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中小企業では、社員が会社のカネに手をつけることがめずらしくない。労働問題を扱う弁護士・島田直行氏によると「個人的な感覚では、20社に1社くらいは、規模の大小はあれども、社員による不正がなされている」。「訴えてやる!」と熱くなる社長を「それよりお金を返してもらいましょう」となだめる日々だという。

■なぜ、カンタンに横領されてしまうのか

たとえば、A社は売上高が約10億円のメーカーだ。経理担当者は、長年にわたって売り上げの一部を自分のものにしていた。その額は、わかっているだけでも1000万円を超えている。

B社も年商10億円ほど、特殊機材卸売り会社だ。ここでは支店の男女が共謀し、在庫品を横流しして利益を得ていた。被害額は、およそ200万円である。

といった調子だ。このコラムを読んでいる方のなかにも、「うちでもやられたな」と苦い思い出をもつ方がいらっしゃるかもしれない。信頼していた社員に裏切られることほど、社長にとってつらいことはない。「よい人が悪いこともするし、悪い人がよいこともする」というのが人間というものだろう。

中小企業における不正のパターンは、いたってシンプルなものだ。経理処理がシンプルなものだから、不正の方法もシンプルなものになる。

1、在庫を横流しするケース
2、現金で回収して領得するケース
3、取引先からキックバックをもらうケース
4、架空の購入を計上するケース

おおざっぱにいって、この4つのパターンのいずれかだ。問題は、なぜこんなシンプルな不正が発見されないのかということだ。この答えは、社長の態度にある。

中小企業では、経理を長年にわたり同じ人がしていることが一般的だ。なかには、何十年も同じ、という会社もある。社長としては、「経理はあの人にまかせておけば大丈夫」と安易に考えて、しだいにチェックもしなくなる。すると経理担当者の業務内容はブラックボックス化してしまい、何が行われているのか周囲から見えなくなってしまう。周囲から見えなくなると、人の心には魔がさすことになる。

弁護士として駆け出しのころ、私には苦い失敗がある。

■若いあんたに何がわかるんだ!

とある横領の事案で、証拠を見つけて本人を追求したところ、事実を認めた。そのうえ私は、動機について執拗に問い詰めた。すると「若いあんたに何がわかるんだ! 社長は高級外車に乗って、平日から接待といってはゴルフに飲み会。こっちは、安い給与で子どもらの進学費用も十分にまかなえない。自分の家族のために働いているのか、社長の家族のために働いているのかわからない。それでも我慢して働いてきて、売り上げが悪いと批判される。この惨めさがわかるか。人を問い詰めて楽しいか」と反論された。

若い自分は何も言い返すことができなかった。社長としては、「ゴルフも車も自分の事業で得たものだから、非難される筋合いはない。欲しいなら自分で事業をすればいい」と考えるかもしれない。だが、人も組織もそれほど単純なものではない。組織の品質というものは、トップの器以上のものにはなり得ない。

■目をつむるかわりに、確実に返済させるべし

では、社員の不正が発覚したとき、社長は何をするべきだろうか。ありがちなのは、「島田くん、すぐに刑事告訴して」というものだ。「許してなるものか。社会的責任をとことん追求してやる」と変な正義感をかざす社長すらいる。こういうときこそ、冷静になって対応を考えるべきだ。刑事告訴したばかりに、自分が疲弊してしまった社長を幾人も目にしてきた。

実際は、警察に「わが社で不正があった。調査のうえしかるべき対応をしてくれ」と話を持ち込んでも、相手にされるとは限らない。社長にとっては大変な事件であっても、警察にとっては数え切れない犯罪の一つでしかない。「もっと事実を確認して、証拠をそろえてから告訴してください」と体よく断られることもある。警察としても、限られた資源のなかで、企業の帳簿を調べて立件するのは容易なことではない。

私は、刑事事件に話を広げることをおすすめしていない。刑事事件として立件されても、会社の利益になるわけではない。社長としては、被害の回復が目的であって、社員に刑事罰を与えることが目的ではないだろう。むしろ刑事事件として話が広がると、銀行を始めとした取引先が知ることになるかもしれない。

社長としては、「不正を発見して、しかるべき処罰を求めた」という気持ちかもしれないが、周囲からすれば「ずさんな管理だった」という評価にもつながる。目をつむるかわりに、確実に返済するように話を持っていくことが、よほど合理的な判断だと私は考えている。そもそも数千万円を超えるような被害の事件でも、実際に起訴されるのは、証拠の関係で百万円以下ということもある。

では次に、損害賠償について考えてみよう。

■「誰を連帯保証人にするか」が一番大切

社長としては、何としてでも被害額について回復をしたいはずだ。さりとて本人は、すでに利得したものを消費しており、手元に持っていないことが通常だ。親族などから借りて一括返済してもらえればいいのだが、協力者がいるとは限らない。人は、ない袖をふることはできない。

この場合には、分割で支払ってもらうことになる。一般的に不正に手を染めた社員には、会社を辞めてもらうことになる。社長としては、本当に支払ってくれるのかと不安になるだろう。このような場合には、連帯保証人を用意してもらったうえで公正証書を作成することになる。

公正証書は、判決と同じような効力があって裁判をすることなく強制執行をすることができる。ここでのポイントは、誰を連帯保証人にするかということだ。多くの社長は、連帯保証人の設定に失敗する。「とりあえず誰か連帯保証人にしておけば大丈夫だろう」と安易に考えがちだ。だが、連帯保証人にも資力がなければ回収できないリスクが残る。連帯保証人をつけるときには、その資格があるのか見極めるべきだ。

■兄弟や子供の給料を押さえる

典型的な失敗事例は、配偶者あるいは親を連帯保証人にするケースだ。そもそも不正の多くは、世帯としての収入が不足しているから行なわれる。そのため配偶者も資力がないということは珍しくない。また親については、年金しか収入がないため資産がないことがある。年金は差押えが禁止されているため、親からの回収も期待できないのが実情だ。

その意味では連帯保証人としては、本人の子や兄弟がいい。給与は差押えができるので、どこかに社員として勤務している人がいい。自営業者の場合には、給与というものがないため、差押えをする財産を調査することに手間取ることがある。

最後になったが、不正をした社員への処遇だ。社長としては、懲戒解雇とすることが多いだろう。だが解雇とすると「不当解雇だ」と争われるリスクもある。何より本人の再就職が難しくなり、分割による支払いができなくなる可能性もある。

私は、解雇ではなくできるだけ退職を認めることをおすすめしている。恩を売っておくことで支払いを確実にしてもらう、という意図もある。自分なりの苦い経験から学んだことがある。それは「正義を正義としてふりかざしてはいけない」ということだ。声高に自分の正義を述べることは、誰かを追い込むことになる。それはかえって自分の首を絞めることにもなる。

「許せない」というときこそ、歯を食いしばっても一条の許しを与えること。それが真の社長ではないだろうか。

(島田法律事務所代表弁護士 島田 直行 写真=iStock.com)