『グランツーリスモ』山内一典氏が明かす開発秘話。新作GT SPORTは次世代の基本形
思わずやり込みすぎて、すでに親指の付け根が痛い。10月19日にようやく発売になる「グランツーリスモSPORT」。ナンバリングが取れて心機一転、全世界の注目を浴びるこの作品を、開発スタジオ ポリフォニー・デジタルで開かれた完成披露会から体験リポートする。

プロデューサー山内一典氏によるスタジオ案内もあり、完成版のグランツーリスモ SPORT を思う存分堪能し、制作秘話に驚愕した。

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グランツーリスモシリーズは、今年で初代発売から20年。筆者は初代から遊び倒してきており、非常に感慨深い。

当時、これまでのレースゲームとは一線を画した「グランツーリスモ」の登場に心を奪われ、クルマ好きということもあってかなりやりこんだ。ハンコンではなくネジコンが使え、友人宅でもハンドルのような感覚で操作でき楽しめたのも、のめり込んだ要因の1つだ。GT3のとき、友人たちとPS2を6台i.LinkケーブルとHubに繋いで対戦したのはよい思い出だ。

そんなグランツーリスモの生みの親、山内氏に今回インタビューする機会が得られたので、お話を伺った。冒頭はこちらの記事にも書かせていただいたが、その後の話にもつながるので再度掲載する。

グランツーリスモの父、山内一典氏インタビュー



▲プロデューサーの山内一典氏の執務室にて。

―― 初代が発売されてから20年。最初にグランツーリスモを作ろうとしたときに目指した理想の姿と今回のグランツーリスモSPORTの姿は、どの程度近づいていますか?

山内氏「GT6まではなかなかそういう(理想の姿に近づいた)実感はあまりありませんでした。PS3のアーキテクチャーがあまりにも複雑すぎて、(性能は高いけど)殆どがシステムの開発にエネルギーをそそがなければならず、あまりクリエイティブなことに時間が割けませんでした。

PS4はバランスの良いハードウェアなので、システムの開発はある程度順調にいったので、クリエイティブな面に集中できました。結果として、僕の中ではGT4を作ったあと、GT5、GT6とグランツーリスモシリーズとしては伸び悩んでいた時代なんですね。一緒に作っていて苦しかったし。ようやくグランツーリスモSPORTで、気持ちよく進めるようになったという印象がありますね。

グランツーリスモSPORTの発売を延期したのも、ある意味このままの調子でやっていけばかなり理想的なものができる手応えがあったので、中途半端なものは出したくなかったんですよね。ですから、グランツーリスモSPORTは新しいグランツーリスモの始まりだと思います。

これまで20年間の知見、さまざまなトライをしてきた冒険の中でも、一番いい部分だけを抜き出しつつ、FIAと一緒にやれるスポーツモードや、HDRといった光をどう扱うかという新しい要素を含め、きれいなパッケージングができたなと思います。これがグランツーリスモの基本デザインになっていくのではないでしょうか」

―― 今までのグランツーリスモのシリーズで、いちばん苦労したのはどのあたりですか?

山内氏「そうですね、やっぱりGT5とGT6はすごく苦労しましたね。それは先ほど申し上げた理由です。処理性能だけで言ったらPS3は、いまでもPS4よりも処理性能のピークが高い部分もあったりして、決して性能の低いハードウェアではありませんでした。ただピーキーな部分がありました。

ですから、ゲームを作るどころの話ではなかったといいますか、なんとか動かすところだけで終わってしまったところがあって、あまりクリエイティブな部分にエネルギーを割けられなかったですね。PS4はずいぶん開発が、ある意味読めるようになったので、そうすると何を盛り込むのか、という部分に意識がいくようになりますよね。

あと、苦しかったのがGT2ですね。GT1は最初のタイトルですから、いくらでも時間をかけていいんですよね(笑)。スタッフも10人未満のチームでしたし、何年作ろうがね。今はそんなことはないかもしれませんが。たいして制作費もかかっていません。5年間かけても1億円かかっていないと思います。でもいまや、グランツーリスモクラスのタイトルを作るとなると100億なんて当たり前なので。

GT1で自分たちの予想を裏切って成功してしまったものだから、その勢いでGT2も作ろうということを、大して考えもせずに進めてしまった。もっとコースを入れて、もっとクルマも入れてと単純に拡大路線に行ったわけですよね。そうしたらすごく大変だった(笑)。ただやはりGT5、GT6は、プレイヤーを楽しませたいのに楽しませている余裕がない、と言う意味では苦しかったですね」


