「いいね!」の数にこだわりすぎると、クチコミは広がらない。(写真=PIXTA)

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ソーシャルメディアの普及により、マーケティングにおいてクチコミは無視できない存在になっています。しかし、クチコミをマーケティングに活かすのは難しいと感じる人も多いのではないでしょうか。その理由は、クチコミが広告と違ってアンコントローラブル(制御不能)だからです。

広告はどれだけ打てば、どれだけ露出できるかをある程度コントロールできます。一方、クチコミは、どれだけ広がるかも、いいコメントを書いてもらえるかも、消費者次第です。クチコミをマーケティングに活かすには、いかにコントローラビリティを高めるかが重要になってきます。

そこで注意したいのが、「いいね!」やコメントの数を増やすことに振り回されないことです。デジタルマーケティングの世界では、効果測定がしやすいため、その数字を上げることが目的化してしまいがちです。そうなると、数字をよくしたいばかりに、禁じ手である「やらせ」や「ステマ」などにも手を出してしまいかねません。このような状況を私は「デジタルマーケティング近視眼」と呼んでいます。

■雪だるま作りとクチコミは似ている

セオドア・レビットの有名な論文「マーケティング近視眼」では、事業の定義を顧客中心ではなく、製品・サービス中心に考えてしまうことによって、マーケティング活動の範囲を狭めてしまうことの弊害が述べられています。デジタルマーケティングの場合は、目先のデータに振り回されるのではなく、消費者の視点から、製品・サービスそのもの、さらには発信する情報がどうあるべきかを考えることが大切です。

そのうえで、クチコミを広めるには2つの要素が必要です。雪だるま作りになぞらえると「雪質」(=クチコミ情報)と「雪玉」(=知覚認知率)です。

雪だるまを作るときは、初めに小さな雪玉を作り、それを転がして雪を付着させることで、雪玉を大きくしていきます。大きな雪だるまを効率よく作るには、「雪質」と「最初の雪玉の大きさ」が重要になります。さらさらとして湿度の低い雪は固まりにくいため、雪だるま作りには向きません。また、雪玉が小さすぎると、雪だるまを作るのに時間がかかってしまいます。

クチコミが広がるプロセスは、雪だるま作りのプロセスに似ています。雪質が適切で、適度な大きさの雪玉があれば、その情報が消費者の間を駆け巡ることで、新たな消費者の関心をひきつけ、大きなうねりとなっていきます。

では、どのようなクチコミ情報であれば、消費者はクチコミを発信し、消費者間に広がっていくのでしょうか。まず、雪質について考えてみましょう。

クチコミが成立するには、クチコミの発信者と受信者が必要です。発信者にとっては、尊敬や共感などの社会的なベネフィットが発信のインセンティブとなります。発信者がそうしたベネフィットを得るには、受信者がそのクチコミ情報によって機能的・情緒的ベネフィットを得る必要があります。つまり、クチコミが広がるには、発信者・受信者双方がベネフィットを得る状況をつくり出さなくてはなりません。

いくらマーケターが金銭的なインセンティブを提供しようと、消費者は自分が所属する社会集団で受け入れられないような発信はしません。消費者が発信したいのは、周囲の人から感謝され、尊敬される、あるいは楽しい人だと思われる情報です。従って、製品・サービスの好意的なクチコミを広めてもらうには、圧倒的な高便益、新規性、希少性、意外性、心を揺さぶる感動、聞いた人が唸るようなストーリー性などの性質を持った情報をクチコミ発信者に提供することが重要です。

クチコミでの話題づくりに成功した例に、ユニリーバのブランド「ダヴ」が10年以上継続している「リアルビューティーキャンペーン」があります。

従来、化粧品やトイレタリーのブランドは広告などにプロのモデルやタレントを起用して美しさを表現してきました。それに対して同キャンペーンでは、一般の女性を起用し、美しさの既成概念にとらわれず、自分にとって本当の美しさとは何かを消費者に問いかけます。

例えば、初期のキャンペーンでは、さまざまな女性の写真を掲載し、「太っている? ふくよか?」「白髪? 華やか?」などの選択肢を提示して消費者にWebでの投票を呼びかけ、その結果を広告で発表しました。消費者に「美しさとは何か」を考えるきっかけを与えたこのキャンペーンは賛否両論を呼び、多くのクチコミが生まれました。このように、消費者に感情の起伏を引き起こさせるような情報は、クチコミの拡散につながりやすくなります。

■拡散のポイントは「ランキング1位」

次に、雪玉の大きさ(初期の知覚認知率)について考えてみましょう。

知覚認知率とは、自分が所属する社会において、ある製品・サービスがどれくらい広まっているかに関する主観的な認知率であり、消費者が所属する社会における「メジャー感」を示すものです。ある製品・サービスがどれくらい社会において認知されているかは、通常「認知率」として企業や調査機関によって把握されます。しかし、消費者自身は認知率を正確に把握しているわけではありません。消費者は「世間でどれくらい知られているのか」を主観的に判断し、知覚された認知率によって行動していると考えられます。

知覚認知率(メジャー感)が低い製品・サービスは、クチコミをしても共感や尊敬を得られにくいものです。以前に実施した調査で、クチコミ受発信意向には知覚認知率の下限があり、下限の値を上回ると消費者のクチコミ受発信意向のスイッチが入り、知覚認知率が上昇するにつれ、クチコミ受発信意向は上がることがわかりました。つまり、メジャー感が高い情報ほど、消費者はクチコミをしたくなるということです。一方で上限もあります。あまりにも普及し、ニュース性の低くなった情報は、クチコミ発信されなくなることを意味しています。

クチコミを広めるために重要なのは、認知率ではなく、知覚された認知率である点がポイントです。認知率と知覚認知率は、温度と体感温度の関係に似ていて、必ずしも一致しません。

真の認知率は広告出稿量と高い相関が予想され、認知率を向上させることは予算が小さく大量出稿のできない弱小ブランドには高いハードルとなります。しかし、知覚認知率、つまりメジャー感はコミュニケーションによって向上させることができます。同調査では、「売り上げランキング1位」や「検索ランキング1位」といったランキング1位であることや、「売り上げ××円突破」などの情報が、メジャー感を向上させ、クチコミ受発信意向にプラスの効果があることがわかりました。

例えば、担当する製品・サービスが、売り上げランキングでは圏外、顧客満足度ランキングでは17位という結果だとします。この情報をクチコミのネタ元として発信しても、消費者はクチコミしたいとは思わないでしょう。このような場合は、「東京都で1位」「40代女性で1位」など、より小さなセグメントに分けて考えれば、1位となる項目が見つかるはずです。一方、知覚認知率の上限を上回るほど広く普及してしまったブランドの場合は、あまり知られていないブランドの歴史や秘話を提供することで、知覚認知率を適正レベルまで下げることができます。

もし、クチコミが広がらないのであれば、このように、クチコミを受発信する消費者の気持ちになって考えてみることが大切です。それこそが、「デジタルマーケティング近視眼」を避けるカギといえるでしょう。

(慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授 山本 晶 構成=増田忠英 写真=PIXTA)