鎌倉自宅葬儀社が提案する「自宅葬」

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家族を亡くした時、慌ただしい葬式を経験し、十分に故人をしのぶことができなかったと後悔する人は多い。「鎌倉自宅葬儀社」は、1週間をかけて自宅で故人を送るという自宅葬を提案している。「何もしなくていい」という古くて新しい葬儀の形とは――。【最終ページに企画書を掲載】

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■「鎌倉自宅葬儀社」の気になるポイント
・“面白法人”が葬儀業界に参入したいきさつ
・ホール葬が主流の時代に、なぜ自宅葬を打ち出したのか
・初日はあえて何もしない。最長1週間かける狙い
・弔問客をなるべく招かないことで生まれる価値

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■故人と家族だけの空間をできるだけ長く共有

鎌倉に本拠地を置くベンチャー企業の面白法人カヤックが、100%出資の子会社「鎌倉自宅葬儀社」を立ち上げたのは2016年8月。社名の通り、「自宅葬」に特化した葬儀社で、間もなく設立から1年になろうとしている。

昨今、畑違いの企業が葬送業界に乗り込むことはそう珍しいことではない。年間死亡者数が増加の一途をたどる中、この分野にビジネスチャンスを見いだし、参入はしたものの、業界の現実を目の当たりにして撤退する。そんな事例をここ数年でいくつも見てきた。

鎌倉自宅葬儀社がそれらと一線を画すると思うのは、主導しているのがこれまで葬儀社を経営してきた人物であることと、提示している付加価値に新しい魅力を感じるからだ。

鎌倉自宅葬儀社が提供するのは、3〜7日間、場合によってはそれ以上の時間をかけるロングスパンの葬儀となる。その間、喪家は極力なにもしない。外部からの弔問も控えてもらう。故人と家族だけの空間をできるだけ長く共有することで、静かにしのぶことに集中してもらう。そのためにはリラックスできてレンタル料金のかからない自宅が最適だ。それゆえの自宅葬であり、単に通夜告別式を自宅で行うだけの従来の自宅葬とはニュアンスが異なる。

喪家が時間や雑務に追われがちな葬式とは違った体験ができそうだが、独自性が強いと何かと風当たりも強くなる。実現するには数多くのハードルを越える必要がありそうだ。そのあたりとどう折り合いをつけて実現の可能性を見いだしたのか。構想をカヤックに持ち込み、現在は同社の取締役となっている馬場翔一郎氏に聞いた。

■「涙が流せる葬儀」を追求し、自宅葬に着目

まずは自宅葬専門会社を設立するに至った経緯を見ていきたい。

馬場氏が人材派遣会社に入社して葬儀業界に足を踏み入れたのは2003年のこと。複数の葬儀社や花祭壇を作る生花店、受付や記帳所を作るテント設営業などの現場を体験したのちに独立し、2008年に地元の埼玉で自ら葬儀社を興した。一般的な地元密着型の葬儀社で、葬祭ホールでの葬儀を中心に、希望があれば自宅での葬儀も請け負うというスタンスだった。

この頃から自宅での葬儀のほうが喪家の満足度が概して高いとは感じていたが、自宅という空間を強く意識したのは3年前に自らの祖父が亡くなったときだ。

「葬儀自体はホールで行いましたが、火葬場が取れなくて1週間ほど自宅で安置していました。自宅に帰るというのは、入院生活が長かった本人の希望でもあったんです。すると、多くの人が弔問に来られて、われわれが知らなかった祖父の話をたくさんしてくれました」

それ自体は貴重な体験だったし深く感謝しているものの、喪家の一人として弔問客の対応に常に張り詰めている状況には違和感を覚えたという。涙が出たのは葬儀が終わって1週間後。すべてが終わって自宅で親族と祖父の話をしていたとき、本人も予想しない勢いで落涙した。

「そのときようやく祖父が亡くなったことを理解できたといいますか、気持ちが整理できたのだと思います」

残された家族が、十分に涙を流せる葬儀がしたい――以来これが馬場氏の基本軸となる。自らの会社で自宅という空間を重んじた葬儀の構想を練るとともに、インターネットで知った「涙活(るいかつ)」という、泣くことでデトックスを図る取り組みにも参加するようになった。