グランツーリスモSPORTに収録されているブルームーン・ベイ・スピードウェイの最初のイメージスケッチ。山内氏が描いたもの。

―― 今回、以前のバージョンからシミュレーション部分を変更したそうですが、具体的にはどのように変化したのでしょう。

山内氏「一口では非常に難しいのですが、まずタイヤモデルがまったく変わっています。それから、タイヤの運動をどう記述するかという、記述の仕方から変わっているので、そこが一番大きいですかね。駆動系のシミュレーションやサスペンションのシミュレーションはそれほど難しくはないんですよね。もちろん有限の時間の中で計算しなければならないというハードルはあるにしても。

(一方で) タイヤの振る舞いというのはF1チームでもわからない部分なので。そのため、相変わらず試行錯誤が続いているんです。今回僕らは、僕らなりのブレイクスルーがあって、これまで僕がイメージしていたものに近づけることができました。

例えば僕はレースをしますが、車の運転はそんなに難しくないんですよ。間違った運転をすれば危険な状態になりますが、間違った運転をしなければクルマというのは常に予想可能な状態なんです。でも、これまでのグランツーリスモは、なかなかそういう状態にならなかったんです。

もちろん、ある程度訓練された方が速く走ったり上手に走ったりというのはありましたが、ほんとに雪国の年配の女性が、いきなりカウンターステアを当てながら信号に停止できるようなことができたかというと、そうではなかった。今回のグランツーリスモSPORTは、ようやくそういうレベルのものになれたと思っています」

―― 確かに、先ほど東京エクスプレスウェイをGT-Rで走ってみたら、軽くドリフトしながらコーナリングできて、気持ちよかったですね。

山内氏「そうですよね。ドリフトって誰でもできるんですよ。でもこれまでのグランツーリスモは非常に難しかったんです。なので、そういうところが普通のクルマ並にコントローラブルになった感じですね」

―― 今回7歳から77歳まで、幅広いドライビング・アシスト機能と謳い、初心者でも不安なく運転できるようになっていますが、最近は若者のクルマ離れがよく言われています。そのあたりはどう感じていらっしゃいますか?

山内氏「ある意味社会的な必然ですよね。この時代にあってクルマの憧れがかつてのように持続していなければならないということは、どこにもないじゃないですか。

かつては大きな宇宙があって、その中でクルマは大きな存在としてドンとあって、みんながそれに憧れていた時代がありました。今は小さな宇宙がたくさんあって、それぞれの宇宙ごとに何がいい何が悪いみたいなものはガラッと変わりますよね。大抵の人は1つではなく幾つかの宇宙に所属していて、それによって自分のモードを変えて人生を快適に暮らしていくという時代なんです。だから、かつてあったみんんながクルマに憧れる、みんながテレビを見るという時代はもう来ないと思うんです。

僕がいまやろうとしていることは、クルマという宇宙のサイズをこれ以上小さくしないように、少しでも子供たちにクルマの楽しさを伝えていくという役割ができればいいなと思います」


▲アイルトン・セナ財団から贈られたアイルトン・セナのヘルメット。書棚にさり気なく置かれているなんて!

―― FIAとグランツーリスモが提案するオンラインレーシング「スポーツモード」が搭載されましたが、GTアカデミーは今後も続けて行くのでしょうか?

山内氏「日産自動車とも話をしていて、今後も続けていきますが、日本で開催するかはまだわからないですね。GTアカデミーの最大の課題は、プロのレーシングドライバーを生み出すからにはシートを用意しなければならないことなんですね。1人ドライバーが生まれるたびに、何処かにシートを確保するとなると年間1億円ぐらいお金が必要になってくるんですよ。ですから、それを日本でやるのがすごく難しいんです。

そもそも日本ではそんなにレーシングカーのシートの数がないんですね。日産としてもどんどんウィナーが生まれるのはいいのですが、彼らのシートを毎年用意しなければならないということで、ウィナーが生まれるたびにコストが増えてしまいます。そうなるとカンタンではないですよね。最終的にどうなるかわかりませんが、トップオブトップ、1人だけにして、そのかわりF1なりLMP1なりのところまでたどり着ける若者だけを選ぶという方向にしていかないと難しいですよね」


▲FIAと組んで「FIAグランツーリスモ デジタル ライセンス」を目指すスポーツモード。

―― 今後、どのようにグランツーリスモを進化させていこうと思っていらっしゃいますか?

