サッカー女子W杯カナダ大会準々決勝、日本対オーストラリア(1−0)の直後、岩渕真奈はおどけながらゴールシーンを振り返った。

「みんなが90分頑張ってくれたなかで、おいしいとこだけいただきましたけど......」

 まるでペロっと舌でも出しそうな表情で喜びを表現し、そして続けた。

「チームとして勝ててよかったなと一番に思います」

 自分のゴールをあえて茶化し、チームメイトを称えながら勝利を噛み締める。

 この4年間で、岩渕は大人になったんだなという印象を強く受けた。

 4年前のW杯ドイツ大会の時、岩渕は18歳。負傷も不調もあり、2試合に途中出場したのみ。もちろん得点はなかった。その姿は勝ち上がるチームの中で、ひときわ沈んで見えた。

 宿舎内でどのように過ごしていたかはわからないが、たとえばミックスゾーンを通る時、報道陣と極力目を合わせないようにし、足早に過ぎ去っていった。勝ち上がるごとに増すプレッシャーと、力を出し切れていない自分へのいら立ちを全身にまとっていた。とても話しかけられるものではなかった。

 だが、今は違う。

「4年前のうまくいかない感じから、この2、3年ドイツでやってきて本当に良かったなと思えている自分がいて、まあ、気持ちの余裕が出て来ているかなという感じです」

"うまくいかない感じ"を経て、彼女は成長を求めた。ロンドン五輪を経験した後の2012年末には当時ブンデスリーガ2部だったホッフェンハイムに移籍。昇格を目指しているチームで、主力として扱うという前提があったとはいえ、2部クラブへの移籍だった。女子の場合、2部は全国リーグでさえなく、南北ふたつのリーグに分かれており、チーム間の実力差も大きい。それでも飛び込んだのは「試合に出てこそ」という本人の強い意思があってのことだった。

 無事にホッフェンハイムを昇格に導き、翌シーズン、1部残留を決めると、2014−2015シーズンにはバイエルンへ移籍した。男子サッカーでバイエルンといえば、欧州でも1、2を争う実績と規模を誇るが、このクラブが女子サッカーに力を入れだしたのは最近のこと。ドイツでは、フランクフルト、ポツダム、ヴォルフスブルクが強豪で、その牙城を崩そうという存在がバイエルンだったが、岩渕はあえてそこを選択した。

「候補が何チームかあったなかで、それぞれの監督と話して、バイエルンの監督が一番『この人とやりたいな』と思えた」(岩渕)

 結果、最終節までもつれた激戦の末、安藤梢が所属するフランクフルトと、大儀見優季が所属するポツダムを制して、リーグ優勝を果たした。岩渕は負傷期間を除いてレギュラー争いを勝ち抜き、3トップの一角で試合に出続けた。

「優勝は他力でしたけど、それまで積み上げてきたものがあったからこそ優勝の可能性があったし、最後、本当に勝たなきゃいけないというなかで、ケガ明けでしたけど、試合に使ってもらえたのは大きかった」

 今大会中、岩渕が強調するのはドイツに行ったからこその成長だ。

「ドイツでの経験が自信になっているというか、気持ち的にもっとできるという余裕が生まれた2、3年だった。それで、こういう大きな大会で結果を残すことができて、さらに次につながるかなと思います」

 精神面の成長を強調するのにはわけがある。

「精神的なことが一番プレーに関わってくるというか、プレーのための精神面というか。サッカーで一番大事なのは、たぶん技術とかより気持ちの部分だなって気づきましたし、大事だなと思います。日頃から強い相手とやれているので、技術的にも、間合いとか、シュートとか、そういうのはいい方向に出ている。技術があるからこそ気持ちの余裕もあるし、気持ち(の余裕)があるから技術の余裕もあるし、良い循環ですね」

 状態が良ければ、当然気持ちが違う。

「4年前は緊張していましたけど、今は、ほんと楽しみで仕方ないというか、早くピッチに立ちたいなと思っている自分がいる」

 たしかに、ピリついた4年前の岩渕はもういない。

 準決勝の相手はイングランド。4年前のW杯ドイツ大会で敗れた相手というだけでなく、なでしこにとって未勝利の相手だ。「だから余計にイングランドには負けたくないのでは?」という質問を、岩渕は一蹴する。

「別にイングランドだからどうこうでなく、どんな相手にも負けたくない。そう思っている選手のほうが多い。ここまで5戦5勝していますけど、負けないで終われるようにできたら一番いいので、頑張ります」

「一戦一戦を大事に戦うだけ」と慎重に口にする選手が多いなかで、岩渕は頂を見つめた。つらかった4年前とは違う、楽しい日々を最高の形で終わらせたい。チーム最年少の22歳は、そう願っている。

了戒美子●取材・文 text by Ryokai Yoshiko