東京に多様性と複雑性を:伊藤穰一のバイオシティ構想

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バイオロジーは都市をどう変えていくのか。他の都市の文化や街づくりからぼくらは何を学ぶべきなのか。モビリティや建築デザインの未来は今後どうなっていくのか。世界最先端の研究所を率いる“Joi”が、これからのTOKYOを語る。(12月1日発売、雑誌『WIRED』VOL.20 「都市」特集より転載)

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JOI ITO︱伊藤穰一
MITメディアラボ所長。デジタルガレージ共同創業者/取締役。ソニー社外取締役。PureTech Health取締役会議長。The New York Times、Knight財団、MacArthur財団、Mozilla Foundationのボードメンバー。文部科学省「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」ガヴァニング委員会委員。慶応義塾大学SFC研究所主席所員。

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東京はこれからオリンピックに向けて、急ピッチでさまざまなことを決めていかなければなりません。例えば、公道を走るクルマをすべて自律走行車に変えてしまうなど、都民のライフスタイルにとって多大な影響を与える判断を下す必要に迫られることもあるでしょう。1つひとつの選択は東京にとって、またとない発展の機会となると同時に、大きなリスクにもなります。

わたしの好きな言葉に、映画監督フランシス・フォード・コッポラの「台本を見ても映画はわからない」というものがあります。俳優たちは皆それぞれ自分のなかに映画のイメージをもっています。そのイメージを出演者全員の間で共有できていればいい映画ができるのですが、台本で説明するだけでは同じイメージかどうかわからないのです。同様に東京は、多様性をもたせながら皆が同じ都市の未来をイメージするためには、どうすればいいかを考えるべきでしょう。

MITメディアラボでは、「世界の変化のスピードがこれだけ速くなると、〈地図〉はもはや役に立たない。必要なのは〈コンパス〉だ」というメッセージを、指針のひとつとして掲げていますが、いまの東京に必要なのは、まさにそうした方向性を示すコンパスです。

バイオロジーは21世紀のインターネット

いま東京の都市戦略において共有されるべきだと思うキーワードのひとつに、「複雑性」があります。複雑な世界は自分ひとりではコントロールできないものです。例えば、森のなかにいるときは、その空間を人間がすべてコントロールできていると思う人はほとんどいないはずですが、都市にいるときは、室内の空調ひとつとってみても、自分の周りの空間を自由自在にコントロールできているような感覚になるものです。

しかし、最近のバイオロジーの研究によって、実は目に見えない微生物が人間の生活空間に対して、さまざまな影響を及ぼしていることがわかってきています。これからは、人間は都市を完全にコントロールできてはいないということを理解したうえで、都市戦略を考えるべきなのです。

バイオロジーは、医療だけでなく、これからの都市を考えるうえでも欠かせない研究分野になりつつあります。都市の未来を正確に予言して地図に描くことはできませんが、2020年の東京を考えるだけでも、バイオロジーによって大きく変わっていることでしょう。

いまその進化のスピードは、1990年代のインターネットよりも高速です。インターネットをほとんど誰も気にかけていなかった80年代から、インターネットなしでは生活が成り立たなくなる社会になるまで約30年ほどかかりましたが、バイオロジーはこれよりはるかに短い期間で、ビジネスやライフスタイルに大きな影響をもたらすことになるでしょう。

「30年前に伊藤さんが言っていたこと、当時は自分には関係ないと思っていたけど、いまとなったら…」と言う人に最近よく出会います。概ねそういう人たちは自分が勤める企業のIT関連の部署に入り、30年後のいま、会社を率いる存在になっているようです。そのような大きなインパクトをもたらす前の80年代のインターネットのような状況に、わたしたちはいま直面しようとしています。つまり、バイオロジーはまさに未来を指し示すひとつのコンパスなのです。


後述するCity Scienceイニシアチヴの共同ディレクター、ケント・ラーソンは、2012年のTEDxBostonに登壇し、都市の未来について語った。

文化と多様性

都市における「多様性」についても、最新のバイオロジーの研究から学べることがあります。まだ医学的には実証されていないものだとは聞いていますが、最近耳の炎症を治すための新しい治療法が話題になっています。いままでは炎症を起こしている耳を綺麗に消毒していたのですが、その代わりに、炎症を起こしていない方の耳に入れた綿棒を反対の耳に挿して微生物を移すという治療法がより効果的だというのです。

この考え方を都市に応用したとすれば、例えば外国から移民がもっと集まりやすいようにして、東京に住む人の多様性が増していけば、自然と街も活性化していくものなのかもしれません。

