

湘南では「選手として大事なスピリット、チームのためにどう戦うのか」を改めて学習

「ベルマーレに移籍することを決めて、者さんと出会って、もう一度仕掛けること、前へ前へ勝負していくことを求められ、『自分に期待しろ! そこに全力で勝負して行け!』と、選手として大事なスピリット、チームのためにどう戦うのか、たくさん教えてもらいました。フィジカル的にも走るサッカーを掲げて、身体的にもまた一つステップアップできたし、サッカー観も広げてもらった。浦和とベルマーレ、両クラブにすごく感謝しています」

 梅崎は自身のことを「喜怒哀楽が激しい」「凄く感情的な人間」と表現するが、それがどのクラブにいてもサポーターに愛されてきた所以なのかもしれない。

「僕は(元川崎フロンターレMF)中村憲剛さんがすごく好きなんです。自分も盛り上げるし、サポーターも盛り上げて力にする。あのサポーターと一緒になる感覚。タイプは全然違うけど、憧れがあります。これまでのサッカー人生で苦しい時もあるけど、それも日々人生だと思って乗り越えてきました。プロの世界なので自分の人生が懸かっているなかで、その時の決断をせざるを得ない瞬間がありますが、サポーターのみなさんが自分の生き方を肯定してくれるというか、応援してくれるのはめちゃくちゃ幸せなことで、本当に感謝しかないです」

 リーグ19位と降格圏に沈む古巣を救うべく、13年半ぶりに大分に舞い戻った梅崎。サポーターの前で成長した姿をしっかりと見せてくれるはずだ。(Football ZONE web編集部)