大画面スマホ時代にあえて作った「AQUOS R2 compact」〜シャープ開発者インタビュー
コンパクトスマホ派にとって待望の1台「AQUOS R2 compact」の開発者インタビューをお届けします。シャープで製品開発に携わる楠田晃嗣氏(製品企画担当)と、荒井剛氏(回路設計担当)のおふたりに、AQUOS R2 compact誕生の裏側を聞きました。

■コンパクトを選ぶのは「率先族」


スマートフォンの大型化は年々進んでいます。2012年には4インチ前後が主流であったのに対し、2016年には多くのスマートフォンが5.5インチの大画面を装備している状況です。これに対し楠田氏は「動画コンテンツや、写真で交流するSNSの普及によって、市場全体が大画面化の流れになっている」と説明します。

▲楠田晃嗣氏(シャープ パーソナル通信事業部 商品企画部 担当部長)

一方で、当然のことながら、人間の手のサイズは数年で大きくなるものではなりません。重すぎるスマホを持ち続けると疲れますし、片手操作派が大画面すぎるスマホを選ぶと苦労することになります。

これに対し、シャープは2019年冬のAQUOSスマートフォンで、2つの解決策を用意しています。1つは「AQUOS zero」。新開発の有機ELディスプレイを活用し、"軽い大画面"というポイントに絞った製品で、ゲームやエンタメを楽しむ人に向けて設計されています。

そしてもう1つが、「AQUOS R2 compact」。シャープはAQUOSシリーズとして、これまで25機種のコンパクトモデルを世に送り出していますが、今回の新モデルはコンセプトから新たに練り直した1台となっています。

楠田氏は「大型のスマホが主流になった今、コンパクトモデルを用意するべきなのかも含めて1から検討した。店頭に行き、ショップのスタッフの意見をきき、お客様が選んでいる様子を観察した」と振り返ります。

「調査の結果、コンパクトモデルを選ぶ男性は予想外に多かった」と楠田氏。シャープがコンパクトモデルを開発する際、これまでは手の小さい女性ユーザーを想定することが多かったと言いますが、実際のニーズはそれだけではなかったようです。
▲ソフトバンク向け「AQUOS R2 compact」のカラーラインナップは落ち着いた色合いの3色

「コンパクトモデルを選ぶ男性は、スーツ姿のビジネスマンのように、外でスマートに使う人が多かった」と楠田氏。そうした人たちがスマホを決めるとき印象的だったのが、店頭のモックをスーツのポケットに入れたり出したりして、感触を確かめて決める人が多かったこと。「なぜポケットなのか」という疑問に楠田氏は「瞬発的に使いたいのではないか、という仮説を練った」と語ります。

楠田氏「スマートフォンは写真を撮ったり検索に使うだけでなく、決済や乗り換え案内など、生活のさまざまなシーンで使うデバイスになっている。コンパクトモデルを選ぶ人は、『瞬時に取り出して使えるコンパクト』に価値を見出しているのではないか」

実際にコンパクトモデルを使っているユーザーに聞いた声でも、「たとえば仲間内で飲み会に行くと決めたときスマホを出してお店を調べるような、サッと取り出して調べる使い方が多かった」と言います。真っ先にスマホを取り出して使いたい、そうした人たちをシャープは『率先族』と名付け、開発のターゲットとすることになります。

■"親指フリー"の絶対条件「60mm」


「サッと取り出して片手で使えるコンパクトモデル」という基本コンセプトが決めた上で、次に取りかかったのはサイズの設計。楠田氏は「こだわりのサイズという原点に立ち戻り、十数個のモックを作って検証した」と語ります。



試したのは、親指が自由に動かせるかどうか、そしてポケットへの出し入れがスムーズかどうか。スーツのポケットから出したり、立ちあがりながらズボンのポケットから出したりといった動作を、商品企画担当の男性、女性スタッフでひたすら繰り返し、筐体の形状を試行錯誤したといいます。



シャープはそうした試行錯誤に加え、日本人の平均的な手のサイズなどから"コンパクトスマホの最適解"を導き出しました。それが「筐体側面から、反対側の画面の端まで60mm」という長さ。親指を自由に動かして、画面の多くの領域にアプローチするためには、この60mm以下に抑える必要があるというのです。新モデルの横幅は64mm。前世代の「AQUOS R2 compact」(横幅66mm)よりも細めに設定されました。

■自由成形のディスプレイをフル活用


AQUOS R2 compactの開発を担当した、シャープの荒井剛氏(パーソナル通信事業部 回路開発部)は、新モデルのモックアップを初めて見たときの印象を「いいサイズ感だと思った」とふり返ります。

一方で、製品仕様については、妥協のない内容。商品企画担当者も「今まで入ったものは入れてください」という強気の姿勢でした。筐体は薄くしつつ、ディスプレイは大型か、その上でインカメラやイヤホンジャックも盛り込むという要望に「『どれだけ詰め込むねん』とツッコミを入れたくなった」と荒井氏は語ります。


▲荒井剛氏(シャープ パーソナル通信事業部 回路開発部 技師)

シャープの開発陣は、その無茶ぶりに応え、小さな筐体の中に機能を凝縮しました。その鍵となったのが「IGZOフリーフォームディスプレイ」です。IGZO液晶ディスプレイを自由な形に切り出せるという、液晶メーカーならではの技術を生かして、シャープはAQUOS R2 compactの設計にあたって、小さな筐体に収まる5.2インチの縦長ディスプレイを制作しています。

