ノーベル賞・天野教授「すごく良いイノベーションとずるいイノベーションがある」

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 日本の経済成長の原動力はイノベーションである。その中核として大学が果たす役割は大きく、政府は民間との一層の連携を目指し、さまざまな施策を展開する。赤粼勇名城大学終身教授や中村修二米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授とともに青色発光ダイオード(LED)の発明で2014年のノーベル物理学賞を受賞した名古屋大学の天野浩教授。その目に映る日本のイノベーションの未来とは。

イノベーションにはふたつある
 -日本が今後もイノベーションを生み出し世界をリードする上で必要な視点は何でしょう。
 「イノベーションには大きく分けて、『すごく良いイノベーション』と『ずるいイノベーション』があると考えています。この二つのイノベーションの違いを説明する事例として、LEDの実用化の前に長く続いた白熱電球時代の例を挙げます。白熱電球の寿命は1000時間と言われていますが、開発しようと思えばもっと寿命を延ばせたと考えられています。しかし開発企業は1000時間で寿命を終えるような製品として開発することを決めました。世界の夜を明るくするという『すごく良いイノベーション』が、もうけて大量消費するという『ずるいイノベーション』に変わったのです。イノベーションの始まりは良い方向に進んでいたはずですが、いつの間にか金もうけの方向に考えが移行してしまいました」

 「だがこれからはそういう時代ではありません。もっと世の中の人に役立つモノを生み出す『すごく良いイノベーション』に取り組むことが日本の役割でしょう。これはビジネス的には非常に難しいことです。ですが前向きに取り組むことで、日本の進むべきイノベーションの方向性を示せるのではないでしょうか。そのためには、新しいことをやろうとする人がイノベーションを生み出せる環境や仕組みが必要になります。一方、イノベーションを生み出す動機を持ち続けられない人には退場してもらうしかありません」

日本独自の枠組みとは
 -日本のイノベーションの方向性をどのように設定すべきでしょうか。
 「悪い意味だけでは捉えられないのですが、米国は覇権主義で世界のトップに君臨しないと気が済まないところがあります。近年台頭している隣国もそのような傾向があります。こうした両国のやり方とは一線を画し、日本は別ルートで世界のイノベーションの枠組みを作るべきでしょう」

 -具体的に日本は何ができるでしょうか。
 「日本には昔から『もったいない』という思想があります。石油などの化石燃料に代表される炭化水素を燃やして二酸化炭素に変え続けることを本来おかしいと思うべきです。省エネルギー化や二酸化炭素(CO2)の排出量を減らす取り組みなど誰もが良いと思うイノベーションに日本は取り組むべきではないでしょうか」

 -近年、オープンイノベーションに注目が集まっています。その取り組みの重要性についてはいかがでしょうか。
 「イノベーションは使ってもらわないと意味がありません。実用化に結びつけるにはスピードが命です。青色LEDの開発には30年もかかってしまいました。もし米国のシリコンバレーで実用化までに30年もかかっていたら使ってもらえないでしょう。投資のサイクルはせいぜい10年で、ここに開発サイクルを合わせられなければ投資してもらえません。国のプロジェクトに参加するのは仲間ばかりではなく、いろいろな段階にある研究開発に競合となる民間が参加しています。国の支援があるため研究成果をオープンにしやすく、国全体で研究開発が進むと思います」

一体となってスピード感を
 -名古屋大学での具体的な取り組みを教えてください。
 「私の分野で言えば、半導体からトランジスタやレーザーなどのデバイス、それを回路に組み込んだモジュール、さらにその上のシステムと上位の階層に組み込んでいく必要があります。それぞれの階層に研究開発のプレーヤーがおり、こうしたプレーヤーが同じ建物の中で一緒に研究開発を行うことがオープンイノベーションにつながると考えています。こうした取り組みを続けることで研究から事業化までの期間を青色LEDの実用化までにかかった期間の3分の1にあたる10年に縮め、オープンイノベーションを加速させたいと思っています」