「Jリーグ史上最も奇妙な背番号」をつけた11人の選手
2021シーズンのJ1がいよいよ開幕する。ここでは、Jリーグでちょっと風変わりな背番号をつけた選手たちを取り上げてみる。
4番:大久保 嘉人

13番のイメージがある大久保だが川崎フロンターレでは4番を着用。
「足すと13(1+3)になる」、「同級生の井川祐輔が川崎で愛用した番号」、「庄子春男GMが現役時代に4番だった」ことが理由だった。
古巣セレッソ大阪に復帰した今季の背番号は20。かつて世話になった西澤明訓さんが着けていたことがその理由だそう。
8番:岩下 敬輔

日本代表に呼ばれた経歴も持つ、クレバーなセンターバック。清水エスパルスでプロデビューした当初はボランチを務めていた。
ガンバ大阪とサガン鳥栖で8番を着用し、アビスパ福岡時代には驚きの11番を着けた。
11番:森岡隆三

日本代表で活躍したセンターバック。ライン統率に優れ、同タイプの宮本恒靖(現ガンバ指揮官)と代表でポジションを争った。
彼はDFながら清水エスパルスで10シーズンに渡って11番を付け続けた。これは背番号が固定制になる前年の1996年にたまたま11番を付ける機会が多かったためだという。
40番:小笠原 満男

内田篤人も心酔する鹿島アントラーズのレジェンド。スパイクも黒にこだわるなど古風な男気を感じさせる選手でもあった。
メッシーナから復帰した後は一貫して40番を着用。復帰した際に「(当時は)40番までの番号のなかで選んでいいということだったので、いろいろな番号がある中人がつけたことのない番号で、一番大きい番号にしました。チームに貢献できるよう一生懸命がんばります」とその理由を語っていた。
41番:家長 昭博

川崎フロンターレの攻撃を牽引する異端レフティ。
ガンバ大阪やマジョルカでは14番を着けていたが、J復帰以降は41番を愛用している。おそらくは1と4を逆にしたものと思われるが、今では「41番が好き」というまでになった。
44番:小野 伸二

日本が生み出した稀代の天才MF。
2014年にコンサドーレ札幌 (現北海道コンサドーレ札幌)に加入した際に44番を選択した。
真っ白な気持ちでスタートしたいという思いから、チームで誰もつけてこなかった番号を選んだとか。また、4と4を足すと思い入れのある「8」になることも理由だったそう。
FC琉球では7番だったが、古巣コンサドーレに復帰した今季も44番を背負う。
44番:金崎夢生

フットサル時代に培った高い技術を持つ、日本屈指のペネトレイター。
サガン鳥栖時代から背番号44番をつけている。番号にはこだわりはないものの、ゾロ目が好きなことと、姉から44は幸福を意味すると言われたことが理由だそう。
実際、ポルティモネンセでは99番、鹿島アントラーズでは33番を着けている。
46番:中村俊輔

日本が誇るレフティマジシャン。
彼の背番号といえば、10番か25番だったが、2019年夏に移籍した横浜FCでは46番を選んだ。4+6=10になるが、「そこはいじらないで(笑)」と語っていたとか。
今季は背番号を46番から10番に変更している。
46番:森脇 良太

底抜けの明るさで知られるお祭り男。
サンフレッチェ広島時代の恩師ペトロヴィッチ監督(現札幌)を追うように2013年に浦和へ移籍して以来46番を付けているが、これは自身の誕生日が4月6日であることに由来する。京都サンガに所属する現在も背番号は46番だ。
47番:旗手 怜央

特別指定を経て川崎フロンターレに加入した小柄な秀英アタッカー。
父親の旗手浩二はPL学園の野球選手として甲子園でもプレーし、清原和博と桑田真澄の1学年先輩だったことでも知られる。
今季、背番号を30番から47番に変更。静岡学園高時代に最初に作る練習試合用ユニフォームの個人番号が47番であったこと、今季加入した静学の後輩である田邉秀斗が個人番号30番だったため、旗手が番号を譲ったのが理由だそう。
48番:ジェイ

かつての悪童の姿は何処へやら、すっかり日本に馴染んだジェイことジェイ・ボスロイド。
憧れだった元イングランド代表FWイアン・ライトが8番を付けていたことから、自分のラッキーナンバーだと自称するほどの「8」好きに。
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ジュビロ磐田では8番をつけたほか、28番や38番をつけたこともある。札幌では空き番号だった48番に。
