1. 城島健司VS阿部慎之助

 以前のコラム(「打撃成績を得点換算で評価する」)では、Batting Runsという評価手法を紹介し、200安打を達成した選手を中心として打者の合理的な評価を行った。Batting Runsとは一言で言えば「同じ打席数をリーグの平均的な打者が打つ場合に比べて打撃でどれだけ得点を増やしたか」という指標であった。

 200安打に続くトピックとしてシーズン終了時から気になっていたのは、今年2010年にMLBから日本プロ野球に復帰した阪神の城島健司の活躍はどれほどだったか、ということである。特にセ・リーグの捕手にはここ数年際立った存在感を放つ阿部慎之助がおり、この二人の競争として見るのは非常にレベルが高く、面白い。

 そこで今回は、Batting Runsを応用しつつ城島と阿部を中心とした捕手の評価を定量的に行ってみたい。捕手としての貢献を考える上では特に外すことのできない守備についても分析をし、総合的に評価をする。

2.基準と条件を揃える

 単純に城島と阿部のBatting Runsを求めて比較するだけでも有効な比較にはなると思われるが、今回は捕手という役割の特殊性に注目し、通常とは基準を変えることにした。Batting Runsは普通「リーグ平均の打者」との比較を行うが、一般に捕手は他の守備位置の野手よりは打力の劣る選手が多い。守備の負担が大きいからである。従って通常捕手のBatting Runsの数字は全体的に低いものとなるが、それをそのまま受け取ると「彼らは総じて打力が低い」ということだけが目立つ結果となり、それぞれの特徴を捉え損ねる危険があるし、その水準が捕手として許容範囲なのか否かということも判断ができない。

 そこでリーグ平均の打者を0とするのではなく、リーグ平均の捕手が0となるように計算をする。要するに、実質的な中身は変わらないが「下駄を履かせる」形で補正をし、見た目をわかりやすくするということである。例えば、平均と比較して-5の評価の打者であっても、そのレベルが捕手として平均的であれば0という評価となって表れる。わざわざこのようにするのは後から守備も含めるときに守備位置内の閉じた比較としてわかりやすくするためでもある。今回はさらに、球場ごとの投手有利/打者有利を示す指標であるパークファクターを用いた補正も行った。

 以上の計算により、ここでのBatting Runsは「球場の条件の違いを補正した上で、同じ打席数をリーグの平均的な捕手が打つ場合に比べて打撃でどれだけ得点を増やしたか」という意味の指標となった。

3.打撃の評価

 さて、このBatting Runsにおいて、城島の数値は25.8。並の捕手が同じだけ打席に立つ場合に比べて26もチームの得点数を増やしたというのは、かなりの数字といっていい。打率など一般的な指標で見ても優秀な城島だが、Batting Runsでもやはり優秀だった。

 しかし阿部はそのさらに上をいき、Batting Runsは41.0と出た。これは素晴らしいスコアである。捕手という全てのチームが等しく抱える出場機会の中で競争優位を持つことは重要である。巨人は阿部が捕手として出場し続けることによって、少なくとも打撃では、莫大な利得を得ている。なお、阿部は捕手以外の出場もあるが捕手として出場しているときの打席がほぼ全てだったので特に区別せずに計算している。

 打撃に関しては、阿部のほうが城島に勝っていると言っていいだろう。彼らの他には、楽天の嶋(BR 24.4)、ロッテの里崎(BR 21.2)が特筆すべき優秀なスコアを叩き出している。ただしこれはリーグごとに分かれた比較であるから、必ずしも嶋や里崎が「城島より能力がやや下」であるといったことを意味するものではない。また、繰り返しになるが、野手全体の中での評価とも原理的に別問題である。

 捕手としてシーズンの半分である72試合以上出場した選手について、リーグの捕手を基準としたBatting Runs(打撃得点と表記)は以下の通りである。



4.守備の評価

 ここからは守備の評価について考える。正直なところ、捕手が守備によってどれだけ貢献しているかを定量的に評価することは非常に難しい。よく言われる「リード」の良し悪しなどはなかなか測定する方法がない。

