渋谷駅から徒歩5分程度の場所に昨年開業したT4 TOKYO。卓球の複合施設だ(筆者撮影)

1月15日から7日間にわたって行われた、全日本卓球選手権大会。男子シングルスでは14歳の張本智和選手が優勝9回の水谷隼選手を破り、男女を通じて史上最年少優勝を果たした。女子では17歳の伊藤美誠選手がシングルス、ダブルス、混合ダブルスを制して3冠の偉業を成し遂げた。

こうした若手の台頭とともに、「卓球」という競技自体に注目が集まり、人気も増加傾向にある昨今。付随して、卓球をビジネスコンテンツとして導入している企業は、競技の“やる場所”の普及をコンセプトとして挙げている。

そのひとつがスヴェンソンだ。事業としてはヘアケア商品の製造・販売を行っているが、企業理念の1つとして掲げている「健康」をテーマに、卓球を中心としたスポーツ支援にも積極的に取り組んでいる。所属選手には卓球男子の丹羽孝希選手や車椅子卓球の茶田ゆきみ選手がいる。

複合型卓球スペース「T4 TOKYO」が開業

昨年の6月には日本初となる複合型卓球スペース「T4 TOKYO」(以下、T4)を東京・渋谷にオープン。卓球を楽しめるスペースはもちろん、「レストラン&バー」と「卓球ブランドショップ」も取り入れた。加えて、プロコーチのもとで行われる「卓球スクール」があり、“飲食店”で本格的な指導を受けることができる。まさに、新しいライフスタイルを共有できる新時代の卓球施設。運営するのはスヴェンソンの子会社で2017年4月に設立されたスヴェンソンスポーツマーケティングだ。


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またT4はオープンと同時に、卓球台に映像を写して相手の陣地のブロックを崩していく新感覚のデジタルゲーム『PONG!PONG!』も導入。

開発したアカツキは、様々なスポーツのデータを解析するデータスタジアムとタッグを組み、これまでにない“新しいカタチの卓球”を生み出した。

2018年秋には、卓球のプロリーグ「Tプレミアリーグ」が開幕を予定している。その2年後には東京五輪・パラリンピックも迫る。こういったビッグイベントをきっかけに、機運が高まっている日本卓球界。T4といった卓球レストラン&バーが増えている渋谷で、時代の変化に伴う「卓球ブーム」の現状と、競技としての未来を分析してみる。

「卓球の競技人口は増えているけど、“やる場所”が足りないんですよ」

スヴェンソンスポーツマーケティングの山下亮社長は、開口一番そう切り出した。

山下社長は、T4を立ち上げる前、新たな角度から卓球シーンを盛り上げるための構想を練っていた。そこで、世界の卓球文化を目にしようと渡米を決断。立ち寄ったニューヨークでは「SPiN New York(スピン・ニューヨーク)」というナイトクラブのような卓球バーが展開しており、従来の日本とは違う卓球の在り方を、山下社長は目撃した。

「ニューヨークでは、“ガチ”で打ち合うような卓球はしていませんでした。音楽をガンガンかけてお酒を飲みながら、みんなで卓球を楽しむ。そういう文化が根付いていたんです。このような卓球スペースを提供することで、違う角度から『卓球って面白いな』と感じてもらえる。そんなお店を作りたいと思いました」


山下社長は卓球の経験が無かったが、T4設立を機に、卓球の魅力にのめり込んでいったという(編集部撮影)

その後、山下社長は「ラリーコミュニケーションテーブル」をコンセプトに、「飲んで」「食べて」「楽しく」「腕を磨く」という4つの要素を組み込んだT4を開業。流行の最先端が集まる渋谷の地に、新たなトレンドを生み出した。

それも、ただの卓球バーではない。1階のエントランスには、卓球男子日本代表オフィシャルサプライヤー「VICTAS(ヴィクタス)」のブランドショップがあり、様々な卓球用品を取り揃えている。