■1時間のプレゼンで鎌倉自宅葬儀社が生まれた

現在日本では葬儀のほとんどが葬祭ホールで行われている。ホールでの葬儀も利便性が高くて悪くないが、場所を借りる以上はどうしても時間の縛りが生じてしまう。それなら、自宅といういつまでもいられる勝手知ったる空間で、ゆっくりしのぶ、という選択肢があってもいいのではないか。ゆっくりしのぶなら、ホストとしての細かな作業や気遣いも、できるかぎり省いたほうがいい。だから、しばらくは弔問も我慢してもらおう。遺族は仕事や日常の仕事をしながら、無理のない範囲で自宅に滞在すればいい。ご遺体が傷まないよう、ドライアイスだけは毎日当てに行こう――。

構想を温めること2年。“遺族が故人との時間を持てるための自宅葬”というアイデアが具体的に固まり、「埼玉だけではなく、全国に広げていける道筋が必要」と思い至った。そのとき頭に浮かんだのが、涙活イベントのコラボレーションを通して知り合ったカヤックだった。

「全国規模の展開力があって、既存の葬儀業界に染まっていないところ。それでいてアイデアを受け入れてもらえそうなところ。カヤックはすべて当てはまっていました」

2015年の年末のこと。涙活活動家としてカヤックのCEO・柳澤大輔氏とフェイスブックでつながっていたが、本職はまだ伝えていない。それでも構わず「お話したいことがあります」とダイレクトメッセージを送ったところ、「1時間なら話を聞くよ」と返事があった。

約束の日は翌年1月の某日。1カ月かけて頭の中にあった構想を落とし込んだ企画書をノートPCに入れ、横浜オフィスの1階にある飲食店で柳澤氏に会った。ここで馬場氏は初めて、自らの本職が葬儀社であること、新たな解釈の自宅葬を構想していることを打ち明けた。

馬場氏のプレゼンテーションを聞いた柳澤氏の返事は「面白い」。その場で鎌倉自宅葬儀社という社名が決まり、プロジェクトが動き始めた。

■家族葬規模で55万円〜の割安さを実現

準備期間を経て、鎌倉自宅葬儀社が発足したのは2016年8月。馬場氏と事務方スタッフの計5名で動き出した。対応エリアは鎌倉に拠点を置きつつ、神奈川と東京、千葉、埼玉の1都3県。この1年での実績は数十件あり、本人や家族からの生前予約は約60件。顧客の大半は、亡くなる前から生前予約を済ませているという。

ここで鎌倉自宅葬儀社のスタイルを見てみよう。

住まいは一戸建てに限らず、マンションやアパートでも可。ただし、管理組合や近隣の許可がなければ難しい。また、一戸建てであっても寝台車(霊柩車)が入れない狭い路地にある場合は厳しいため、ホールでの葬儀を提案するようにしている。

基本コースは無宗教スタイルと導師を招く宗教的儀礼付きの2種類あり、それぞれに「シンプルプラン」(3日目安)と「スタンダードプラン」(7日目安)がある。そのほか、フルオーダーでの葬儀も受け付けている。

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・無宗教シンプルプラン(3日間目安)
人数規模 〜10名
儀式 火葬
税別金額 25万円
 
 
・無宗教スタンダードプラン(7日間目安)
人数規模 〜30名
儀式 火葬、お別れ会
税別金額 55万円
 
 
・宗教儀礼つきシンプルプラン(3日間目安)
人数規模 〜10名
儀式 火葬、宗教儀礼(読経など)
税別金額 35万円
 
 
・宗教儀礼つきスタンダードプラン(7日間目安)
人数規模 〜30名
儀式 火葬、宗教儀礼(読経など)、式の進行
税別金額 85万円
 

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シンプルプランは、「直葬(ちょくそう)」と呼ばれる、葬式をせずに火葬のみを行うスタイルに近い。自宅を経ない一般的な直葬でも20万円程度かかるのが相場なので、リーズナブルな価格設定といえる。スタンダードプランは、一般に「家族葬」と呼ばれる小規模葬儀のスタイルに近い。家族葬は低価格なサービスで50万円前後+お布施という具合なので、こちらも時間を加味すると同程度の割安さを感じる。

出張料理サービスや花装飾など(いずれも5万円〜)のオプションサービスを追加すれば料金が上がっていくが、弔問客へのもてなしは不要なので、これらを一切追加しない手もある。実際に、「故人がカレー好きだったから」と作り置きのカレーを皆で食べて過ごした喪家もいたという。

■ゆっくり向き合うことで最適な送り方が現れる

鎌倉自宅葬儀社で自宅葬を行った喪家からは、料金の安さ以上に、そうした肩肘張らない自由さが評価されているという。「葬儀の際の普段着で過ごす喪家もいらっしゃいます。もちろん儀式性を重んじる喪家が多いですが、何より大切なのは故人をしのぶこと。それを分かったうえで自由に選択されているのだと思います」

