坂激戦区、本郷4丁目にある樋口一葉旧居跡の路地奥の階段です

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坂激戦区、本郷4丁目にある樋口一葉旧居跡の路地奥の階段です

『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。先週の六本木に引き続き、東京の階段について語る。

【写真】六本木の"生と死のはざま"をゆく階段

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東京都文京区の本郷4丁目の辺りのことを、私は勝手に「東京の坂激戦区」と呼んでいます。私が坂巡りの楽しさに目覚め、のめり込んでいくきっかけになった場所のひとつです。

この町内に、菊坂という緩やかな坂があります。その菊坂と並行して一段低い土地を走っている(水路に蓋[ふた]をした)暗渠(あんきょ)があり、この2本の道をつなぐ路地群がいい階段の宝庫なんです。

建物間の狭い路地が階段になっている「階段路地」が多く、両側の家の形がそのまま空間になっており、いろいろな形の階段が生み出されています。

そんな階段たちの中でも、有名どころのひとつが宮沢賢治の旧居跡の階段。ここは踏み面(足を乗せる部分)の手前側だけ赤く塗られています。この部分が滑り止めで補強されている階段もありますが、ここはただ色が塗られているだけ。

下から見上げると、踏み面の奥のグレーの部分と、手前の赤い部分、そして蹴り込み(地面に対して垂直の面)の黒っぽい部分が、3色のボーダーのように見えます。見た目が個性的な階段ですね。

賢治は、ここで8ヵ月間、間借りしながら執筆していたそうです。その姿に思いを馳(は)せながらここを通る方もいるかもしれませんが、私は単に「なんであそこだけ赤に塗ったんだろう」と不思議に思いました(笑)。

もうひとつ、文学にまつわる階段が、樋口一葉旧居跡の路地奥の階段。路地や散歩好きには有名なスポットで、東京で一番雰囲気のある階段かもしれません。

ここは木造の家に挟まれた狭く急な階段で、あまりに趣があるためメディアにたびたび取り上げられており、カメラを構えている方や海外の観光客がよく周りをふらふらしています。石畳の路地に井戸があったり、花が咲いていたりと、下町風情があふれる場所です。

あとは名のない階段ですが、個人的に「西洋融合階段」と呼んでいる階段路地。片側の家の石塀はお城のような石垣になっているのに、もう片側の石塀は平らに舗装されています。その対比が美しく、歴史も感じられます。

さらに、「途中で飽きちゃった階段」。この階段は、途中まで丸石で造られているのに、そこから先は舗装されています。しかも、コンクリートで埋めて階段ではなく坂にしようとした形跡が。それも途中で断念したのか、現在は荷物置き場のようになっています(笑)。途中で階段が溶け出したようなミュータント感がとてもいいですね。臆測ではありますが、いろんな計画が頓挫した跡がうかがえて、イチオシです。

さて、この辺りは菊坂近辺以外にもお気に入りの階段があります。例えば春日通りに面したY字形の階段。3つの階段がT字形に交差する階段はよく見かけるかと思いますが、ここは階段の向きに角度がついていて、「Y」の形になっています。

気にしていないと何も思わずに通り過ぎてしまいそうですが、無機質なコンクリートでシンメトリーに構成された形がすごくいいので、注意して見てみてください。

この辺りは神社仏閣などの入り口のちょっとした階段にも見どころが多いので、地形散歩にオススメの場所です。

●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。アメリカ人と日本人のハーフで、4歳から14歳までアメリカで育つ。現在、モデルとして活動するほか、J−WAVE『TRUME TIME AND TIDE』(毎週土曜21時〜)にレギュラー出演中。市川紗椰初の鉄道本『鉄道について話した。』好評発売中! 現在もあるかわからないが、後楽園のアソボ〜ノ!内にはトリックアートの階段が。公式Instagram【@sayaichikawa.official】