11月24日、西武からFA宣言した炭谷銀仁朗の巨人への移籍が決まった。2度のゴールデングラブ賞を獲得し、2015年にはベストナインにも輝いた炭谷の加入で、小林誠司らとの正捕手争いに注目が集まっている。

 しかし2018年シーズンを振り返ると、伊藤光(オリックス→DeNA)や大野奨太(日本ハム→中日)といった、炭谷同様に日本代表にも名を連ねた捕手たちは移籍先で思うような結果を残せなかった。移籍した捕手の難しさはどこにあるのか。2001年にベイスターズから中日に移籍し、両球団で日本一を経験した谷繁元信氏に話を聞いた。


西武からFA宣言し、巨人に加入した炭谷

――今回の炭谷選手の移籍をどう見ていますか?

「炭谷は移籍を決断するのが2、3年遅かったように思います。ここ数年、西武では森(友哉)や岡田(雅利)などが台頭し、出場機会が減って規定打席にも達しなくなっていましたから。私から言わせれば、プロ野球は”試合に出てなんぼ”の世界。それは炭谷もわかっていたでしょうが、西武の生え抜き選手ですし、育ててもらった球団への恩や愛着があって判断が遅れたのかもしれませんね」

――谷繁さんの炭谷選手の評価は?

「捕手としての能力は、配球、スローイング、ブロッキングなど、どれをとっても球界の上位にあることは間違いありません。今年は地位を確立できずに終わりましたが、チームはペナントレースを制しましたし、その点では心置きなく巨人に行けるでしょう」

――今年の打撃成績を見ますと、炭谷選手は打率.248・0本塁打だったのに比べ、森選手は打率.275・16本塁打、岡田選手は打率.272・3本塁打でした。やはり多くのチームは「打てる捕手」を求めているのでしょうか?

「そこはチーム事情で変わると思います。たとえば、1番から7番までしっかりとした打線が組めるなら、打撃はイマイチでも守備が優れている捕手でいい。一方で、首脳陣が『打線に穴を開けたくない』と考えることもあります。今年の西武がまさにそうで、打線は強力でも森が多く起用されてベストナインを獲得しました。将来性という点も含めてでしょうが、西武では森が首脳陣の構想にもっともマッチしていたということです」

――巨人が炭谷選手を獲得した意図はどこにあるのでしょうか。

「小林(誠司)がチームの信頼を得られていないということでしょうね。監督が原(辰徳)さんに変わって来季を迎えるにあたり、首脳陣が『彼では心もとない』と判断したんだと思います。今年は宇佐見(真吾)やルーキーの大城(卓三)が起用されることも多かったですが、チームを勝利に導けるだけの経験ができたか、という点では疑問が残ります。

 来年は阿部(慎之助)が捕手に復帰するようですが、それはあくまでプラスアルファな部分。阿部の体の状態を考えるとシーズンを通しての活躍は難しいですから、1年間を戦うことを考えて炭谷を獲得した。小林はエースの菅野(智之)とバッテリーを組むことが多いですけど、春季キャンプやオープン戦での調子によっては、開幕戦から炭谷がマスクを被ることも十分にありえます」

―― 一方で、オリックスからDeNAに移籍した伊藤光、日本ハムから中日に移籍した大野奨太といった、パ・リーグでの実績がある捕手も現チームで苦しんでいます。リーグをまたいでの移籍は難しいということでしょうか。

「それは関係ないと思います。彼らは移籍する前に力が落ちていました。伊藤は金子千尋(オリックス→日本ハム)、大野はダルビッシュ有(現シカゴ・カブス)や大谷翔平(現エンゼルス)などをリードして活躍しましたが、近年は出場機会が少なくなっていましたからね。中日、DeNAとも絶対的な捕手がいない中で、首脳陣の信頼を勝ち取れなかったのは力不足。今季のふたりの成績に関しては『こんなものだろう』という印象です」