▲AQUOS R2 compact(左)では、前世代モデルのAQUOS R Compactよりも一回り小さい筐体に、大型のディスプレイを搭載している

そのディスプレイがユニークなのは、縦長で切り欠き(ノッチ)を上下2カ所に用意したところ。ディスプレイ上部のインカメラ、下部の親指で使える指紋センサーという機能要件を満たしつつ、一覧性は確保しています。

荒井氏「シャープはAQUOS R2 compact用にディスプレイのサンプルを複数試作しているが、ノッチをつけたディスプレイをモックアップに貼ってみると、やはり一覧性が違う。ニュースが途中で縦に切れていることが少なく、Twitterで同時に表示できる行数も多くなった」

■「透明液晶」で切り詰めたノッチ


4辺が狭額縁というデザインは、特に上下に入るパーツの配置を特に困難にする要素だったといいます。

複雑な内部構造を設計するため、シャープの開発チームが取った作戦は、「競争」でした。開発チームを2つにわけ、ディスプレイの上部を設計する「上額縁チーム」と下部構造を設計する「下額縁チーム」としてどれだけベゼルを縮められるかを競い合いました。成果を競いつつ、アイデアを共有しあうことで、効率的に開発する作戦です。



ディスプレイを最大限に活用する技術として、上額縁では「シースルーホールディスプレイ」という新技術が使われています。これは液晶ディスプレイをの一部を『透明な液晶』として製造する技術で、AQUOS R2 compactでは、上部のインカメラの周辺が透明液晶になっています。

透明な液晶を使うことで、インカメラの周囲ギリギリまで表示領域を広げることができるため、結果としてノッチを小さくできるといいます。上部ノッチの左右は通知の表示領域となっており、正方形の通知ピクトが並びます。

■親指操作に特化した指紋センサー


そして、下部のノッチは、「率先族」の要望を満たす、新しい操作体系の提案につながりました。親指で使える指紋センサーに、ロック解除だけでなくホームボタンの機能ももたせ、さらに左右のスワイプで戻るキーの機能も代用させています。

指紋センサーがディスプレイ面よりわずかにくぼませた形で配置されているのもポイント。凹みがあることで「親指のホームポジション」が分かりやすく、画面を注視せずに操作ができるといいます。

▲下部キーの機能をすべて指紋センサーで代替することで、表示領域を拡大した

Android 9 Pieではアプリ履歴の表示操作が「ホームボタンを上にスワイプ」に変更されましたが、この操作体系なら違和感がありません。

指紋センサー部の厚みを抑えて配置するために、シャープではタッチパネルと指紋センサーを一体化した中間パーツを作成。防水処理をこのパーツ単位で施しています。

■コンパクト×ハイスペックならではの苦悩


開発部門が頭を悩ませたのは、内部の部品をどうつめこむか。スマートフォンはさまざまなパーツの集積で成立する精密機器。ハイスペックにするほど必要なパーツ点数も増える上、排熱などへの配慮も必要となります。

AQUOS R2 compactは「ハイスペックで多機能でコンパクト」という設計するには厳しい条件が揃ったモデルです。ディスプレイ解像度は高く、120Hzの"倍速駆動"に対応。チップセットはクアルコム製の現世代で最上位クラスの「Snapdragon 845」を搭載しています。カメラは「AQUOS R2」の静止画カメラと同等のセンサーを搭載。これは光学手ブレ補正に対応したもので、その機構を備えている分、センサーサイズは大きくなっています。

▲背面カメラセンサーもAQUOS R2 compact(左)ではAQUOS R comactより大型化している

さらに、親指だけで片手操作するためには、厚みも重要な要素だったといいます。9.3mmという厚みに抑えつつ、放熱設計を担保するために多くの工夫が盛り込まれています。

AQUOS Rシリーズでは、端末内の空間を利用して熱を分散させるような設計をしていますが、今回のAQUOS R2 compactでは端末内に空気を循環させスキマを作るほどの余裕もありません。



それどころか、放熱に使う「グラファイトシート」を1枚追加するような余地がない設計となってました。そこで開発陣が取ったのは、「何にでもグラファイトシートを埋め込んでしまえ」作戦。

ノイズ対策に使われるメタルフィルムや、液晶フレキシブル基板を貼り付けている両面テープのような、ありとあらゆる場所にグラファイトシートを埋め込んで熱源を拡散。構造を変更させながら放熱シミュレーションをくり返したことで、一カ所に熱をためてパフォーマンスを落とさない設計を模索しました。

ちなみに、メモリー(RAM)の容量は4GBとシャープが同時期に販売している「AQUOS zero」よりも控えめになっています。これについて荒井氏は「AQUOS zeroは軽量・大画面でゲームを快適に長時間楽しめる見たい人をターゲットにしたモデル。パフォーマンスを発揮するため、6GBを搭載している。AQUOS R2 compactはパフォーマンスよりも瞬時に取り出して使える応答性を重視している。現時点では4GBでも、十分満たせると判断した」と説明しています。

インタビューの最後に、お二人に読者へのメッセージを聞いてみました。

楠田氏「お待たせしました。いよいよ我々の自信作が登場します。サイズも中身のスペックも一切妥協することなく。完成度の高いモデルとなりました。ぜひ店頭で、触ってみて、ポケットの出し入れなどの感触を確かめてみてください」

荒井氏「AQUOS R2 compactはハイスペックなギュッと凝縮したコンパクトモデルです。手にとって、その凝縮感を体験してみてもらいたい、開発陣の工夫が詰まった一台に仕上がりました」

「AQUOS R2 compact」はソフトバンクから1月18日に発売されました。前世代の「AQUOS R compact」のように、オープンマーケット向け(SIMフリー)モデルの提供も検討しているとのことです。



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