「AIスピーカー」がシニアの救世主となる?(写真:lucadp/iStock)

介護の世界にこそITを――。そう提言するのは、84歳の現役プログラマーとして知られる若宮正子さん。

若宮さんは81歳のときにスマートフォン向けゲームアプリ「hinadan」を開発。米アップル本社の世界開発者会議に招待され、ティム・クックCEOに絶賛されたことで一躍脚光を浴びた。母親の介護も通して感じた、介護の世界におけるITの可能性とは。

(本記事は若宮さんの著書『独学のススメ』から一部を抜粋し、加筆修正したものです)

徘徊する認知症の母を介護して

定年退職してから70歳まで、在宅で母親の介護をしていました。施設にお任せする選択肢がなかったわけではありません。でも、今では自分で介護をしてよかったと思っています。もっとも、うちの母は小柄な人でしたし苦痛を伴うような病気は持っていませんでしたから、介護がそんなに大変ではなかったと思えるのかもしれませんが。

介護中、「この業界はまだまだ改善の余地がある」と思っていました。大きな課題は、IT化、「とくに情報の共有化」がほとんど進んでいないこと。ケアマネジャーさんやその他デイサービスの担当者などに、母の感染症の検査結果などをお伝えするなんてときには、それぞれに電話をかけなければいけなかったんです。

関係者内のメーリングリストや、LINEなどのコミュニケーションツールでグループを作れば、一度送るだけでいっぺんに共有完了です。そうしたコミュニケーションに慣れていると、電話やファクスで個別にしか連絡できない介護の世界は、あまりにも前時代的に感じます。

介護こそ、今後は積極的にIT化を進めるべき領域です。このほか、手頃な値段で借りられる家庭用の介護省力化用のロボットもぜひ早く使えるようにしてほしいです。シニアの勉強会で、「これからは介護士さんの手がさらに足りなくなる。外国人の介護士さんをもっと受け入れるか、ロボットの技術を発展させてロボットにやってもらうか、どちらがいいですか?」とアンケートをとったら、なんと9割以上の方が「ロボット」と答えました。


若宮正子さん(写真提供:中央公論新社)

最初は意外に感じましたが、よく考えてみると理由がわかります。気兼ねしなくていいからです。

例えば、さっきトイレに行ったのに、またトイレに行きたくなってしまった。でも1人でトイレに行くことができない。そうした頻尿の方は、何度も人にお願いするより、近くにいるロボットを操作するほうがはるかに心理的負担が小さいですよね。

食事の際に、手元がおぼつかなくて何かを倒したりこぼしたりしたときも、ロボットは「またやったの!」なんて言ったりしません。思いすらしないのです。文字どおり、機械的に片付けをして終わり。それはとても精神衛生上いいことだと思います。私自身も自分がお世話になるなら、ロボットのほうがいいですね。

AIスピーカーはシニアの将来の救世主

ロボットの介護はまだ先の話だとしても、これからすぐ普及すると思われるのが「AIスピーカー」です。「AI? そんな最新機器使えないよ」なんて思わないでください。これこそ、我々シニアの救世主となるのですから。

AIスピーカーの何がすごいかというと、パソコンやスマホみたいに、操作手順を覚える必要がないこと。ただ話しかければいいんです。「明日の天気は?」と聞けば、天気予報のデータを勝手にサーチして「明日は晴れです」と音声で答えてくれる。使い方を習う必要がないのです。

テレビをつける、電気を消す、カーテンを開ける、メールがきているかどうか確認する……。将来的には電気器具だけでなく扉や窓、家具や調度品などとも連携して設定することで、こうした日常の動作をAIスピーカーに話しかけるだけで全部やってもらえるようになります。寝たきりになって、口しか動かせなくてもAIスピーカーは使えるのです。こんなにシニアにピッタリの家電があるでしょうか。

今はまだ、言葉の解析や音声認識の精度がそこまで高くないので、「すみません、お役に立てそうもありません」と言われてしまうこともあります。でも、日進月歩で技術が進展しているため、将来的にはモゴモゴとしゃべってもちゃんと聞き取ってくれるようになるでしょう。

