リーガ・エスパニョーラ、ベティスに所属していた日本代表FW乾貴士がアラベスへ移籍した。

「8試合、379分間出場、0得点」

 それが今季のリーグ戦前半、乾がベティスで残した数字である。3シーズン在籍したエイバルでの実績をひっさげてのベティス移籍だったが、好調を維持するチームで苦しんでいた。

 一番の難点は、「ポジションがない」ということだった。チームが3-4-2-1というシステムを採用する一方、生粋のサイドアタッカーである乾は、シャドー、インサイドハーフ、もしくはウィングハーフで奮闘するも、定位置をつかむことはできなかった。つまり、今回は出場機会を求めての移籍だ。


アジアカップ参戦中にベティスからアラベスへの移籍が発表された乾貴士

 では、この移籍は吉と出るのか。ひとつ言えるのは、乾にとって「バスクは相性の悪い土地ではない」ということだ。

 アラベスは、スペイン北にあるバスク地方の町ビットリアにあるクラブである。

 バスク人は独自の言語を持つ。ヨーロッパで多くの言語の源流となっているラテン語とは関係がない。血液型も、人口の35%がRhマイナスであることが知られている。他国の侵略を許さず、孤高を守ってきたことがわかるだろう。

 スポーツでも、ペロタ(スカッシュに近い)のような独特の競技が人気だ。スペインのステレオタイプであるフラメンコ、闘牛などはほとんど見かけない。文化風習だけでなく、風貌や体型も他のスペイン人とは違い、サッカーも英国の影響を強く受けている。

 日本サッカーとの相性は悪くない。それはバスク人が日本人と同じように規律を守り、協調性を重んじるからかもしれない。ハビエル・アスカルゴルタ(元横浜マリノス監督)、フリオ・サリナス(元横浜マリノス)、チキ・ベギリスタイン(元浦和レッズ)、ミゲル・アンヘル・ロティーナ(セレッソ大阪監督)、そしてフアン・マヌエル(ファンマ)・リージョ(ヴィッセル神戸監督)など、日本で活躍する新旧のスペイン人も、バスク人が多い。

「日本人は真面目で教養があって、住みやすい国だった」

 かつてアスカルゴルタはこう語っていたが、バスク人にとっても親しみが湧くのだろう。

 乾が以前に所属していたエイバルも、誇り高きバスクのクラブだった。そのバスクでは、未だに乾への評価は高い。エイバルでは、子どもたちから一番人気のあるスター選手だった。

 新天地となるアラベスは、日本人サイドアタッカーの力を強く求めている。

 今シーズン、アベラルド監督率いるアラベスは、前半戦のサプライズになった。開幕後19試合は9勝5分4敗。攻守に安定した戦い方で欧州カップ出場権内をキープし、首位争いすら演じていた。

 ところが、攻撃のエースを務めていたイバイ・ゴメスが、古巣のアスレティック・ビルバオへ移籍。これで一気に失速した。直近の4試合は勝ち星がなく、3連敗(無得点)が続いている。

「イバイはとても重要な選手だった。ピッチの内でも外でもリーダーだった。しかし、彼はもうこのチームにはいない」

 2月3日、第22節レアル・マドリード戦に3-0で完敗した後、アベラルドは語っている。

 そのイバイの代役として期待されるのが、乾なのである。

 アベラルドはシステム的には4-4-2を採用し、古典的な”同足サイドアタッカー”を用いることを好む。同足とは、右サイドなら右利き、左サイドなら左利きを指す。サイドを崩し、2トップにクロスやラストパスを供給する役割だ(現代サッカーではカットインしてシュート、パスをする”逆足サイドアタッカー”が好まれる)。

 ロシアW杯での記憶も新しいが、右利きの乾は左サイドで逆足でのプレーを得意としている。もっともエイバル時代は右サイドの同足でもプレーしており、苦とはしない。時間帯に応じて、サイドを変えながらのプレーも考えられるし、とにかくサイドを崩す能力は折り紙付きだ。

「乾は私が好きなタイプの選手。ボールポゼッションを高め、縦への強度を上げてくれるからね」

 アベラルド監督もそう語って、期待を込める。

「リーガでのプレー経験が長いから、順応も早いだろう。技術的には申し分ない。エイバルでは左サイドでプレーすることが多かったが、さまざまな経験を積んでおり、右サイドでも適応できるはずだ」

 イバイが移籍した後のチームで、乾は新エースになれるか――。

 楽観できる要素は少なくない。アラベスでチーム最多得点のFWボルハ・バストンは、2015-16シーズンにエイバルでともにプレーした攻撃のパートナーだ(最近は不発で、レアル・マドリード戦はベンチからも外れていたが)。チームとしてのプレーコンセプトも、エイバル時代と似ている。乾の持ち味を出せる環境だ。

 ライバルとしては、乾と同じく戦術上の都合で不遇を受け、レガネスから移籍してきたウルグアイ代表FWディエゴ・ロランがいる。バレンシアから期限付き移籍のスペインU-19代表、アレックス・ブランコもリーグデビューを果たし、勢いに乗っている。まずは高いレベルのポジション争いが乾を待つ。

 相性のいい土地バスクで、乾は輝きを取り戻せるか。順調に手続きが進んだら、2月11日のレバンテ戦でデビューとなる。