■悲鳴を上げる保健所

新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、感染経路の調査を担う各地の保健所が大きな悲鳴を上げている。

感染経路の調査や電話相談、濃厚接触者の健康管理など、「クラスター対策」を担い、医療従事者と同様に新型コロナの最前線で働いているが、世間の見方は真逆――。

医療従事者に対しては「感謝しかない」と称賛の声が上がり、地域住民がベランダなどに出て医療従事者に拍手を送るといったムーブメントが国内でも起こり始めている一方、保健所は「電話が全くつながらない」「保健所調査が甘すぎる」と、ワイドショーが拾ってくる「街の声」ではひどい言われようだ。

写真=iStock.com/Tashi-Delek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tashi-Delek

各地の保健所職員が膨大な業務のうえに、心ない言葉が加わり、職員の疲弊につながってしまっている。全国472カ所(2019年度)ある保健所は、都道府県や政令市、中核市が主体となって、医師や保健師らを配置。新型コロナでは、聞き取りなどを通じた濃厚接触者を探したり、体調を確認したり「積極的疫学調査」、体調不良者から電話を受け専門外来につなぐか判断する「帰国者・接触者相談センター」、自宅などで療養する軽症者らの健康状態を把握する「軽症者らのフォローアップ」などを行っている。

■保健所がコロナ禍でしている重大任務

都内のある保健所職員によると、電話をしてきた住民が、数日にわたる発熱や息苦しさなどの症状を訴えてきた場合、海外渡航歴や感染者との接触の有無、過去2週間の外食などの行動確認、マスク着用の有無などについて、詳細に聞き取っていくという。感染が疑われる場合は、PCR検査の予定を調整し、陽性者に対しては入院先の手配も整える。感染者が出た場合は濃厚接触者を特定し、1日1回ほど体調を確認。もし、感染が疑われる場合は検査をする準備も整えていく。

クラスター対策のうえで最も重要なのが「陽性者や濃厚接触者の聞き取り調査」といった任務。一人一人の詳細な行動を確認していくため、「誰と会った」「どこに行ったか」「どのくらいその場にいたか」など細かい質問に対して、丁寧に聞いていく。時間をかけた丁寧な聞き取りが必要になるが、「偏見などへの恐れ」「言ったら、相手に迷惑がかかるだろう」といった理由から、本当のことを言わなかったり、部分的に隠していたり、調査に協力的でない人も少なくないというのだ。「追跡調査のための電話に、若年層は出てくれない」(保健所職員)といった声も上がっている。

都内保健所の別の職員は、現状をこう語る。

「保健所は本当にギリギリの状態です。引退した保健師にもお願いして働いてもらっていますが、発熱した子どもを抱えた母親らが保健師を怒鳴り散らすケースが多発しています。最悪なのは、一部の開業医です。彼らは医療のプロであるにもかかわらず、国や学会の定めたガイドラインを一切読まずに、すべてを保健所に丸投げしてきます。」

保健所に勤める医師は、都内で100名に満たない。給与も低く不人気で次々と辞めていくという。

「感染の危険性が極めて高いPCRの検体摂取や、陽性反応の出た患者の輸送も保健所の役目になっていますが、その作業への特別手当は1日300円に満たない金額です」

■視聴率目当ての保健所へのバッシング

実際、山梨県内の60代の陽性者が「副業がばれるのが怖かった」として、アルバイト先のコンビニエンスストアを隠していたり、静岡県内の60代の陽性者がスポーツクラブに通っていたりしたのを伝えていなかったりして、“隠蔽”に気付いた陽性者の関係者が保健所に連絡し、店側が慌てて消毒を行うケースもあった。

保健所から濃厚接触者と判断されると、14日間の健康観察の対象者となり、毎日の連絡も欠かせなくなる。つまり、「濃厚接触者」などを含めると、公表されている感染者の数十倍にあたる観察者への対応を、少ない人員でなんとかしている状態が続いているのだ。

膨大な業務のうえに、不安を抱えた地域住民からの電話が殺到。「PCR検査で確認したい」「感染していないか不安」など、国が示す「4日以上の風邪症状」などの目安を踏まえていない「感染が疑われる以外」の人からの電話が少なくない現状がある。