 そこで本稿では割り切って「わかりやすく数値化できるところだけ数値化する」という方針をとりたい。うまく数値化できない部分が残ることは確かだが、全てを精緻に表せなければ意味がないというわけではない。大切なのは定量的に評価できることは定量的に評価し、その上で試合の観察などその他の情報と総合することである。そのために部分的にでも数値化をしておくということは対象世界の見通しをクリアにし、建設的に評価を考える上で役に立つはずである。

 まず、捕手については他の野手に対して行うような「飛んできた打球のうちどれだけをアウトにしているか」という観点の評価はなじまないし一般的な記録からは評価が難しい。客観的に残されている記録で捕手の評価に使えると考えられるものは主に、盗塁阻止、捕逸、失策の3項目である。これらの項目について平均的な捕手に比べて記録された数の多さを計測し、そこに得点期待値から割り出したそのプレーの一般的な価値を加重すると、捕手の守備が「同じイニング数を平均的な捕手が守る場合に比べてどれだけチームの得点を減らしたか」という形で数値化できる。Batting Runsの守備版である。相手に比べて得点数で上回るという勝利の目的の観点からは「自軍の得点を増やす」ことも「相手の得点を減らす」ことも等価であるから、この守備の評価はBatting Runsにそのまま足し合わせて「攻守総合して何点分貢献したか」という形にすることができる。このような点において、やはり得点に換算するという評価法は優れている。

 具体的な計算は、守備イニングに対して平均と比較してどれだけ許盗塁・盗塁刺・捕逸・失策があったかを求め、盗塁0.17、盗塁刺0.38、捕逸0.29、失策0.30の加重で行った。失策のみ得点価値の詳細な算出ができておらず加重は暫定的な値であるが、今後修正するとしても最終的な結果を大きく変化させる可能性は低い。

 例えば、今年のセ・リーグ全体では7681 1/3イニングで44の捕逸が記録された。つまり平均するとイニングあたり 44/7681.33=0.0057 の捕逸があったことになる。城島の守備イニング数は1257 1/3であったが、平均的な捕逸の頻度でこのイニング数を消化したとすると 1257.33×0.0057=7.2 となり7.2個の捕逸が記録されただろうと見積もることができる。これに対して城島の捕逸は4だったから、城島は3.2個の捕逸を「防いだ」と評価される。これが何点分に値するかといえば、捕逸ひとつは平均的に0.29点の価値があるから 3.2×0.29=0.9 で、城島は捕逸を防ぐ能力によりチームの失点を約1点減らしたことになる。

 プレーの主観的なインパクトからすると影響が1点というのは小さく感じられるかもしれないが、統計的な得点期待値からの加重は捕逸が必ずしもそれほどチームの失点数を増やさないことを示しており、局面の発生には城島以外のファクターが多く関与することから平均的な加重を与えるのが妥当だとすれば、これは客観的に捕逸というプレーの影響を評価していることになる。

 同じようにして盗塁阻止・失策についても評価して合計すると、守備全体での貢献値が求められる。これを仮に守備得点と呼ぶとすると、城島は2.4とまずまずの数字(0を超えていれば平均的な捕手よりは優れているという評価)。この評価法で二桁に到達するようなことはほとんどなく、かといって微妙な数値の差には実力が表れるというより誤差の範囲であるので、プラスの数字が出ていればとりあえず目に見えるレベルのプレーで問題はなさそうだ、くらいに判断しておくのが無難だろう。その意味で、阿部の守備得点は5.5でリーグ最優秀だが城島との間にはっきりした差があるとは言い難い。どちらも優秀だが、今年に関しては阿部のほうがやや良いパフォーマンスを発揮していた可能性がある、程度のことが言える。

 リーグごとの成績は以下の通り。



 打撃に比べて、選手ごとにそれほど点数に差がつかなくて意外かもしれない。しかしこれはあえて数字を大きくしようとも小さくしようともしておらず、単純に可能な数値化をしていった結果である。