山内氏「今回かなり、次の時代のグランツーリスモの基本形が出来上がったので、ここをスタートラインにしたい。(PS3のGT5, GT6では) クリエイティブな部分に力を割くことができなかったと申しましたが、今後は、もっと良くしようということが、もっと増えてくると思うんですよ。そのあたりを熟成と言うか進化させていきたいですね」


実はGT4のとき、筆者はSCEI主催の大会に参戦し、総合4位を獲得して山内氏のサイン入り盾をいただいた。その盾はいまでもリビングに飾っている。(当時はタイムを自動集計するシステムがなく、各自がタイムを登録するシステムで、何戦か行われた)。仕事とは関係なくプレイしていたが、今回このような仕事にめぐりあえて光栄だ。

山内氏みずからポリフォニー・デジタルをスタジオ・ツアー


山内氏にはスタジオ内を案内していただいたが、制作現場以外で撮影OKだった場所の写真を公開しよう。

グランツーリスモSPORTの制作に関するお話は、こちらの記事をご一読いただきたい。

山内一典氏が「グランツーリスモSPORT」開発スタジオを案内「今作がグランツーリスモの元年となる」


▲ミハエル・シューマッハが履いていたのと同じデザインのレーシングブーツを山内氏用に作ってもらったという。


▲喫煙室だったのだが、アーティストのDAIKI KASHO氏が住み着いてしまったそうで、実際にジングルを作ったりサウンドエフェクトの調整をしたりしているという。


▲パッケージやゲーム内のインターフェース、広告やポスターに至るまですべて内製。グランツーリスモのデザインイメージがぶれないためだ。


▲これまでのシリーズで資料として使われてきた品々。

試乗インプレ。時間を忘れてのめり込む完成度


さて、肝心のグランツーリスモSPORTの出来はというと、冒頭でも語ったように、時間を忘れてのめり込んでしまうほどよくできていた。

映像は非常にキレイで、特に光が差し込む感じは、かなり実世界に近い。今回収録されたクルマは、すべて手作業でモデリングし質感を調整して1台あたり約半年掛けているというから驚きだ。コースにしてもオブジェクトにしても樹木にしても、精密に作り上げた上で、ゲーム内では適宜負荷に合わせて解像度を落として使っている。

精度をあげておくことで、解像度を落としてもディテールは残り、グランツーリスモシリーズの未来まで使えるデータとなるため、今しっかり作っていくことが大切なのだろう。


▲マニュアルを見ずとも、主な機能に対して説明が表示されるのでわかりやすい。


▲フレーク塗装も表現。マジョーラカラーやマットペイントもできる。

挙動に関しては、最初は従来とさほど変わった感覚はなかったが、ブレーキングやコーナリング時の挙動が若干違うように感じた。クルマによってだが、アクセルオフよりパーシャルやベタ踏みのほうが曲がってくれる。ドリフトもあまりピ―キーではなく、すんなりこなせる感じ。東京エクスプレスウェイ(首都高速)をGT-Rで走ったときに、軽くドリフト(テールスライド)しながら曲がっていくのがとても気持ちよく、コントローラブルだからお釣りが来て壁に激突ということもなくいい感じ。ターマックでこういう走りがカンタンにできるのは挙動を改善した賜物だろう。


▲ドリフトがキレイに決まると走っていて気持ちがいいもの。従来よりはコントロールしやすくなっている。

筆者がグランツーリスモシリーズを購入すると、真っ先にやるのがライセンスモードだ。今回は、初心者でも基礎を学べる「ドライビング スクール」やモータースポーツの醍醐味を楽しむ「ミッション チャレンジ」、各コースの一部区間の走行方法を学ぶ「サーキット エクスペリエンス」などが用意されており、真っ先にやってみた。

ドライビングスクールは、パイロンと停止が今までも苦手で、ちょっとだけ苦労したものの、順調に金を取れていった。またミッション チャレンジもステージ3まではさほど苦労することなく金を取れたが、ステージ4になっていきなり難しくなった。

何度やっても銅しか取れなかったミッションは、ほんとに金を取れるのか、まだ設定が固まっていないのかはわからないが、これらをすべてクリアすることで、様々なクルマの挙動も把握でき、速く走るコツはつかめるはず。その走り方をどれだけ繋いで行けるのかが鍵となる。