いまの東京は高度経済成長期に活躍した、きちっとしているお利口さんの文化がいまだに中心となっていますが、これから必要なのはもっとアーティスティックで感性的でスロッピーで、都市でいうならばパリのような文化です。外国から文化を楽しもうと訪れる街として人気が出て、とにかく行きたい人が絶えなければ、都市は死なないものです。パリよりもミシュランの星を多く獲得している東京は、パリのようにツーリズムをベースとしたエコノミーをつくるポテンシャルは十分にあるのではないかと思います。

しかし、食文化だけでは十分な魅力にはなりません。東京には、企業や行政が主催するようなアートフェスティヴァルだけでなく、もっと市民が創発的につくっていく場が増えるといいでしょう。生活コストがあまりかからない街に、一時的に職を離れた人たちが集まってきて、アートイヴェントを催したり、ヴェンチャーを立ち上げたりしていくなかから、国や大企業にはできないような新しくて面白いものが生まれるのは世界各都市で共通して見られる現象です。

ただそのためには、アーティストが集まって自由に遊ぶことができる安い倉庫街のようなスペースが必要になるのですが、いまの東京にはそういった場所がほとんどありません。これはおそらく政治が解決すべき問題だと思います。経営不振の大企業が数多く生き残っているのは、国が税金で支えているからです。そのおかげで大企業は潰れずにすんでいますが、それによって街に空きスペースができず、新しいヴェンチャーも生まれにくい状態になっているのです。

また、日本では政府が「正しい文化はこうです」と決めつけて、国の判断によって教育や文化事業に対してお金をつける仕組みになっているのも、多様性が失われる原因のひとつだと思います。アメリカでは、財団や個人寄付などによるお金と文化の循環が成立しているため、多様な文化が生まれやすい環境なのですが、日本の大企業や官僚は、やはりまだ文化よりも経済成長を中心に考えてしまっているようです。

ウォーカブル・シティ

パリには、文化だけでなく都市設計においても学べるところがあります。MITメディアラボのCity Scienceイニシアチヴでは、「2kmほどのセルが束ねられた都市」を理想として考えていますが、実はパリはすでにそうなっていて、薬局やカフェが、見事にバランスよく歩ける距離にあります。

これからはそうした「ウォーカブル・シティ(歩ける都市)」であることが重要で、クルマで移動することを前提に、住宅、オフィス、ショッピングといったゾーンに分けるのではなく、徒歩圏内にすべてが完結している「ミックスユース」な街にしていくべきです。東京はもともとそんなにゾーニングをしてきたわけではないですし、六本木ヒルズなどではすでにミックスユースのモデルを実現させているので、今後そのような都市設計を東京でつくり上げていくのは、そう難しくはないことだと思います。

都市がウォーカブルになってくると、個人が所有するクルマはこれからますます減っていくでしょう。最近Uberが実験しているのは、誰かがすでに乗っているクルマにさらに別のユーザーを乗せて、ルートが同じところまで一緒のクルマで移動するという、これまでのタクシーでは想像もできなかったようなフレキシブルな走行モデルです。

例えばそこから未来のバスのあり方を構想してみると、バス停も不要になります。乗客全員が自分のカレンダーに今日はどこで何をしたいか、誰に会いたいかといった1日のスケジュールを入れておくだけで、自動的にバスが1人ひとりのニーズに合わせて効率のいい最適な経路を計算して、フレキシブルに動いてくれるようになる、といった可能性が見えてくるからです。

Uberはカーネギーメロン大学の科学者や研究者を大量に採用して、自動運転の開発をしているようなので、いま述べたようなユーザーのスケジュールをもとに走行ルートが最適化される自律走行サーヴィスのモデルも、近いうちに実現するのではないかと期待しています。

MITメディアラボでは、モビリティと同様に、建築デザインもこれからますますフレキシブルなものになっていくだろうと考えています。例えば、MITメディアラボでデジタル世界と物理世界の関係性を探る、「Center for Bits and Atoms」のチームが行っている「アセンブリー」の研究が目指している世界では、ロボットを部屋に放つと、自動的に机や椅子をレゴのように組み立てて、また解体までしてくれます。そうすると、建築もモビリティのようによりフレキシブルなモデルが実現できるようになります。

やがてはビル自体がロボット化していき、その時々で利用する人のニーズに合わせて自由に部屋の形を変えることもできるようになるでしょう。いまモビリティの分野で実用化され始めているようなことが、やがて建築の世界とも混ざっていく可能性を彼らは探っているのです。まだSFの世界のように聞こえるかもしれませんが、時代は確実にそんな方向に向かっているのです。

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