「並んでも食べたい」「死ぬまでに一度は食べたい」などと言われる栗菓子がある。

栗のまちとして全国的に知られる信州・小布施の「小布施堂」が期間限定で提供する栗の点心「朱雀」である。



朱雀を求めて大行列


「早朝から大行列ができる」「地元の人もあまり食べたことがない」「従業員すらなかなか口にできない」などと言われる理由は、とれたての新栗を使い、1年で約1カ月間、1日400個しか作られないものだから。

というのも、この朱雀、新栗が畑から届く1カ月間、「栗餡」の仕込みが繰り返されるなかで、砂糖を加える直前の裏ごししたほかほかの栗を食べた職人が、その味に感激して生まれたものという。



自分は小布施の隣の須坂市出身なのだが、これまで噂に聞いていただけで、食べたことがない。身の回りにも食べた人がいない。
そこで、今年は9月15日から10月中旬に登場すると聞き、実際に食べに行ってみた。

9月下旬の平日の小雨降る朝。整理券が販売されるのは朝8時半からで、「平日で雨だからチャンスかも」と思い、朝8時過ぎに行ってみると、まさかの大行列である。



二種の朱雀をハシゴして食べる人も


この日、いちばんに並んだグループは、なんと深夜2時半からだそう。「雨だから狙い目だと思ったのに、いつも通りだね」などと落胆する声があちこちから聞こえてくる。駐車場はすでに満車で、多摩ナンバーや八王子ナンバー、川崎ナンバーなど、首都圏のモノが目立つ。周りに聞いてみると、やはり東京や埼玉からなど、県外者が圧倒的に多く、なかには京都からと言う人もいた。

行列しながら気になったのは、電話で誰かと話している人が多いこと。小布施堂では、本宅の蔵を改装したカフェ「えんとつ」において、朱雀を洋風にアレンジした朱雀「モンブラン朱雀」をほぼ通年提供しているのだが、時間帯が限られているため、食べるためにはやはり難度が高く、整理券が別の場所で配布されている。



そのため、何人かのグループで来た人たちが二手に分かれ、「点心」と「モンブラン」と、二種の朱雀をハシゴで食べるらしいのだ。ちなみに、行列は圧倒的に期間限定の点心の「朱雀」のほうが長蛇になっていて、リピーターの人たちは何人か「モンブランのほうが美味しいのにねえ」などと言っていた。

行列すること1時間強。9時すぎに整理券が購入できた。「朱雀 お茶つき(税込み1000円)」で、自分の食べられる時間帯は13時から!(食べる場所も、本宅と本店と、自動的に割り当てられる) 周囲を散々ブラブラした後、いよいよ朱雀との対面だ。





「本宅」は、田舎の親戚の法事のような雰囲気で、テーブルに相席で座ると、まもなく目の前に「朱雀」が運ばれてくる。
でかっ! 15センチはあると思われるボリュームに、まず驚かされる。堆く積みあげられた山盛りの蕎麦のようにも見えるし、素麺状の細いモノがワサーッと大量に覆いかぶさる様は、「ポンキッキ」のムックのようでもある。



しかし、食べてみると、細い細い素麺状の栗のなめらかなこと、繊細なこと。砂糖を加えていないから、あまり甘くなく、栗そのもののほっくりした味である。
「こんなに細く、どうやって作るんだろうねえ」「これはすぐ食べないと乾いちゃうし、崩れちゃうし、持ち帰りできるわけないよね」などと、相席の人たちと口々に感心し合う。
そして、果てしなく続きそうに見えた素麺状の栗の下に、濃厚な栗餡が確認される。この「見つけた」感が、ちょっと嬉しい。お茶も美味しい。

整理券購入のために並んだ8時すぎから約5時間後にようやく出会えた「朱雀」は、とにかく迫力の見た目と、繊細な味わいとで、他のどこにもない栗菓子でした。
(田幸和歌子)