▲ドライビングスクールをプレイする前に表示される画面。初級、中級、上級でアシストの付き方が違う。もちろん1つ1つON/OFFの設定が可能だ。筆者はもちろん上級だが、アクセルはフルに踏んでも調整が入っていた。


▲サーキット エクスペリエンスの画面。ちなみに停止からのスタートは、フルスロットル状態が一番速い。



▲ついついゴールドを目指して走り続けてしまう。時間の許す限り黙々と走っていた。

ダートのコースも走ってみたが、こちらもドリフトがやりやすく感じた。コースはアップダウンがあり、ジャンプする場面もあるので、ジャンプするときのクルマの向きやジャンプする位置がポイントになる。

昼間の走行だけでなくナイト走行も用意されているので、いろんな楽しみ方ができるだろう。ターマックも東京エクスプレスウェイではナイト走行が用意されているので、湾岸ミッドナイトばりの走りが楽しめるはずだ。


▲首都高速を夜中にかっ飛ぶ、なんて現実世界ではNGなこともグランツーリスモSPORTなら、ね。

PS VRでの「VRドライビング」もプレイできた。現状は2コースしかプレイできず残念だが、今後増えていくそうなので期待して待ちたい。

ダートとターマック(サーキット)の両方を試してみたが、これが思った以上にVRとの相性はいい。運転席に座った感覚で、左右に首を振れば車内を見渡せ、サイドミラーも確認できる。車内視点だとハンコンを握りつつ、映像にもハンドルと腕が見えるが、ハンドルを握る感覚がありつつ、映像の中のハンドル等でしか見えないのでまったく違和感がない。

ただ、実際の運転では、サイドミラーを確認するのに完全に首を振らずとも視線だけで見えたりするが、流石にそこまではいかない。しかし、ダートでドリフトしているとき、顔を進行方向へ向けて運転できるので、ヘアピンカーブをクリアするときはとてもラク。ふだん筆者はタイムアタック専門なので、内装を表示してプレイすることは一切ないのだが、これなら左右も見渡してプレイできるのでタイムアタックでも問題ないだろう。

実際にテレビ画面とVRとでタイムアタックをしたわけではないから、どちらが速く走れるか一概に言えないが、VRでもかなりいいタイムが出そうだ。PS4 Proのほうがより上の体験ができるそうなので、個人的にはPS4 Proを購入したいところである。


▲進行方向へ顔を向ければ先が見えるので、ドライブしやすい。車内視点でもこれならあまり狭いと感じない。

また、VRだと酔う人が多いと思うが、FPSゲームなどより全然酔わない。唯一背筋がゾワッと来たのは坂道でブレーキを外したらスーっとうしろへ下がっていったとき。ただ、これはリアルだからこその感覚だ。

逆にリアルな振動を感じられないので、画面全体が揺れているのはプレイしていてちょっと違和感もあった。外の景色は振動しても車内はそんな上下に振動しなくてもいいかもと思う。振動にあわせて上下に動く椅子なんて売られたら、グッとリアルさが増すこと間違いない。横Gまで表現すると設置もお値段も厳しいので、ゲームと連動して縦振動を感じる椅子を作ってくれるメーカーが現われると嬉しい。

新たな写真モードである「スケープスモード」での撮影も、世界各地の写真から選んでクルマを配置できるので、これまでよりぐっと世界が拡がった。またクルマにデカールを貼り付けることもようやく対応。デザインを公開できるので、職人さんたちがいろんなものを作ってくれるだろう。痛車とか豆腐屋が対戦時に席巻することは間違いない。クルマに個性が生まれるので、対戦したとき同じ車種でもデカールによってパッと見で分かりやすくなり、観戦していても楽しめそうだ。


▲スケープスモードでは、1000スポットほどある写真の中から、撮影したい場所を選んで、クルマを配置して撮影できる。


▲雷門の前に配置して撮影。違和感なく処理される。デカールはオリジナルのものも貼れる。

最後に、正式ではないが今回のスタジオ見学に参加したメディアの人たちと対戦した。スタジオ内では最大16人対戦できるようになっていたが、今回は10数名で対戦。結果は、鈴鹿でのレースで勝利! グランツーリスモシリーズを遊び倒してきた甲斐があった。発売日が待ち遠しい。


▲急遽メディア対抗となった対戦レース。


▲鈴鹿のレースで15台中7番手スタートから優勝。ちなみに、コースを変えての次のレースでは、途中当てられてスピンしビリだった。

※初出時製品名のスペルが間違っておりました。お詫びし訂正いたします。