従来とは勝手の違う葬送スタイルなので、最初は戸惑う喪家も少なくない。しかし、時間をかけて向き合っているうちに、多くの場合は理解してくれるという。

どのプランでも、1日目は何もしないように勧めている。ひとまず落ち着いて故人と向き合い、翌日からゆっくりとやるべきことを決めていく。事前相談や生前予約のときも含め、スタッフは何のために何か必要かの説明をするだけで、具体的な提案はしないようにしている。そうすることで喪家のひとりひとりの思いが表に現れるようになるのだという。

ピアノが好きだった故人をしのぶべくピアノの横に棺を安置し、最後の晩には娘さんが伴奏して皆で歌を歌ってお別れの会としたり、家のテラスで菜園を眺めながらお茶の飲むのが好きだった故人をしのび、菜園のぼたんの花を棺に入れて送ったり、亡くなった10日後に故人の誕生日があるからと、あえて葬儀の期間を延長して誕生日にお別れするようにしたり……。ゆっくりと向き合った時間は、いろいろな追悼の形を生んでいった。

喪家の人々は、おのおのが滞在できる範囲で滞在し、故人と向き合って何かを考える。スタッフはそこで裏方に徹して、遺体の状態維持などをサポートする。これが鎌倉自宅葬儀社が提供する自宅葬のスタイルだ。

■課題は今後の拡大の道筋

日本の葬儀の歴史を100年ほどさかのぼると、喪家はかつて何もしないのが仕事だった。喪家は弔問客や導師の対応以外、ただひたすら喪に服すことに集中し、会場の設営や料理の準備、会計などの面倒ごとは近隣の人たちが手分けしてこなしていた。村八分であってもそれは例外ではなかった。

それが高度経済成長期に入って都市化と地域社会の分断が進み、近隣が手分けして葬儀を助けてくれる仕組みは消失する。そうして、残された喪家が日取りを決めて人を呼び、料理や返礼品を注文して、あいさつを考え、もろもろ取り仕切るようになったのが現在の葬儀のスタイルだ。

鎌倉自宅葬儀社が目指すところはかつての葬儀の景色に通じるところがある。その価値は多くの人に受け入れられると思う。しかし、そのためには一定以上の規模が必要だろう。現在、同社で自宅葬を手がける現場スタッフ(自宅葬コンシェルジュ)は馬場氏一人だけ。馬場氏が転べば、すべてのプロジェクトが停止する。いわば非常にリスキーな状況だ。

「クオリティーの維持が最優先ですので人員を一気に増やすということはありませんが、自宅葬コンシェルジュの育成は進めています。また、カルチャーが合うことが必須条件ですが、他の地域の葬儀社さんとフランチャイズ契約を結んで展開することも考えています」

日本人の死亡者数は2040年頃に年間170万人弱でピークを迎えるといわれている。その頃、同社が掲げる自宅葬がごく当たり前の選択肢になっているだろうか。鎌倉自宅葬儀社の、今後の成長を見守っていきたい。

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■次のページでは「鎌倉自宅葬儀社」の企画書を掲載します。

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■鎌倉自宅葬儀社の企画書

ここで紹介するのは、2016年1月に馬場氏がカヤックCEO・柳澤氏に提示したプレゼンテーション資料をベースにした企画書だ。その後に決まった「鎌倉自宅葬儀社」の社名やロゴを加えただけで、ほぼそのままの形のものが残っている。

モノトーンを基調にしたカラーリングで、グラフや数値、写真などはあまり盛り込んでいない。食事中の1時間という限られた条件下で、頭のなかにある構想がストレートに伝わることを最優先したシンプルなつくりが特徴だ。それゆえにキーワードが目立つ。後に同社のコンセプトとして掲げる「最後の思い出も、家でつくる。」という意図。それがシンプルに伝わればいいと賭けた。

馬場氏がカヤックに着目した理由のひとつに鎌倉を本拠地としているところもあったそうだ。「鎌倉周辺は持ち家率が8割に達していて、他の地域より抜きんでて高いです。そして、土地の愛着も強い。私の考える自宅葬を展開するには最適な場所だと思いました」と話す。企画書でも持ち家率に触れているが、口頭ではあえて触れなかったという。しかしその狙いが伝わったことは、プレゼンテーション直後に柳澤氏が「“鎌倉”自宅葬儀社」の社名を提示してきたことからもうかがえる。

■鎌倉自宅葬儀社 https://kamakura-jitakusou.com/

(フリーライター 古田 雄介)