30km以上にもおよぶ日本最長の「私道」が山口県にあります。なぜそのようなものをつくったのでしょうか。所有する宇部興産に話を聞きました。

石灰石鉱山と臨海部を結ぶ「私道」

「私道」というと、住宅と住宅のあいだにあるような、ごく短い生活道路を想像するかもしれませんが、日本には長さが30km以上にも及ぶ私道が山口県に存在します。


「日本一長い私道」を走る米ケンワース社製のダブルストレーラー。全長約30m、積載状態の総重量は117t、タイヤの数は34本(画像:宇部興産)。

 おそらく、日本最長の私道でしょう。所有する宇部興産に話を聞きました。

――私道が30キロもあると聞きました。やっぱり日本一でしょうか?

 当社の専用道路で、長さ約1kmの「興産大橋」を含み総延長は31.94kmになります。いち企業が所有し専用で使用している道路としては、長きにわたりどこからも指摘されていないことから、日本でいちばん長いと考えます。

――どうしてそのような道路をつくったのですか?

 当社は120年前に山口県宇部市の炭鉱組合からスタートし、現在は化学製品、セメント、機械などを製造しているメーカーです。専用道路はこのうちセメント事業の設備で、美祢市の石灰石鉱山に隣接する伊佐セメント工場で加工したセメントの中間製品「クリンカー」などを、臨海部の宇部セメント工場に運ぶための道路です。1968(昭和43)年から14年の歳月をかけて開通させました。

走る車両は超大型 通行にはライセンス必要

――私道ということは、制限速度など一般道のような交通規制はないのでしょうか?

 この道路は、いわば工場内の生産ラインのようなものです。万が一事故が起これば何千トンというセメントの生産が止まってしまいますので、事故の未然防止には神経を使っています。まず、走行するには社内で講習を受けてライセンスを取得しなければなりません。70km/hの制限速度をはじめとするルールは細部まで厳格に定められ、パトロール業務の担当者が常時、取り締まりを行っています。スピード違反には通行証没収といったペナルティーが設けられています。


宇部興産専用道路は、鉱山やセメント工場がある山口県美祢市と、港を擁する宇部市を結ぶ(国土地理院の地図を加工)。

――厳しいですね。それにしても走っているトラックなどは相当大型だと思うのですが、車体長や積載量などはやはり規格外ですか?

 クリンカーを運ぶ、1編成で80tを積み込める2両編成の大型トレーラーである「ダブルストレーラー」のほか、いわゆる10tダンプ、バルク車、ダンプトレーラー(20t、27t)、タンクローリーなどが走っています。このうちダブルストレーラーは急停止などができないことから、専用道路では最優先とされています。

――80t積み!? もちろん公道は走れませんよね?

 ダブルストレーラーは道路交通法、道路法によって定められている大きさを超えるので、一般の公道を走行することはできません。

「遠近感が狂うほど広大」ケタ違いの風景も

――大量輸送は鉄道の得意分野だと思いますが、なぜこのような形に?

 もともと石灰石やクリンカーは鉄道で輸送していましたが、昭和30年代にセメントの需要が急増し、輸送能力が不足する懸念が生じました。抜本対策として、新しい鉄道の敷設、ベルトコンベアーの設置、道路の建設の3案を検討し、多目的に使用できることから道路の建設を決定しました。鉄道よりもコストが安いこと、輸送品種の変更にも柔軟に対応できることなどがメリットです。


中央が宇部興産専用道路。一般的な私道のイメージとはスケールがちがう(画像:宇部興産)。

――たとえば万が一事故があったとして、警察車両や救急車は通行できるのでしょうか?

 宇部、伊佐にある出入り口のほか、途中の数か所にゲートを設置しており、緊急時には緊急車両なども進入できます。また、緊急車両を要請した際は当社の社員が誘導します。

――一般車両は走れるのですか?

 出入り口のゲートで進入者を常時監視しており、ライセンス不所持の車両は進入できません。一方で、一般の方から見学のご希望をいただくことも多く、地元の宇部・美祢・山陽小野田産業観光推進協議会が監修する産業観光ツアーのコースに組み入れていただいています。ツアーではバスで専用道路を走行し、工場も見学します。

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 ちなみに、宇部興産の担当者によると専用道路は、「宇部では化学、セメント、機械のプラント群や巨大な貯炭場のあいだを通り、伊佐では遠近感が狂うほど広大な石灰石鉱山などが見られます」といいます。日本一長い私道は、沿道の風景もケタ違いのスケールであるようです。