チャンスがいつ来るか分からない中で、それがいつ来てもいいように備えておくことの難しさはなかなか想像しがたい。

 ボルフスブルクの長谷部誠は今季、マガト元監督の下で、おそらくシーズン前半は出場機会が訪れないだろうと思われていた。プロ選手として、代表選手として、極めて厳しい時間だったはずだ。プレシーズンも含めたおよそ3ヵ月間、彼はどのように自分を律し、前を向いて過ごしていたのだろうか。

 第9節フォルトナ・デュッセルドルフ戦。監督交代によりチャンスが訪れると、長谷部は先発フル出場、1アシストを記録し、しっかりと結果を出した(結果は4−1)。10月31日、中3日で行なわれたドイツ杯2回戦、FSVフランクフルト戦でも同じく90分出場し、先制点の起点となった(結果は2−0)。

「メンバーも1週間3試合だからといって落とすわけではなく、普通に勝つ、ということでやっている。このメンバーで成熟させてくというか、ゲームをやって良くしていくというのがあると思う」

 試合後の表情は案外淡々としたものだった。

「(監督が変わって、雰囲気は)変わったけど、やっているゲームとしては正直まだまだかな、と。ブンデスの上位とあたったときに勝てる感じはしない。この2試合は相手がよくないから勝てているだけ」

 つとめて冷静に話す様子は、2連勝したくらいで浮かれてはならないと思っているようにも見えた。

 マガトに代わって指揮を執るケストナーは、09〜10シーズン終盤も監督の立場に就いている。長谷部は、当時共に戦った経験がこの2戦連続での先発出場につながっているという。

「一緒にやってなかったら出してもらってないと思う。それなりの信頼関係は以前に築いている」

 単純に監督交代にともなって先発出場の機会がまわってきたわけではない。あくまで信頼関係のおかげだと強く強調した。

「試合に出てない時、アマチュアに1週間に何回か練習に行った時もしっかり見ていたと言ってくれた。『しっかり練習をやっているのを自分は見てる』と言ってくれた。そういうのは大事だと思う」

 先が見えない中、備えてきたことへの自負心のようなものと、それを見ていてくれたことへの感謝を口にした。

 かつてマガトがシャルケを去った際、内田篤人は「みんなこんなに笑うんだって思った」と話していたことがある。いかにマガトが圧力をかけてチームを指揮していたか、そして彼が去ると選手がいかに開放感を感じているかが伝わる、内田らしいユーモアのあるコメントだった。一方で、今回の監督交代に関しての長谷部のコメントもまた彼らしい。

「(ケストナーは)やっぱりうまいですね、選手に自信を持たせるのが。思い切ってやった失敗に対しては何も言わないし。今季(マガト時代)、僕は外から見てましたけど、選手はびくびくプレイしているというか、ボールをもらいたがらないというか、一回ミスしたらベンチを見るというか、そういう雰囲気だった。そういうのが全くなくなった。モチベーションというか、自信を持たせてくれて送り出してくれます。もちろん怒ることもあるけれど、自信を持たせてくれる言葉が多い」

 負け続けるチームには確かに自信は感じられなかった。だが、今は明らかに違う。長谷部の言葉にも明るさがみなぎる。

「勝ち点だけみればヨーロッパカップ(チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグ)の出場権をとれる順位とそれほど離れているわけじゃないので、狙わなくちゃいけないと思います。まあ首位バイエルンは離れすぎていますけど。もうあと1、2勝して(順位の話は)言いたいところですね」

 表情は崩さない。でも、今はしっかりと前を見る事ができている。いつくるか分からないチャンスに備えるのではなく、手応えを持って前に進むことができる。この日の長谷部はそんな喜びに満ちているように見えた。

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