膨大な業務が職員にのしかかり、とてもではないが対応が追いついていない。「夜11時以降まで仕事も当たり前」(ある保健所職員)といった激務にもかかわらず、ワイドショーなどでは連日、

「保健所がテンプレ通りの対応しかしてくれない」
「保健所が検査をしてくれない」
「保健所がちゃんと聞き取りをして、対応してくれないから不信感しかない」
「電話を60回以上鳴らしてもつながらない。嫌がらせなのか……」

と煽り立て、視聴率目当ての保健所へのバッシングが毎日続く。ワイドショーに煽られた国民は保健所へのクレームを厳しくする。

■応援が入っていない自治体は容易にパンク

保健所の現状に対して、沖縄県立中部病院・感染症内科の高山義浩医師が、ツイッター上でこう指摘している。

「保健所の業務が大変なのに、総務部や産業部など他の部局から応援が入っていない自治体では、容易にパンクしていきます。電話が通じないなら、誰かが代わってあげるべきです」
「皆で保健所を応援していかないと、クラスター対策がなおざりになり、確定患者を数えるだけ、電話相談に応じるだけになってしまいます。それでは流行は制御できません。いまの保健所って……被災地の役場に似ているかもしれません。あまりに大変で、SOSすら出せないでいます。周りが気づいて、どんどん助けてあげないと」

専門的な知識を持つ保健所が「クラスター対策」である聞き取り調査などに時間を使える状態を整備していかないと、保健所がパンクし、地方も含めてさらに感染が拡大してしまう危険性が高まっていく。

厚生労働省は3月、保健所設置自治体に体制強化を求める通知を送付した。相談業務を各地の医師会や医療機関に委託することや、補助金を使って退職保健師らを非常勤で雇用することの検討も求めた。

■保健所が崩壊したら、日本が崩壊する

要請から1カ月が経過したが、感染者は増加傾向をたどる。都内の元区役所幹部は「自治体の中で早急な対策をとって応援体制ができているのは、わずかではないか」と案じる。直接関係のある保健所と危機管理部門以外は危機感に乏しく、「行政は縦割り意識も強いため、急に自分の仕事を止められなかったり、止めたら住民からクレームが来てしまうのではないかと考えたり、縄張り意識が捨てられないのではないか」と問題を指摘。

また、保健所は自治体の中でも専門的な立場であり、東京都の場合、保健所長は東京都人事でもあるため、区役所となじみの薄い人もいる。このため、前出の元区役所幹部は「区の幹部や職員と円滑な連絡体制がとれていない自治体も多い可能性がある。医療崩壊同様の危険にさらされている保健所を助けるには、首長のリーダーシップしかない」と強調する。

つまり、「保健所が検査してくれなかった」などといった住民の不安や不満を解消し、今の保健所の負担を軽減したうえで、感染経路の割り出しといった専門性の高い任務を専門である保健所が遂行するためには、一刻も早いリーダーの決断が必要ということになる。大阪府の吉村洋文知事は保健所職員の過重な負担を軽減するため、さらにICTの活用を図り、その取組みを他県にも紹介していくという。

日本での感染拡大を抑え込めるか否か、重要なカギの一つを持つ保健所――。保健所の増員や、職員の負担軽減、賃金をはじめとする待遇改善、専門家でなくても業務の分散といったマンパワー面でも、精神面でも早急な支援が必要だ。保健所が崩壊してしまったら、クラスター対策が根本から崩れ、日本も感染爆発が起きる可能性が一層高まる。

そして、今なお、感染が増大し、国民の不安や不満が増大している。ワイドショーは視聴率稼ぎのための悪魔のような報道を猛省し、危機の保健所を救う手立てを考えていくべきだ。

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麹町 文子(こうじまち・あやこ)
政経ジャーナリスト
1987年岩手県生まれ。早稲田大学卒業後、週刊誌記者を経てフリーランスとして独立。婚活中。
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(政経ジャーナリスト 麹町 文子)