卓球台には、打球の軌跡や速度をデータ化できる「卓球トラッキングシステム」を導入。ラバー等を購入した後、すぐに試し打ちで利用することができる。

地下1階には、実業団の所属選手などがコーチとして指導する卓球スクール「TACTIVE(タクティブ)」もオープン。卓球初心者や「久々にやりたくなった」という部活経験者、もちろん「上手くなりたい」と競技力向上を目的とした人も、一流目線からの教えをうけることができる。

「卓球をやりたい人は増えています。ただ、やる場所が少ない。卓球ができる環境と、教えてくれるコーチ、その普及と底上げが必要です。競技としてのブームが続いていても、できなければ意味がない。そういう場を広げていくことが、ビジネスモデルのコンセプトなんです」


T4の地下1階で練習に励むパラアスリートとコーチたち(編集部撮影)

施設と育成の普及を日本卓球界の課題に挙げた山下社長は、パラリンピック選手にも目を向けていた。パラスポーツにおいて、練習環境が十分に整っていないことが現状としてある。そこで同スクールでは、パラリンピック卓球日本代表選手の練習場として場所を提供。

2年後の東京大会に向け、こういった企業の支援が、メダル獲得への大きな鍵となるかもしれない。

卓球の未来のカタチを示した『PONG!PONG!』

T4の地下には貸切可能なVIPルームが用意してあり、広々とした空間で卓球を楽しむことができる。ここの卓球台には、卓球アクティビティ『PONG!PONG!』を導入。卓球台にプロジェクションされたブロックを、リアルのピンポン球で破壊して点数を競い合う、まさに未来型の卓球ゲームだ。新感覚のMR(Mixed Reality:現実と人工的な仮想空間を融合した複合現実)を体験できることがウリだ。

開発したアカツキは、人気のスマホ向けRPG『サウザンドメモリーズ』などのゲームを提供するなど、多くのスマホ向けゲームを開発している。また同社は、ゲームによる「リアルな体験」を手掛けていく、ライブエクスペリエンス事業を2016年6月にスタート。誰も見たことのない新しい遊びを創出する研究所「あそびラボ」も2017年6月に発足した。


実際に『PONG!PONG!』をプレーする山下社長(中央奥)。ボールがバウンドしたところのブロックが壊れ、制限時間内に多く壊した方が勝ちとなる(編集部撮影)

『PONG!PONG!』には、T4が導入した「トラッキングシステム」を扱うデータスタジアムの画像認識技術を使用。ただ、開発当初は、小さくて打球スピードの速いピンポン球を捉え、リアルタイムでゲームに反映させることに苦戦。ブロックが壊れる間で遅延が起きてしまっていたという。

しかし、アカツキの技術力によって課題を打破。ボールの軌道からあらかじめ着弾地点を予測し、バウンドすると同時にイベントを発生させることに成功した。この技術は、すでに特許も申請しているという。


ライブエクスペリエンス事業の体験プロデュースチームリーダーであそびラボ所長の佐藤永武(えいぶ)氏(編集部撮影)

開発に至った経緯を、あそびラボの佐藤永武所長はこう話す。

「卓球って、上級者と初心者で隔たりある気がするんです。その両者で打ち合うと、どうしても心の底から楽しめない部分があるのかなと。このゲームではあまりスキル格差が生まれないように、あえて設計しています。楽しくゲームをやる感覚で、気軽に卓球に触れられる。そうして卓球人口を増やすのが、目指すところです」

実際に日本代表クラスの選手が、『PONG!PONG!』で素人に負けたこともあったという。それほど競技の実力に関係なく卓球をすることができるのだ。これは、今後の競技人口増加に向けて、卓球への新しい入り口になる可能性を感じさせるものだった。

違う視点から可能性を探ると、様々な活用方法が浮かび上がる。例えば、体験型エンターテインメントにおける“演出”だ。2016年の9月に開幕した男子バスケットボールのプロリーグ「Bリーグ」では、開幕戦でプロジェクションマッピングとLEDビジョンを使用し、観客を盛り上げる演出で話題となった。


佐藤所長と今回の開発を担当したエンジニアの柿崎貴也氏(左)(編集部撮影)

