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●渾身の一杯を「なんなの、この味」とけなされる

「ゲームソフトを借りていった友人が翌日に引っ越しをし、ゲームソフトが戻ってこなかった」――。こういった理不尽な状況に遭遇して沸々とした怒りを覚えた経験を持つ人もいるのではないだろうか。

このケースのように、日々の生活において社会通念上、「モラルに反するのではないか」と感じる出来事に遭遇する機会は意外と少なくない。そして、モラルに欠ける、あるいは反していると思しき行為であればあるだけ、法律に抵触しているリスクも高まる。言い換えれば、私たちは知らず知らずのうちに法律違反をしている可能性があるということだ。

そのような事態を避けるべく、本連載では「人道的にアウト」と思えるような行為が法律に抵触しているかどうかを、法律のプロである弁護士にジャッジしてもらう。今回のテーマは「飲食物の味に関する侮辱」だ。

27歳の男性・Oさんは、奥さんと二人三脚で郊外でラーメン店を営んでいる。カウンター席とテーブル席を合わせて10席ほどの店ではあるが、週末には家族連れで賑わい、お客からの味の反応も上々だった。

そんなある日、お客の立て込んでいるランチ時に中年の女性客が来店した。各ラーメンの説明書きがわかりやすく記されたメニューを眺めたその女性は、お店人気ナンバーワンの背油ラーメンをオーダーした。Oさんはいつものように真心をこめて注文の一杯を作り上げ、奥さんがラーメンを女性客が座るカウンターへと運んだ。だが、その女性はスープを口に運んだ瞬間、怪訝な顔つきに。続けて麺をすすると開口一番「まずいわね」と、明らかに周囲にわかるほどの大きさで声に出した。さらにその女性は「なんなの、このラーメンの味」「こんな油っぽいスープをお客に対して食えというの?」と次第にヒートアップ。声高にラーメンに対する文句を言い出し始め、周囲のお客さんも女性の“異変”に気づき始めた。

ヒステリック気味に文句を言う女性の声は、厨房にいるOさんにも聞こえていた。自慢の一杯をけなされたとあり、はらわたが煮えくり返る思いだが、他のお客さんの視線もある。厨房から出てくると、カウンター越しに「味が気にいらないようでしたらお代は結構ですので、どうかお帰り願えますか」と丁重に話しかけた。その言葉を聞き、女性は「金はいらないって? 当たり前だ! こんなまずいラーメンを食わせやがって逆に慰謝料をもらいたいぐらいだ。私の近所にあんたの店のラーメンは食えたもんじゃないと言いふらしてやるからね!」と言い残して店を後にした。この言葉には、普段温厚なOさんもさすがにカチンときた。「なんとかあの人の居場所を突き止めて、侮辱罪で訴えてやる!」と息巻くが……。

このようなケースでは、女性客は何らかの法律違反に問われるのか、問われないのか。安部直子弁護士に聞いてみた。

○名誉毀損罪が成立する可能性あり

まず、このように飲食店の客が店で「ラーメンがまずい」「スープが油っぽくて食べられたものではない」などと発言したことについては「名誉毀損罪」が成立する可能性があります(刑法230条第1項)。

名誉毀損罪は、「公然と」「事実の摘示」によって「人の社会的な評価を低下」させる行為をしたときに成立する犯罪です。ラーメン店にはどのような客も出入りできますし、現実に当時他の客も来店していたので「公然と」の要件を満たします。

また「こんな1cm以上の油の下にあるスープをお客に対して食えというの?」「麺も伸びていて、素麺のような細さとコシのなさね」といった表現が「事実の摘示」です。このような発言により、店やOさんに対する社会的評価が大きく下がった場合、名誉毀損罪が成立する可能性があります。

名誉毀損罪の刑罰は、3年以下の懲役または禁固刑あるいは50万円以下の罰金刑です。ただし、(1)「公益性があり」、(2)「公益を図る目的があり」、(3)「摘示した事実が真実と認められるか、若しくは事実を摘示した人にとって真実と誤信しても仕方がない事情がある場合」には、原則として、名誉棄損は認められません(刑法第230条の2第1項、第2項)。

本件の場合、ラーメン店の味の評価に関する事柄ですので、(1)の公益性があるとも思われます。ただ、この女性の店内での言い方からすると、(2)の公益を図る目的があったとは思えませんので、やはり名誉棄損に該当する可能性があるでしょう。

●侮辱罪として訴えることは可能?