こうした、スピーカーのような「もの」と「インターネット」が合体している商品・サービスのことを「IoT(Internet of Things)」、モノのインターネットといいます。モノのインターネットは、これからどんどん普及して、冷蔵庫や洗濯機もインターネットにつながるかもしれません。拒否感を持たず、AIスピーカーあたりから慣れていくことをお薦めします。

とはいえ、解決すべき問題はたくさんあります。パソコンやスマホでインターネットを使うのとは違い、サイバー攻撃や個人情報漏れなどから事故に巻き込まれる危険もあるからです。こうした安全面に十分に配慮しないと深刻な被害が発生するおそれがあります。

シニア世代向けのIoTとして昔からあるのは、見守り機能つきの電気ポットでしょうか。いつポットを使用したか、いつお湯を沸かしたかということが、メールでご家族に送られる。当時はこの程度しか安否確認の方法がなかったのです。

しかし、今は安否確認をしたいなら、デジタル媒体を使って本人が意思表示をするのがいちばんいいと思います。何かあった時にすぐに連絡できる状態にしておく。そうした場面でも、声だけで反応してくれるAIスピーカーは有用だと思います。

誰でもそうですが「いつも誰かに監視されている」というのは、あんまり気分のいいものではありません。できるのであれは自分からSOSを発信したい。

自分では、意思表示できない状態でも、もう少しスマートに安否確認ができるといいですね。

AIスピーカーだけではありませんが、とかくシニアは新しい機器を見ると欠点ばかりが目につくようです。しかし、こういうものの進歩は早いのです。今できなかったことも、すぐにできるようになります。

ITと介護、両方に詳しい人が求められている

AIスピーカーは、使うのは簡単なのですが、最初の設定だけは少し難しいかもしれません。そこだけはITに詳しい人にやってもらうといいでしょう。

そこで私は、例えば「介護情報士みたいな方がおられたらいいな」と思うのです。AIスピーカーやロボットなど、介護に役立つIT機器の初期設定と使い方の指導ができる人。ITと介護の両方に詳しい介護士さんです。

一口に介護といっても、各ご家庭によってニーズはさまざまです。被介護者の耳が聞こえていて、お話もできるならAIスピーカーはとても有用。でも、うまく声が出せない場合もあるかもしれません。手が動くなら、手元で操作できる機器のほうが便利です。それぞれの事情を聞き取って、最適なIT環境をセッティングする。そういう能力がある人が、今後の介護の世界で必要になるでしょう。

これからは、IT企業で働いていた人がリタイア世代に入ってきます。そうした自分の知識を、介護の領域で生かしてほしいのです。

ITやAI、ロボットの技術が発展したら、家にいながらVRで世界旅行が楽しめたり、足が不自由になっても機械を装着して楽に歩けたりするようになるかもしれません。科学技術は、年をとることに伴う不自由から私たちを解放してくれるんです。


若い頃、テレビの人気番組に「I Love Lucy」というアメリカのコメディーがありました。その登場人物の中に、Lucyさんの友人で万事「進んでいる奥さま」がおられた。彼女の家では「窓を開けてちょうだい」というと、実際に窓が開くのです。「シャワー」と言うとアタマからお湯が降ってくる。こんな風景は現実にはないと誰もが思っていたからコメディーになったのですね。今や、これが日常になりつつあります。

そこまで進んでいなくても、家にいながらネット上のお友達とおしゃべりしたり、遠くにいる孫の写真がフォトフレームに送られてきたり。こんなことは、私が子どもの頃には考えられませんでした。ITは孤独を和らげてくれます。

こうした社会の大きな変化を体験できているのは、とても幸せなことだと思います。ロボットと一緒に生活する日がくるなんて、ワクワクしませんか? 変わることを恐れずに、楽しむこと。積極的に学ぼうとすること。それが、これからのIT社会に適応して豊かに生きる秘訣です。