小山昇『利益を最大にする最強の経営計画』(KADOKAWA)

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空前の「売り手市場」で、多くの企業が学生の内定辞退に悩んでいます。どうすればいいのでしょうか。中小企業の経営サポートなどを行っている武蔵野は、昨年26人に内定を出しましたが、辞退者はゼロでした。小山昇社長は「内定者の母親が『ブラック企業ではないか』と不安がったので、当社の『経営計画書』をみてもらった。中小企業ほど経営計画書をつくったほうがいい」といいます――。

※本稿は、小山昇『利益を最大にする最強の経営計画』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■「人材戦略が巧みな会社」が生き残る

日本政府は消費税増税(2014年4月)を機に、国債を買い戻し、そのお金が市場に流れ出たことで株価が上向きました。また、増税によって公共投資が増え、公共事業を中心に雇用も増えています。

ところが、仕事は増えているのに人手が足りません。人手不足を招いた原因は、主に2つあります。

(1)新生児の数より、亡くなる人の数が増え、人口が減少していること
(2)最低賃金が上昇したことで就職先の選択肢が増え、売り手が有利になったこと

これまでは、人が辞めても、すぐに新しい人材を補充することができました。ですがこれからは、募集をかけても人が集まらない時代です。「今までと同じやり方」では、人を採用することはできません。

消費税が上がるまでは、「営業戦略が巧みな会社」や、「販売力のある会社」の業績が良かった。しかしこれからは、「人材戦略が巧みな会社」が生き残ると私は考えています。

2014年までのわが社は、「5年以上勤めた社員が『辞める』と言ってきたら、引きとめない」という方針をとっていました。ところが現在は、真逆です。「5年以上勤めた社員が『辞める』と言ってきたら、全力で引きとめる」という方針をとっています。

方針を180度変えた理由は、時代が180度変わったからです。時代が変わっているのに、自社のかじ取りを変えないで過去にとらわれていたら、うまくいかないのは当たり前です。

■新卒採用の新施策で志望者が過去最多に

武蔵野は、2017年2月に、「JR新宿ミライナタワー」(2016年3月に開業したJR新宿駅直結の複合施設)に、「新宿セミナールーム」を開設しました。

このセミナールームは、新宿という立地を生かして、700社を超える会員企業(経営サポートパートナー会員)の利便性を向上させるとともに、さらなる経営指導の要望に応えていくための新施策であると同時に、「新卒採用活動」の新施策でもあります。

要員計画を立案する中で、「今と同じ採用のしかたでは、人は集まらない」ことがわかったため、新しい採用活動の一環として、2018年の新卒採用から、会社説明会を同所で開催しています。

東小金井の本社で行っていたときより立地が良くなったこともあり、求人サイトなどを利用しなくても、多くの学生(過去最高人数の1070人)を集めることができました。2018年採用の内定者は例年よりも早く決まり(26人)、しかも、内定辞退は昨年12月までは「ゼロ」です。1月に1人辞退者が出ましたが、1人内定者を追加しました。

『お金持ちはどうやって資産を残しているのか』(あさ出版)の著者で、「ランドマーク税理士法人」(税理士)を率いる清田幸弘代表は、「〈経営計画書〉が人材の定着にひと役買っている」と感じています。

「会計業界は、頻繁に転職を繰り返す業界ですから、採用や人材の定着が難しいんです。ところが、〈経営計画書〉をつくって、採用と社員教育のやり方を見直し、方針を打ち出したことによって、社員の価値観がそろうようになりました。〈経営計画書〉の運用と並行して、環境整備(毎朝30分、身の回りの整理整頓をする社員教育活動)にも力を入れた結果、離職率は業界平均よりも低くなっています」(清田幸弘代表)

■内定者の母親にも経営計画書を見せる

2017年4月に、「20人」の新卒が武蔵野に入社しました。2018年は「26人」です。そのうちのある内定者の母親は、「中小企業が6人も新卒を増やすのは、新卒がすぐに辞めてしまうからではないか」「武蔵野という会社は、ブラック企業なのではないか」と不安になって、わが子に「武蔵野に入社するのは、やめたほうがいい」と苦言を呈したといいます。

その話を知った私は、「今期」の「経営計画書」と「前期」の「経営計画書」の「配付先一覧」をコピーしてその内定者に渡しました。

配付先一覧には、武蔵野の全社員の氏名と序列が記載されていて、今期と前期の配付先一覧を見比べてみると、「人が辞めていない」ことが明らかです。「経営計画書」を見た母親は、「人も辞めていないし、利益計画も要員計画もしっかりしている。この会社なら安心なので、武蔵野に行きなさい」と考えを一変させました。

「人が集まらない時代」に武蔵野が新卒採用で成果を上げているのは、「経営計画書」が採用の道具になっているからです。

「株式会社エネチタ」(エネルギー、リフォーム、不動産)の後藤康之社長も、「〈経営計画書〉が採用の道具になっている」と実感しています。

「手帳型の〈経営計画書〉をつくったところ、新卒の内定辞退が格段に減りました。昨年は大卒が6人でしたが、今年は11人に増えています。当社では内定者家庭訪問を実施しているのですが、その際、ご両親に〈経営計画書〉をお見せして、『こういうことをやっています』と会社の説明をさせていただきます。すると、ご家族の方々も安心してお子さんを預けてくださいますね」(後藤康之社長)

■人材の成長が、会社の成長

私は、社員教育に時間もお金も、惜しみなく投入しています。たとえばすでに、10年前の第44期で、粗利益「25億円」のうち「約1億円」を教育研修費に注ぎ込んでいます。

同じ事業規模の会社に比べて、社員教育にかけるお金は、かなり多くなっています。取引をしている銀行から、「教育研修費を半分にして、もっと利益を出したほうがいい」という指摘をいただいたことがあります。

ですが私は、社員教育を怠ったとたん、業績も尻つぼみになると考えています。社員の定着と会社の成長のためには、教育研修費を惜しんではいけないのです。これからの時代は、販売戦略ではなく、「人材戦略」に力を入れた会社が勝ち残ります。

中小企業にとって、人材の成長が、会社の成長です。

「人」と「利益」は比例関係にあって、人が成長すれば、それにともなって会社の業績も良くなります。商品やサービスはどの会社もすぐにまねできますが、人そのものは決してまねできません。

■小手先のスキル教育では社員は育たない

社員教育に力を入れている会社はほかにもありますが、多くの会社は、営業教育や技術教育など小手先のスキル教育にとどまっていて、会社の価値観や方針を教えていません。だから、「技術が流出」などと大騒ぎするのです。「経営計画書」は会社の価値観や方針を、全社員が共有するために非常に有効です。

社員教育は、本来は無形固定資産ですが、測るモノサシがないから、全額「経費」になります。利益が出ている会社が社員教育をすると節税にもなります。たしかに中小企業にとって、社員教育にお金をかけるのは、大変です。しかし、私が指導してきた会社の中で、「社員教育にお金をかけすぎて倒産した会社」は、1社もありません。

中小企業にとって、「お金と手間をかけて社員を教育する」以外に利益を出し続ける方法はないのです。

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小山 昇(こやま・のぼる)
武蔵野 社長
1948年、山梨県生まれ。東京経済大学卒。85年武蔵野入社、89年から現職。670社以上の経営指導を手がける。国内で初めて日本経営品質賞を2度受賞(2000年、10年)する優良企業に育てる。

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(武蔵野 社長 小山 昇)