――移籍して成功した捕手ですと、谷繁さんはもちろん、阪神の新監督に就任した矢野燿大さん(中日→阪神)が思い浮かびますが。

「矢野さんは、中村武志さんに次ぐ中日の二番手捕手として活躍されていました。外野も守れる選手だったので手放したくない存在だったと思いますが、当時の監督だった星野(仙一)さんが、『阪神に入ったら正捕手になれる可能性がある』と考えてトレードに出し、その”親心”に応える形で長く活躍された。前チームで確固たる地位を築いた後の移籍ではありませんでしたから、私とは少し状況が違いますかね」

――確かに、谷繁さんはベイスターズの正捕手として日本一に貢献し、FAで中日に移籍を決めた2001年のシーズンも137試合に出場していました。球界を代表する捕手として新しいチームに移ることでのプレッシャーはありましたか?

「今思えばなんですが、プレッシャーはすごく感じていました。ベイスターズで地位を築いてリーグ優勝と日本一も経験したので、偉そうな言い方になってしまいますが、『中日を勝たせないといけない』と思っていましたし、自分が来てチームが弱くなったとは言われたくなかったですから。

 実際に移籍してから苦労したのは、投手陣への対応です。対戦する機会もあったのでどんなボールを投げるのかはある程度わかっていたんですけど、クイック、状況判断、ブルペンでの調整方法など、外から見るのと中から見る感覚の違いに戸惑いました。予想外なことだらけで、課題が山積みでしたね」

――移籍にあたり、ベイスターズの情報はどのくらいオープンにしたのでしょうか。前チームへのことも考えると、すべてを伝えることに躊躇することもあるのかと想像してしまうのですが。

「前チームへの”仁義”みたいなものは特にありませんでした。すでに中日はベイスターズの情報を揃えていましたから、そこに味付けをした程度です。自ら率先して、あれもこれもと伝えた記憶はないです」

――それでも、Aクラスの常連となった中日で正捕手として活躍し、2007年には日本一も経験しました。谷繁さんが考える「勝てる捕手」の条件は何ですか?

「『勝てる捕手』というより『勝たせられる捕手』という表現のほうがしっくりきますね。そういう捕手になるためには、あらゆる”流れ”を感じ取ることが重要です。試合中のことで言えば、リードされている展開でも『今日は逆転できるな』とわかる瞬間がある。それが感じ取れずに『1点もやれない』と厳しいコースばかりを要求してしまうと、かえって投手が苦しくなって大量失点を招くこともあります。

 試合以外のところでは、チーム編成などを含めた1年間の戦いの流れを掴むことによって、より勝利に近づくように、ある程度はチームを操作することができるようになります。自分で流れを変えられるようになるには、経験しかありません。私もそれができるようになったのは35歳くらいだったと思います。『もっと早くにできたはず』と後悔しているところですね」

――谷繁さんでもそれほど時間がかかったとなると難しいでしょうが……セ・リーグの捕手でそういった成長を感じる選手はいますか?

「広島の會澤(翼)は視野が広くなり、状況を読める選手に成長したと思います。同じ広島の石原(慶幸)とリード面で比較されることがありますが、石原と同じようなリードをする必要はない。自分のカラーが確立されてきたので、今後も活躍してくれると思います。

 阪神の梅野(隆太郎)は、チームは最下位ながらも132試合に出場し、盗塁阻止率も會澤を上回りましたからゴールデングラブ賞の受賞は順当でしょう。来季は、素晴らしい捕手だった矢野新監督からたくさんのことを学んで、さらに飛躍してほしいです」

――そのふたり以外で、来季に注目している捕手は?

「私と同じく高卒でプロに入った選手の活躍に期待しています。セ・リーグでは、どれくらい出場できるかはわかりませんが、広島の坂倉(将吾)と中村(奨成)。パ・リーグでは日本ハムの清水(優心)、オリックスの若月(健矢)は徐々に頭角を現しはじめましたし、ソフトバンクの九鬼(隆平)も今後が楽しみな選手です。高卒からプロでレギュラーを掴むことがどれだけ大変かがわかっているだけに、これからも彼らの成長に注目していきたいです」