その事例になぞらえ、『PONG!PONG!』のトラッキング技術をTリーグや東京五輪・パラリンピックの開会式に用いる。

そうすれば、今までにない新しいエンターテインメントを世界に披露することも夢ではない。このゲームが示す未来のカタチは、すぐそこにあるのかもしれない。

卓球選手の活躍で盛り上がりを見せる渋谷

お酒を飲みながら卓球を楽しめるのは、都内だと中目黒の「中目卓球ラウンジ」が卓球バーの老舗として有名だ。最近では、渋谷の街でも卓球ができるレストランやバーが増えている。

そのひとつが、「渋谷卓球倶楽部 PINGPONG×Café」。通称「渋卓(シブタク)」と呼ばれ、知名度の高い卓球スポットだ。体育館の一角のような広々としたスペースに、卓球台を15台設置。2012年には店内を改装しお酒を飲みながら楽しみつつ、本格的に卓球をやりたい人も満足できる場所になった。

近年の卓球人気について、同店の石田一樹副主任はこう話した。

「2016年のリオデジャネイロ五輪で日本人選手が活躍して以降、さらに卓球人気が上がったと感じています。お客様の来客数が前年比で1.5倍も増えました」


渋谷卓球倶楽部の店内。取材時には若い男女のグループや親子が楽しんでいた(編集部撮影)

リオ五輪では、卓球女子団体が2大会連続のメダル。さらに同男子団体も銀メダルに輝き、水谷隼選手は日本人として卓球シングルスで初めての銅メダルを獲得。卓球ブームに火がついた年となった。

現在では昼の時間帯も含め、固定客が付いたことで、客数は増え続けているという。

渋谷の卓球バーを語るなら、「卓球酒場 ポン蔵」も欠かせない。ポン蔵は2006年に東京・西荻窪で開業。そこから吉祥寺、渋谷に2店舗、そして高田馬場と徐々に店舗拡大を続けている。渋谷1号店は開業してから今年で9年目を迎え、飲食店の入れ替えが激しい同地区では息の長い店となった。

卓球台はもちろん、ダーツやボードゲーム、そしてスーパーファミコンがあるなど、遊ぶのには困らないアミューズメント・バーとなっている。「当店は基本的に居酒屋なのですが、『飲みながら卓球ができる』ことで知ってもらっているので、合コンで利用される方が多いです。お酒を飲む合間に卓球をしたり、ゲームで遊んだりできます」と、渋谷1号店の佐藤尚渡店長は話す。

ポン蔵もリオ五輪をきっかけに認知度が高まったといい、ここ1、2年では「卓球できるんですか?」という問い合わせが多く、新規のお客が増えているという。五輪という大舞台で日本人選手が活躍することで、どの店舗においても経済効果が生まれていた。

卓球施設の普及が競技の未来につながる

渋谷だけを見ても卓球人気は上昇し、注目度が格段に上がっていることが分かる。その要因としては、前述のとおり卓球選手の活躍による影響が大きい。今秋開幕するTリーグの盛り上がり具合によっては、日本卓球界はさらなる発展を遂げるかもしれない。


ぽん蔵渋谷1号店の店内。15時頃店内を訪れたが、女性グループが卓球を楽しんでいた(編集部撮影)

卓球ができるレストランやバーの増加や、アカツキが『PONG!PONG!』を開発したように、卓球にはまだ計り知れないビジネスチャンスが潜んでいる。

山下社長が話すように”やる場所”の普及を進めると同時に、新しい卓球の楽しみ方を提供し、卓球そのものの魅力や付加価値を高める。

そして、新規の卓球人口を増やすことで卓球市場全体を拡大する事が重要だ。

日本人選手の活躍に伴う人気の上昇、その影響による競技人口の増加、プレーヤーを受け入れられる卓球施設の普及。このサイクルを上手く回すことができれば、選手の育成にもつながり、卓球をさらに身近なスポーツとして根付かせていくことができるだろう。そんな未来を期待しながら、まずは目の前に迫ったTリーグの開幕を待つ。