紀伊國屋書店と「勝負」した、小さな書店の”発想”とは?(撮影:今井康一)

何を始めるにせよ、最初の一歩を踏み出すときは、リスクが気になったり、勇気が必要だったり、何かと調整が面倒……と思う人もいます。いくつもプロジェクトを実現させてきたgood morningsの水代優氏(著書に『スモール・スタート あえて小さく始めよう』がある)が、「何かを始めるときのコツ」を解説します。

僕はグッドモーニングスという会社を経営していて、東京・丸の内や日本橋をはじめ全国各地でイベントのプロデュース、コミュニティ作り、カフェの運営などをしています。地域や企業のPRのお手伝いなど、人をつなぎ、場を盛り上げるために、いくつもの「小さなこと」に取り組んできました。

そして、楽しく働き、生きていくために、僕は最近まわりに「新しいことを、小さく始めてみませんか」と呼びかけています。

「小さい組織だからできること」がある

「小さく始める」とはどういうことか。あえて説明するなら、「まずは動く」ということ、「静を動に変える」ということです。

僕は、振り返ると小さく始めることばかりしてきました(大きくは始められないから、仕方なく小さく始めてきたというのがホンネかもしれませんが)。でも、いろいろと小さく始めたからこそ、今、どれも最高に楽しめているし、新しく始めたいことも、次々に見つかります。

「小さく始める」ことにはメリットもあるし、コツもあります。

たとえば、僕の経営する会社グッドモーニングスは、日本橋浜町でハマハウスというカフェを運営しています。ブックカフェで、棚一面には本が並んでいます。でもときどき、本は売らずに盆栽ばかりを並べるなど、空間を自由に使っています。

もし、大手の書店がある日突然「今週は本は売りません、盆栽だけです」とやったら、大ブーイングが起こるでしょう。でも、僕たちは小さいから「なんか変だけど、こういうこともやるんだ」と許容してもらえます。

あるときには、本は本でも、『SHOE DOG』(東洋経済新報社)という1種類の本だけを大量に並べて売る、という試みをしたこともあります。その本の内容に共感したので、応援の意味も込めて、その本だけを並べたのです。これも、大手の書店では考えられないことだと思います。もしも僕が大手書店の店員なら、「1種類の本しか置かないなんて」とお客さんから激怒されるはずです。

でも、いかにも個人が好きでやっているブックカフェであるハマハウスでなら、「面白いことやってるな」と思ってもらえます。小さいから、こういったチャレンジができるのです。

このとき僕は、誰もが知っている書店、紀伊國屋書店の梅田本店と勝手に“競争”をしていました。


ハマハウスの中に、たった1冊の本を壁面にぎっしりと陳列(写真:今井康一)

書店として紀伊國屋書店全体とハマハウスを比べると、足元にも及びません。比べるのもおこがましいくらいです。でも、「vs.梅田本店」「『SHOE DOG』一本勝負」などと、勝手な制限を設けることで、もしかすると勝てそうな気がしてきて、やる気が出てきます。

紀伊國屋書店梅田本店で何冊売れたかをウォッチし、ハマハウスではその数を超えようと、イベントをして人を集めるなど、いろいろなことをしました。

その甲斐もあって、小さな書店であるハマハウスで1週間で85冊くらい売ることができました。100冊以上売っていた紀伊國屋書店梅田本店には勝てなかったのですが、それでも制限を設けたおかげで、勝負の土俵には立てていたと思います。「1冊の本だけを売る」という小さいからできるチャレンジはやりがいがあったし、だからこそ「1週間だけで85冊」という販売実績を生むことができました。

脳内チャレンジを、リアルに変える

会社の中にいても、大きな予算のついたビッグプロジェクトには、「だからこそ可能なこと」もあれば、「だからこそできないこと」もあるのは同じでしょう。

そして、小さなプロジェクトで、ビッグプロジェクトに対しては勝ち目がなくても、勝手にルールを設けることで、互角の勝負に持ち込み楽しむことができるのも同じです。

たとえば「デキる係長の1週間の売り上げを俺の1カ月の売り上げが上回ったら勝ち」という楽しみ方をしても、いいじゃないですか。そうした脳内チャレンジをリアルに変えられるのは、小さな場です。

「紀伊國屋書店に勝つ」というのは、果てしなく高い壁を越えるような行為です。普通にやっていたのでは、とてもじゃないけど無理ゲーです。正攻法でハイジャンプで越えようとしても、なかなか難しいと思います。それだけのジャンプ力は、持ち合わせていないからです。

それでも、壁は越えられます。なぜなら僕は「壁には、必ず扉がついている」と決めつけているからです。あとはその「扉」を見つけて開けるだけです。


ハマハウスでのイベントで語る筆者・水代優氏(撮影:今井康一)

僕がしたように、「1冊縛り」という条件を設けるのも、そこにある「扉」を際立たせる作戦のひとつです。僕が失敗した(梅田本店に負けた)のは、扉を見つけるところまではできたけど、自分の頭の中にしかない「扉を開ける鍵」をうまく使えなかったからです。

「扉」は、どんな壁にもあります。「鍵」も必ず頭の中にあります。

そう決めておくと、果てしなく高くどこまで続くかわからない壁を遠くから見ているだけ、ということにはなりません。“あるに決まっている”扉を探すため、どんどんと壁に近づいていくのみです。

壁に近づいていくと、僕と同じように扉を探しに来ている人と出会うこともあります。そして「ここから向こうには扉がないことは確認済みだ」といった情報をくれることがあります。後から来た人が「私も扉探しを手伝います」と言ってくれることもあります。

すると一人で探すよりも早く、扉が見つかります。

いつか「正しい鍵」は見つかる

その扉が、「vs.梅田本店」「『SHOE DOG』一本勝負」のような制限付きのものだったとします。

次は鍵を開けるのみです。でも、まずは鍵がかかっているかどうかの確認が必要です。重々しい扉に見えて、施錠されていないかもしれません。押すタイプに見えて、引き戸かもしれません。開かなさそうと思っていると「試すこと」を忘れがちですが、開くことを前提にしていれば、あらゆる方法を自然と試すことになります。


それでもどうやら鍵が必要そうなら、この鍵もまた、どこかへ探しに行きます。自分の頭の中、壁の前で出会った仲間の頭の中、あるいは、この扉探しとは無関係の友達の頭の中、いろいろなところに鍵を探し、これだと思ったら試し、違うとわかったらまた違う鍵を探す。その繰り返しです。

そうして諦めずにいれば、いつか正しい鍵を手にすることができます。すると、乗り越えるには高すぎる壁を、扉をくぐるという方法で越えられます。“紀伊國屋書店”という壁の前で出会った人たちは、僕と同じことを考えている仲間です。

だからその仲間たちの店をネットワーク化し、せーので「vs.梅田本店」「『SHOE DOG』一本勝負」を挑めば、それが鍵になるような気もします。一人ではできないことも、仲間がいればできるということはたくさんあって、ではどこでその仲間に出会えるかといえば、越えたい壁の前です。

だから僕は、壁を見つけたら真っ先にそこへ駆け寄ることにしています。