中学・高校と柴崎を見てきた青森山田高の黒田監督は、「預かるうえで一番気を付けたのは素材を殺さないこと」と語った。(C) Getty Images,SOCCER DIGEST

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 昨季途中からスペイン2部リーグのテネリフェでプレーをしていた柴崎岳が、スペイン1部リーグのヘタフェに新天地を求めた。

 
 ヘタフェは1部昇格プレーオフ決定戦でテネリフェと戦い、1部昇格を決めたチーム。いわば『敵チーム』からのオファーに応える形で、柴崎は念願の1部リーグでのプレーを実現させた。
 
「昨日(18日)の朝に本人から『ヘタフェに決まりそうです』とメールが来たんです」
 そう語ったのは柴崎の中学・高校の恩師である青森山田高サッカー部の黒田剛監督だ。地元・青森県野辺地町の生まれで、小学校時代は野辺地SSSで天才的なプレーを見せていた柴崎に一目惚れし、青森山田中へ誘った人物である。
 
 当時からズバ抜けた視野の広さと正確な技術を兼ね備えていた彼を、青森山田中では1年生から試合に起用。中2になると高校チームの試合にも積極的に起用し、中3ではプリンスリーグ東北、高円宮杯全日本ユース(現・高円宮杯プレミアリーグ)で高校トップチームの不動のレギュラーとしてプレー。高校に上がると、1年生ながら10番を託し、早くもJリーグクラブの練習に参加をさせるなど、黒田監督は柴崎に対し、常に刺激的な環境を与えていた。
 
「彼を預かる上で一番気をつけたのは、素材を殺さないこと。彼の持っている能力は当時から世界レベルだと思っていた。360度の視野、技術はもちろん、向上心が旺盛で、自分の力で伸びていく素質を持っていた。だからこそ、何かを教えるとかではなく、常に『自分の能力に気付かせる環境』を与えることが大事だった。自分より格上の環境を常に与えて、『今のままの自分ではまずいぞ』という気持ちと、刺激を与え続けることに重点を置いた」
 
 黒田監督のマネジメントのもと、彼は青森山田での6年間でさらにその才を磨いた。そして、青森山田から鹿島、スペインへと活躍の場を移しても、柴崎はチーム内で重要なキープレーヤーとして地位を築いてきた。
 
「彼は自分がどうすれば生きるのかを学習できる選手。新しい環境に飛び込んでも、それを理解できる選手なんです」(黒田監督)
 
 常に現状より上のレベルに環境を求め、そこで自分に危機感を抱きながら何をすべきか考え、適応させていく。昨季のテネリフェでの半年間、そしてこれから始まるヘタフェでの日々は、まさにそのサイクルの繰り返しだ。
 今回の柴崎の移籍について、黒田監督は次のように語っている。
「ヘタフェからオファーがあったこと自体に意義がある。プレーオフ決定戦で2回戦って、向こうのチームはそれだけ彼を脅威と思ってくれたからこそ、獲得オファーを出した。それはまさに最高級の評価だと思うんです」
 
 続けて柴崎のこれからについてこう語った。
「まだまだスペイン1部への挑戦権を得たばかり。1部にはより凄いチーム、選手がたくさんいて、そこで自分がどこまでやれるかを試す機会を与えてくれたに過ぎません。でも、『こいつならさらに上でやれるぞ』という評価を掴み取れれば、可能性はさらに無限に広がります。僕は岳ならそれができると思う。
 
 元々、多くをしゃべるタイプじゃなく、プレーで周りを納得させる力を持っている。テネリフェでも最初は失敗から入ったけど、プレーでチームを納得させ、観客を魅了した。もちろんファンと監督、チームメイトにかなり恵まれたと思いますが、そこから先は岳の実力。彼の努力で挑戦権を掴み取ったのですから」
 
 1部での活躍は、多くの可能性を柴崎に与える。日本代表入りも、そのひとつだ。
「岳は日本代表に絶対に必要な選手。一瞬で勝負を決められる、トドメをさせる選手は、日本代表を見ても、彼以上の選手はいないと思う。局面を打開する能力に関しては日本で彼に勝る者はいないのでは。だからこそ、日本代表で揉まれて、将来的には日本の司令塔にならないといけない存在だと思っています。そのためにも1部での活躍で証明して、『呼ばざるを得ない状況』を作らないといけません」
 
 小学校時代からその才能に惚れ込み、中高6年間を常に全力で接し続けた最愛の教え子に、最大限のエールを送った黒田監督。柴崎の可能性を信じ続ける恩師は、最後にこう言葉を残した。
「1部でどれだけやれるのか、僕も本当に楽しみ。それに1部はしっかりと試合放送をしてくれるので、毎試合見られるのが嬉しいね」
 
取材・文:安藤隆人(サッカージャーナリスト)