面接官「ウチに本当に入社する気ありますか?」 学生「オヤカクさせてください」

■母がエントリーシートを書く

近年の就活では親が積極的に関与するようになっている。それこそ中学・高校・大学受験の時と同じように企業説明会に親も出席することは珍しくない光景なのだという。

食品業の人事課長は3年前、関西の有名大学に呼ばれて企業説明会に出かけたとき、学生とは別に親が多数出席していたので驚いたという。

「最初は何で親が、と思ったが、子ども以上に熱心にメモを取りながら耳を傾けている。今では逆に会社のことをよく知ってもらう上でもよいことだと思うし、安心して働ける会社だということをアピールすることにもなると思っている」

さすがに企業主催の説明会に親を呼ぶことはないが、「説明会の参加募集の登録サイトに子どもに代わって親が申し込むこともあるようだ。母親に『申し込んでおいたから行ってきなさい』と言われて参加したという学生もいる」(人事課長)という。

▼就職してもらうには「オヤカク」必須

母子一体となった積極的就活が広がることで新たな問題も発生している。ひとつは学生の判断だけで就職先を決められないことだ。ファイナンス会社の人事課長はこう語る。

「親離れしていない学生が多く、内定を出すけど、うちに入る気はあるの、聞くと『親に相談しないとわかりません』という学生もいる。そこまで言うかと思うが、内々定を出す以上、こちらとしても辞退してもらっては困る。しかたがないので内々定を出した学生たちに親も呼んでもいいということで食事会を開くことにした。親の承認を得れば、辞退する人も少なくなるのは間違いない」

■高級な羊羹にメロン、手紙添え

就職してもらうには学生自身の納得も重要だが、「オヤカク」(親の確認を取ること)も大事な要素になっている。

親に気に入ってもらうようにするには相応の気遣いもしなければならない。中堅IT企業の人事課長は語る。

「親に嫌われたら学生も辞退しかねない。会社も割り切るしかなく、せっかく内定を出しても親が反対しないように、お中元、お歳暮の時期に内定者の親に手書きの手紙を添えてとらやの羊羹を贈っている」

贈り物として自社商品を送るのもひとつだが、安易すぎて誠意を感じてもらえないかもしれない。食品業の会社は内定を出した学生の親に手紙を添えて高級メロンを贈ったという。その効果があったのか、全員無事に入社した。

だが、入社後の配属先の評判がよろしくなく、期待はずれの社員が多かったので、翌年からはメロンを贈るのを廃止したという。

それでも「私たちの時代は大学の入学式や卒業式に親が出席するのが極めて珍しかったが、今は当たり前の時代になっている。親が就活にも口を出すのはおかしいと思っていても、現実を無視していては採用もできない」(同社人事課長)と指摘する。

▼面接で「うちのお母さん」連呼

正直、そこまで学生と親に気を遣う必要があるのか疑問だが、接待したり品物を贈ったりする企業は比較的中堅クラスの企業やベンチャー系企業に多い。学生の優秀層が集まる業界大手の石油業の人事担当者は親に依存している学生は極力採らないようにしていると語る。

「子供時代から大学時代までの経験についていろいろな角度から質問をして、その人の強みや弱みを探るようにしている。受け答えで目立つのは『うちのお母さん』という言葉だ。中には随所に『うちのお母さんにこう言われた』と話す人学生がいる。そのこと自体は悪いとは思わないが、あまりに母親に依存し、甘えん坊だなと思えば、落とすことにしている。親に依存し、自分で判断を下せない主体性のない学生は社会人として厳しい世界を生き抜いていけるのかという不安を持っている」

■教育投資の回収に必死な親

しかし、そうした主体性のあるチャレンジ精神に溢れた学生を探すのは容易ではない。じつは偏差値上位校の学生ほど親に依存する傾向が強いという声もある。

前出のIT企業の人事課長はこう話す。

「優秀な女子学生が『受けているもう1社は転勤がないから』と言って内定を辞退してきた。なぜ転勤できないのと聞くと「親と一緒に住んでいるから」と言う。限られたコミュニティから外に出たくないという若者が多い」

食品業の人事課長も指摘する。

「有名私大のキャリアセンターの担当者に親が子どもの就職に口を出すのかと聞いたことがある。担当者に『どれだけ子どもに投資してきたと思っているんですか。小さいときから塾に通わせて結構な費用をかけて大学まで行かせた。名のある企業に就職してほしいというのは当然ですよ』と言われた。優秀な学生ほど親に依存している感じがする」

▼「親が泣いたので内定辞退します」

中堅ゼネコンでもこんなことがあったという。

「東大大学院の院生にうちにくる気はあるの、と聞いたら『御社を気にいっています。ぜひ入りたい』と言う。最終の役員面接でも、役員が『あなたが行くべきなのは業界最大手なんじゃないの。どうしてうちなの』と嫌みを言っても『御社が好きです、絶対に入ります』というので内定を出した。その後、役員から彼がうちにくる確率を聞かれて五分五分じゃないですかと答えたが、役員は8割の確率でくると言う。ところが蓋を開けたら内定辞退。本人に理由を聞くと、母親にもっと良い会社に行きなさいと言われ、それでもうちに行きたいと強く言ったら、最後には泣かれてしまったと言っていた。まあ、現実はそんなものだ」(同社人事担当者)

■母子一体の就活「甘えの構造」

ここまで親との依存関係が強くなっている現実に驚かざるを得ない。

もちろん少子化で長男、長女しか生まれない中で溺愛している親が多いからだろう。だが、子どもは次第に独立心が目覚め、20歳を過ぎれば自然に親から自立していくものではないのか。

思い出すのは、1971年に出版され、ベストセラーとなった精神分析学者の土井健郎氏の『「甘え」の構造』(弘文堂)だ。

「甘え」という欧米にはない日本固有の言葉をヒントに人間関係や集団と個人の抜きがたい依存関係についても言及している。著者の土井氏は甘えの心理的原型は「母子関係における乳児の心理に由来する」と述べているが、これ自体は世界共通のものだ。そして普通は精神の発達とともに自分と母親が別の存在であることを知覚する。

▼高偏差値学生ほど親依存

しかし、日本だけに「甘え」という言葉が生まれた背景には「母子分離の事実を否定し」「母子一体感を育成することに働く」と分析している。

まさしく今の母子一体となった就活風景に、子どもが母親に依存し、母親も必要以上にそれに反応するという母子一体感をみてとることができる。

幼児期ならいざしらず、社会人としての自立が求められる時期に、土井氏が指摘する甘えの原型そのものが顔を出しているのである。

土井氏は「甘えは他を必要とすることであり、個人をして集団に依存させることはあっても、集団から真の意味で独立させることはあり得ない」とも言っている。

ということは子どもを親から切り離し、会社という集団組織に組み込めば、本人は会社に逆らうことなく、忠実に働く存在にもなる。はたしてそれはこれからの社会にとって良いことなのだろうか。

(溝上憲文=文)