移籍ビジネスの考え方は、就職活動に応用できる 小澤一郎氏にサッカー移籍ビジネスを聞く

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サッカージャーナリスト小澤一郎氏に「サッカー移籍ビジネス」を軸にインタビューさせていただいた、「小澤一郎氏にサッカー移籍ビジネスを聞く」。今回は、シリーズ最終話となる。移籍ビジネスと就職活動の「共通点」とは何か?


――ところでOECD等の統計によると、日本から海外へ留学する人が減っているようです。経済的な要因が大きいとはいえ、もったいない部分もあるのでは。

小澤 やはり違う価値観、文化を持つ国に行くことで「日本の考え方がすべてではない」と知ることは大きいですね。誰しも通る道だと思いますが、私も最初に行った頃はスペインと日本を比べて「日本はここが遅れているな」という優劣をつけていました。

しかし、最終的にそれは優劣ではなく差でもない、単なる違いだということがわかります。比較対象ができるという意味で、視野を広げるために海外に行く経験はすごく大きいと思います。特に若いうち、感受性の豊かなうちに海外へ行き、五感を研ぎ澄まされた中で生きることで経験できるものはあると思います。最近も、福岡大学の学生と一緒にスペインに行きましたが、彼らも私が感じないようなことを感じていましたね。

――それは、どういった部分でしょう?

小澤 例えば地下鉄のドアが、自分で開けようとしないと開かないとか、あるいはタクシーに乗ったときに自分で閉めないと運転手に怒られるとか(笑)。そういう、小さいところで「ああ、日本とは違うんだな」と感じることで、日本に帰ってきた時にいろいろなことを「当たり前ではない」と考えるようになる。そういう効果はあったのかな、と思いますね。

――小澤さんは現在34歳で、スペインのクラブと福岡大学に協力して何度もスペインに渡り、研修のコーディネーターをしています。その研修からは現U-23日本代表の永井謙佑を始め、多くの有力選手・Jリーガーが生まれました。こうしたジャーナリストに留まらない生き方というのは、意識的に目指さなかったものなのですか?

小澤 いえ、最初はジャーナリスト1本でした。それで手一杯でしたし、1本の軸を作らないといけないと。だけどそれを突き詰めていく途中で「あ、こういう道もあるな」と見えてきましたし、そういう偶然・タイミングもあったのかなと。

――突き抜けようと思っているところで、自然に視野も広くなったと。

小澤 真っ暗なトンネルなのだけど、必死にもがいて走っていたら、出口から出た瞬間に3本くらい道があったという感じかもしれません。

――現在は就職活動シーズン真っ盛りで、学生さんはリクルートスーツを着て何十社も回っています。

小澤 日本社会で生き抜いていくためには、一度は組織に入ったほうがいいと思います。私も今はフリーですが、初めからフリーランスで働くのではなく、組織の中で動くほうが社会人としてのバランス感覚を素早く身につけられるのかなと。個人事業主には上司も後輩もいませんから。「日本の新卒採用は意味がない」という議論はありますが、長年培われてきたシステムなのでそれはそれでうまく利用すればいいと思います。

実は大学に5年間行っているのですが、4年生のときに就職活動に意味を見出せず、やらなかった。しかし親に説得され、5年目にしっかりやったときにはすごくタメになりました。自分探しだとかいろいろ言われますが、就職活動は真剣にやればやるほど返ってくるものがあります。

なかなか内定が取れない人へのアドバイスで言うと、どうなのかな……自分のストロングポイントや売り方を把握すること、ですかね。「まんべんなくできます」「なんでもやります」ではなくて、一つ武器がないと目立たないというところでしょうか。

ゼネラリストとしての能力は日本では求められますが、これからはそれをベースにますます「何のスペシャリストなのか」が求められる時代になると思います。何でもできるゼネラリストというのも一つの武器なのかもしれないけど、それでは目立ちませんよね。1つ突き抜けるものを持ってほしいです。

スペインで日本チームや日本人選手が来ると、決まって現地のスカウトや関係者から「うまいけれど、ロボットみたいに無機質だ」という評価を聞きます。要するに、個性がない。欧州では選手としてのパーソナリティ、つまり選手としての個性や“売り”が求められる。

日本の社会でも、ビジネスマンである限り、例えOLであっても生涯かけて自分のストロングを磨いていく時代に突入していると思います。そういう意識で就職活動だけではなく、表現、アピールできる能力を培ってほしいですね。

――現時点での業績を収められる過程には、かなりのリスクテイクがあったと思います。ということは、リスクヘッジもあったはずです。「失敗したときはこうしよう」という準備は、どういうものでしたか?

小澤 何が一番のセーフティネットかというと、やっぱり人じゃないですか。人とのつながりだったり、信頼だったり。本当にダメになったら家族の元に戻れるとか。

スペインと日本の社会で違うなと思ったのが、人とのつながりの深さですね。失業率が20パーセントを超えているのに、なぜみんなあんなに楽しそうというか、ある意味で脳天気に暮らしているのか。もちろん社会的なセーフティネットもあるんですけど、彼らは30代40代、あるいは家族持ちでも恥ずかしげもなく親元に帰っていくんですね。根本的ですけど、大事なセーフティネットだと思います。

私もいよいよ食い詰めて、ホームレスになるかという状況になれば親元に帰ると思います。「どういう状況になっても、彼らなら助けてくれる」という。パラサイトだとか、親のスネをかじってるだとか言われるかもしれないですが、自分がそう考えてできるかできないか、だと思うんですよ。恥ずかしがることはないと思うんです。

親元に帰らず、やせ我慢をして数百万も借金を作るとか、そういう状況よりはよほどマシですよね。「最後の最後は彼らがいる」という人間関係を持っておくほうが、強いと思います。

――いわゆる「ネットカフェ難民」には若い女性もいるという報道を見聞きしました。経済的な要因はもちろん第一としても、若い人においてはむしろ人間関係の問題では? という気もしますね。

小澤 そうですね。私の成功の基準は、どれだけ稼ぐかというよりも、困ったときに10万円貸してもらえるとか(笑)。恥ずかしげもなくそういうことを頼める人、人間関係を作ることかなと思っています。

<この項、了>

代理人は悪玉なのか? 小澤一郎氏にサッカー移籍ビジネスを聞く(1/4)から読む
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小澤一郎(おざわ・いちろう)
1977年生まれ。京都府出身。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒。2005年にスペインに渡り、バレンシアを拠点に活動を始める。スペインでは少年サッカーのコーチも務め、その指導者的視点からの取材活動で様々なメディアに寄稿。2010年3月、5年のスペイン生活を終え帰国。スポーツナビ、footballista、中学サッカー小僧、サッカー批評、サッカークリニックなど数多くの媒体で執筆中。
著書に『スペインサッカーの神髄』(サッカー小僧新書)『FCバルセロナ 史上最強の理由』共著(洋泉社)『モウリーニョVSグアルディオラ』翻訳(ベースボールマガジン社)『サッカー選手の正しい売り方』(カンゼン)。有料メルマガ「小澤一郎の「メルマガでしか書けないサッカーの話」」も好評配信中。