このように、店で「ラーメンがまずい」などと騒ぐような人は、家に帰ってからもそのことを周囲に言いふらすケースがあります。特に最近では、ネットの口コミサイトに投稿をしたり、自分のブログやSNSで自分の意見を拡散したりする人が多いので注意が必要です。

その場で騒がれただけならその場にいた客に聞かれる程度ですが、ネットに書き込まれると世界中の人が閲覧できるわけですから、将来の見込み客が大きく減ってしまうおそれが発生します。

ネット上に風評被害となるような書き込みをした場合も、近所の人に言いふらした場合も、名誉棄損罪が成立する可能性があります。ネットも公共の場所なので「公然と」の要件を満たしますし、事実の摘示や罵倒によって店の社会的評価を低下させたら名誉毀損罪になりかねないのです。

○侮辱罪が成立する可能性もある

侮辱罪とは、公然と「事実の摘示以外の方法で」人の社会的評価を低下させる言動をとることです。名誉毀損罪との違いは、事実を摘示したかどうかです。事実を摘示していない単なる罵倒なら侮辱罪になります。

たとえば、この女性が本当に「あそこの店のラーメンは食えたもんじゃない」と近所の人に言いふらした場合、「食えたもんじゃない」というのは、事実ではなく、この女性の評価ですので、侮辱罪が成立する余地があります。

また、ネットの口コミサイトに、「あそこの店のラーメンは食えたもんじゃない」とか、「まずい」といった内容を書き込んだ場合にも、侮辱罪に該当する可能性があります。

侮辱罪の刑罰は「拘留または科料」です。拘留とは30日未満の期間、刑務所に収容される刑罰で、科料は1万円未満の金銭支払いの刑罰です。

○刑事告訴の要否について

飲食店が客から誹謗中傷の被害を受けたときの「刑事告訴」の要否についても押さえておきましょう。

犯罪の種類の中には、被害者が告訴しないと処罰されない「親告罪」と、被害者が告訴しなくても処罰される「非親告罪」があります。「名誉毀損罪」と「侮辱罪」は親告罪です(民法第232条第1項)。

Oさんが犯人の女性を処罰してほしいと望むなら、相手を特定して警察に告訴する必要があります。処罰を希望するならば、早めに警察に相談に行くのがよいでしょう。

●損害賠償を請求することはできる?

ラーメン店が客からの誹謗中傷や業務妨害をされたら、大きな損害が発生する可能性があります。その場にいた客や入ろうとしていた客が帰ってしまう可能性もありますし、妙な噂が広まって将来の見込み客が減ってしまうケースもあるでしょう。

そのようなときには、この女性客に対して「損害賠償請求」ができます。女性客には店に対する不法行為が成立するからです。不法行為とは、故意過失にもとづく違法行為によって他人に損害を発生させる行為です。

店内で店の名誉を低下させるような言動をとるのは違法行為になる可能性があります。これによって店に売上げ低下などの損害が発生した場合、店は不法行為にもとづいて女性客にその賠償を請求できる可能性があるのです。女性客が帰宅後に近所に言いふらしたり、ネットでラーメンの悪口を書き込んだりしたケースでも同様です。

○損害賠償請求する際の注意点

Oさんが今回の非常識な女性客に損害賠償請求をする際には、以下の4点に注意が必要です。

1.相手を特定する必要がある

まずは相手を特定する必要があることです。通常、店の客の氏名や住所などはわからないことが多いです。そのままでは刑事告訴も民事損害賠償もできないので、法的措置を検討するなら、店で騒がれた時点で身分証などの提示を受けて本人情報を獲得しておくべきです。

後で探すのは困難でしょう。

2.女性客の言動が違法であること

次に女性客の言動が客の店に対する一般的な評価としての範囲を超え、違法性があったことを証明する必要があります。そもそも、言った事実すら否定されかねませんので、その場にいたお客さんで証人となってくれる人も見つけた方がいいでしょう。

3 売上げ低下を立証する必要がある

さらに、具体的な店の売上げ低下を証明しないといけません。売上げ低下にもとづいて賠償金を請求するならば、根拠となる資料によって、具体的にいくらの損害が発生したのか証明する必要があります。「何となくこれくらい売上げが下がった」という程度では損害賠償を請求できません。

4 売上低下の原因が女性客の言動にあること

最後に、売上低下の原因が女性客の言動にあることも立証しなければなりません。売上低下には一般的にはさまざまな要因が考えられますし、女性からは「売上低下の原因はラーメンがまずかったからである」と反論されかねませんので、お気をつけください。

いくらお客様とは言え、飲食店におけるあまりに過ぎた嫌がらせや侮辱、迷惑行為にまで店側が耐える必要はありません。特に今はネットなどに不当な情報を拡散されやすいので、油断できない時代です。「これは酷い」と思われたら、我慢せずに一度弁護士に相談してみることをお勧めします。

※記事内で紹介しているストーリーはフィクションです

※写真と本文は関係ありません

○監修者プロフィール: 安部直子(あべ なおこ)

東京弁護士会所属。東京・横浜・千葉に拠点を置く弁護士法人『法律事務所オーセンス』にて、主に離婚問題を数多く取り扱う。離婚問題を「家族にとっての再スタート」と考え、依頼者とのコミュニケーションを大切にしながら、依頼者やその子どもが前を向いて再スタートを切れるような解決に努めている。弁護士としての信念は、「ドアは開くまで叩く」。著書に「調査・慰謝料・離婚への最強アドバイス」(中央経済社)がある。