 主観的に考えれば、城島を平均的な捕手に置き換えれば色々と問題が生じそうであるが、数値はそれほどの影響力を示していない。このギャップについてはさまざまな考察が可能と思われるが、いずれにせよ安易に主観と統計のどちらかが間違っていると結論付けるのは危険である。統計は主観に表れない真実の一側面(実は捕手の守備ではさほど差はついていない可能性など)を捉えており、主観は統計に表れない真実の一側面(現在のところ定量的に計測されていない配球の技術や投手との信頼関係など)を捉えていると考えるのが妥当だろう。また、今回は直接評価の対象とはしていないが城島は盗塁を試みられた回数自体が明確に少なく、投手はそれにより投げやすさを得て失点阻止のパフォーマンスを多少なり向上させていた可能性があることはデータからも考えられる。

 過去数年前から辿った傾向としては細川や谷繁が例年優秀であり、阿部は全体的に見れば平均的という評価になる。なお、今季限りで引退することになった阪神の矢野も去年まで年齢を感じさせない優れたスコアでチームを支えていたことを付け加えておきたい。


5. 総合的な評価

 ここまでくれば、攻守を総合した評価をすることはいたって簡単。打撃の評価と守備の評価の足し算である。そのまま計算すれば、平均的捕手と比べて攻守総合で「改善させたチームの得失点差収支」は以下のようになる。



 ご覧の通り、ほとんど打撃によって総合得点が決まっている。前述したようにこのことは評価法の問題である可能性もあるし、必ずしも評価法が実態とかけ離れた結果を出しているわけではない可能性もある。少なくとも1軍レベルの捕手の中で目に見える範囲での差は意外とついておらず、それらについて細かいことを追求するよりは打力の差で評価したほうが合理的かもしれないという可能性についてはデータが教えてくれていることなのかもしれない。

 冒頭から取り上げてきた城島と阿部の比較に関しては、阿部に軍配が上がったと言えるだろう。阿部は平均的捕手と比べて46.5点の利得を生み出しており、これはすごい数字である。一方で城島の貢献度も非常に高い。さすがにMLB帰りのプレーヤーである。また、この二人によってレベルが上がっている中で、優勝チームの捕手である谷繁がしっかり仕事を果たしていることなども賞賛に値する。

 パ・リーグでは嶋の貢献度が突出している。これまで打撃に課題を抱えていた嶋にとって非常に大きな進歩であり能力以上のものも合わさって数字に出ているように見受けられる。一方守備面ではもっと高い数字を出すポテンシャルを持っているようにも思え、今後どのような形で成熟を迎えるかにも注目である。里崎は少ない出場機会ながらさすがの能力と言うべきか。

 このような守備位置内での比較をするときに重要なのは、原則として各チームは同じ守備の編成を持ちそれぞれの選手を出場させなければならないということである。すなわち、チーム全体の得失点差の収支は「投手の守備位置内利得+捕手の守備位置内利得+一塁手の守備位置内利得+……+右翼手の守備位置内利得」というように、各守備位置の、各守備位置におけるリーグ平均に対する利得の総和として考えることができる。従って、ある守備位置でプラスを出しているチームは他の守備位置でマイナスがあってもカバーすることができるし、逆にある守備位置で大きなマイナスを出しているチームは他の守備位置に優れた選手がいてもそれを食いつぶしてしまっているということである。チームが良い成績をおさめていくためには選手それぞれの貢献度と全体の収支をクールに考量しなければならない。

 勝率と得失点差は統計的に強く関連しており、一般的に優勝に必要な得失点差は100点ほどである。それを単純に9つ(あるいはDHを入れて10)の守備位置に割り振ると、各守備位置には平均と比較して10点くらいの働きが求められる。これは単なる思考実験における特殊なシナリオであるが、例えばそのように考えてみると守備位置内の比較において平均に対して30点や40点の利得を出すことの価値の高さがわかるのではないだろうか。

6.おわりに

 統計的な得点評価の観点から、捕手の攻守を数値化し評価を行った。細かい計算の方法はともかく攻撃と守備を同じ土俵に乗せて総合的に評価をすることの意義や面白味などが伝わればと思う。課題としては守備の評価があくまでも部分的なものである点などがあるが、このようにある程度形にしてまとめることで選手評価のひとつの目安にはなるのではないかと考えている。

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