マイクロンテクノロジー広島工場の最先端DRAM生産ライン(写真:マイクロンテクノロジー)

広島市中心部から車でおよそ1時間。のどかな田園地帯にひときわ目立つ巨大な工場がある。

スマホなどに欠かせない半導体メモリやDRAMの最先端品をつくるマイクロンメモリの広島工場だ。

2012年に経営破綻した旧エルピーダメモリの主力工場で、2013年にアメリカの同業、マイクロンテクノロジーに買収された。しかし、旧エルピーダの社員はマイクロンメモリで働き続けており、勝ち残りをかけた積極投資も続いている。

6月にはクリーンルームを拡張。技術者も積極採用する方針だ。旧エルピーダの取締役からマイクロンメモリジャパンの社長になった木下嘉隆氏は「マイクロンになって本当によかった」と振り返る。

最先端のDRAM生産拠点・広島

6月11日、新しいクリーンルームが入る新棟「B2棟」が完成し、オープニングセレモニーが開かれた。クリーンルームの面積は約7000平方メートル。この拡張で広島工場の床面積は10%広くなる。マイクロンのサンジェイ・メロートラCEOは「広島にはDRAMの開発と生産が集約されている。今後の事業のカギとなる拠点だ」と期待を込める。

この新棟で生産するのは「1Ynm世代」と呼ばれる最先端のDRAMだ。まずは歩留まり向上などの生産技術の確立を目指す。今後、広島で蓄積した技術を台湾にある同社工場に移植する。

さらに、次の「1Znm世代」のメモリ生産も年内に広島工場で始める。広島工場は次世代DRAM開発の牽引役の位置づけで、B2棟に続くF棟の建設もすでに始まっている。

報道陣に公開されたクリーンルームには、最新型の半導体製造装置が整然と配置され、天井付近には半導体ウエハを運ぶ全自動の搬送装置が高速で移動していた。LEDで照らされた工場内は明るく、説明する技術者の表情もどこか誇らしげだった。

エルピーダの破綻後、伸び悩んでいた半導体メモリ市場は急拡大に転じた。その波に乗り、マイクロンは今や世界4位の半導体メーカーに躍り出た。半導体メモリは大きく分けてDRAMとフラッシュの2種類があるが、広島工場はマイクロンにとってDRAM生産の最重要拠点だ。

新棟の建設費などは非公開だが、これまで広島工場を中心とした日本の拠点に数千億円を投資。買収後の採用も800人に及ぶ。今後も日本での投資が続く予定で、今後数年間でさらに数千億円を投じ、新卒採用などで技術者を500人増員するとしている。

日本に残った技術者は「幸せに思っている」

「あっという間の7年だった。『必ず生き残る。再建するんだ』という強い意志で一丸となって努力してきた。日本におけるDRAM事業の継続、投資に対してマイクロンがコミットしてくれた。その決断に感謝している」


「あっという間の7年だった」と振り返るマイクロンメモリジャパンの木下嘉隆社長(記者撮影)

木下社長は会見で、エルピーダ破綻後の広島での事業をこのように振り返った。日立製作所、NEC、三菱電機のDRAM部門を統合したエルピーダは、2008年のリーマンショック後、資金繰りに苦しんだ。優秀な技術者がいても、先端技術への投資が満足にできない状態だった。

台湾企業との提携なども模索したが万策尽きた2012年2月、会社更生法の適用を申請。その1年半後の2013年7月にマイクロンの傘下に入る。一連の倒産劇は、かつて隆盛を誇った日本の半導体産業の敗北と受け止められた。

倒産から7年。他社に移った社員もいたが、マイクロンに残った技術者は「口には出さないが、幸せに思っていると思う」と木下氏はいう。エルピーダで培われた技術は、マイクロンによる買収後も広島工場のDRAM生産の主軸になっている。木下氏は、開発が続いている最先端技術も両社の技術者の協力の賜だと強調した。

ただ、半導体市場は踊り場に差しかかっている。世界半導体統計(WSTS)によると、2019年のメモリ市場は前年比マイナス30.6%と予想されている。ライバル同様、マイクロンの経営も芳しくない。2018年12月〜2019年2月期の売上高は前年同期比21%減の58億3500万ドル、営業利益も同45%減の19億5700万ドルだった。今月末発表の3〜5月期も厳しい数字が予想されている。

需要低迷に合わせて減産も余儀なくされており、「年後半には市況が回復すると期待している」(メロートラCEO)というが、具体的な回復の兆しはまだ見えていないのが現状だ。


建設が続く東芝メモリの北上工場(写真:東芝メモリ)

巨額投資が必要な半導体ビジネスは一種の体力勝負だ。この状況は日本唯一のメモリメーカー、東芝メモリにも当てはまる。フラッシュを生産する東芝メモリは岩手県北上市に新工場を建設中だ。投資額は非公表だが、既存の四日市工場(三重県)を合わせ、年間数千億規模の資金を必要としている。

東芝メモリは4〜6月期も赤字の可能性

だが、東芝メモリの業績も厳しい。2019年1〜3月期はフラッシュ価格低下の影響で営業赤字に沈んだ。市況低迷は続き、4〜6月期も赤字の可能性がある。5月末にはメガバンクなどから1.2兆円の資金調達を行ったが、借り換え資金が主。「無理に投資をするつもりはないが、将来の市場拡大ペースに合わせて投資をしなくてはいけない」(同社)という。


こうした厳しい競争下にありながら、半導体各社が投資を止めない背景には、世界の競争の激しさがある。基板に描く回路を細くする「微細化」は限界に近づいているが、少しでも高性能の半導体メモリを生産するため、その技術に各社はしのぎを削る。

生産設備には多額の費用がかかり、思い切った経営判断と資本力も欠かせない。そのため、世界の半導体メモリ市場はサムスン電子やSKハイニックスなど、DRAMで3社、フラッシュは5社でほとんどを占める寡占状態になっている。それでも競争は激しく、先端製品を作れなければ、市況が回復した際に競争力を失いかねない。

マイクロン広島工場の場合も、他社の傘下に入る形で十分な投資を受けられるようになったが、これで安定を保証されたわけではない。半導体メモリの内製化を目指す中国勢を含めて環境は厳しくなることが予想される。先端製品のマザー工場としての地位を守るためにさらなる投資に突き進む一方、技術研究の一層の進展が求められる状況が続くだろう。