2018年1月26日にTOHOシネマズ シャンテほかにて公開の映画『デトロイト』は、1967年アメリカで起こった「デトロイト暴動」を題材にしている(東洋経済オンライン読者向けプレミアム試写会への応募はこちら) ©2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

本年度アカデミー賞最有力候補の呼び声高い映画『デトロイト』が2018年1月26日に全国公開される。メガホンをとるのは、イラク戦争のアメリカ軍爆弾処理班を描いた『ハート・ロッカー』(2008年)でアカデミー賞作品賞など6部門を獲得し、女性初の監督賞を獲得したキャスリン・ビグロー監督だ。

女性初のアカデミー監督賞・ビグロー監督の最新作


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彼女は続く『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)でオサマ・ビンラディン暗殺をテーマに描き出し、アカデミー賞5部門にノミネートされた。チャレンジングな題材を圧倒的なリアリティと骨太でタフな描写で突き詰めるビグロー監督の手腕は非常に高く評価されており、「ビグロー監督の映画に出てみたい」と公言する俳優も多い。それだけにビグロー監督の次回作は、つねに注目の的になっている。

そんな彼女は、「現在のわたしにとって、映画で社会的な話題のあるテーマについて取り組むことに切実さを感じるし、大切なことだ」と語り、『ゼロ・ダーク・サーティ』以来5年ぶりの新作に、1967年にアメリカで起こった「デトロイト暴動」を題材として選んだ。

アメリカ最大級の暴動と呼ばれるデトロイト暴動では、デトロイト市警が低所得者居住地域の酒場への不当な捜査を行ったことへの反発から、大規模な略奪、放火、銃撃が市内各地で勃発した。43人の命が奪われ、1100人以上の負傷者を数える大惨事となった。


おもちゃの銃の音を「狙撃犯の発砲」と誤認した白人の警官と州兵が、モーテルに居合わせた若い黒人たちを容疑者扱いする © 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

本作の舞台は、暴動発生から3日目の夜に、若い黒人客たちでにぎわうアルジェ・モーテル。おもちゃの銃の音を「狙撃犯の発砲」と誤認した白人の警官と州兵が、偶然そのモーテルに居合わせた若者たちを捕まえ、「銃をどこに隠した?」と暴力的に尋問。それがやがて新たな惨劇を招き寄せていくさまが描かれる。

特に40分にわたる白人警官の尋問・暴行のシーンは、恐ろしいまでの臨場感で観客に戦慄を走らせる。その容赦ない描写は、『ゼロ・ダーク・サーティ』の拷問シーンで賛否両論の渦を巻き起こしたビグロー監督ならではといえるだろう。

若者たちを尋問する人種差別主義の白人警官を演じたウィル・ポールターにとっては、役柄のうえとはいえ、撮影を離れれば仲がいい若き俳優たちに暴行を加えることは非常な苦痛を伴なったといい、「あと何回このシーンを撮らないといけないんですか?もう耐えられません」と泣き崩れたこともあったほどだという。

警官役が「耐えられない」というほどの描写


白人警官の尋問・暴行のシーンは40分にわたり、恐ろしいまでの臨場感で観客に衝撃を与える ©2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

一方、暴行を受ける側であるラリー・リード役の黒人俳優アルジー・スミスも「演技をするだけでもこれほどの苦しみや痛みを感じるのだから、これが現実だったらなおさら痛ましいものだったに違いない」とポールターをおもんぱかるほどに壮絶なシーンとなっている。

映画の時代背景を見てみよう。アメリカ中西部のデトロイトは、大手自動車メーカーのGMの本社があるなど、自動車産業が盛んな工業都市として知られる。そこでは労働者不足を補うために黒人労働者を多数雇用してきた、という歴史がある。

余談であるが、『デトロイト』で描かれた時代の後、1970年代に入ると自動車産業が衰退し、失業者が増加した。さらに暴動の余波などもあり、デトロイトから去る人も増えていく。不況と人口の減少によるスラム化で、治安は悪化していく。そんな現状に不満を抱く白人層が、現在のトランプ大統領を支持する層につながっていると言われている。

また、デトロイトは、世界中で知られるソウルミュージックのレーベル「モータウン」発祥の地としても知られる。自動車の街「モーター・タウン」から名付けられた同レーベルからは、スティーヴィー・ワンダー、ダイアナ・ロスら数多くのビッグアーティストを輩出、1960年代はモータウン全盛期として世界的な人気を博した。

デトロイトは経済的にも文化的にも注目の街であっただけに、その暴動の衝撃は大きかったはずだ。本作には、モーテルで、白人の警官に暴行を受けた若者たちのひとりとして、地元デトロイトのR&Bグループ、ザ・ドラマティックスのリードシンガーだった、ラリー・リードが登場する。ドラマティックス自体はモータウン所属のアーティストではないが、現在までメンバーを入れ替えながら活動を続けている実在のグループである。そして映画の中では、リードの目を通して、デトロイトにおけるショービジネスの側面にもスポットが当てられる。

本作を製作するにあたり、ビグロー監督をはじめとする製作陣は、事件の当事者に協力を求めた。白人警官から暴行を受けたラリー・リードは、およそ50年近くにわたり事件が起きた夜のことを口にしようとはしなかったという。

しかし本作の製作者たちと話すうちに、失った友人たちのため、そして自分が前に進むためにも事件について語る必要があると考え、本作のアドバイザーを買って出た。ほかにも暴行事件の生存者である警備員のメルヴィン・ディスミュークス、美容師のジュリー・アン・ハイセルらの協力も得ることができ、謎に包まれた暴行事件の裏側に肉薄している。

アメリカ社会の闇を正面から描く


撮影を指揮するキャスリン・ビグロー監督(右) © 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

1964年、ジョンソン大統領によって「公民権法」が成立し、アメリカは、人種や宗教、性別などでの差別を撤廃するという意志を明確にしたが、その後も黒人への差別が完全になくなることはなかった。

黒人の権利は黒人の手で勝ち取らなければならないとして、差別撤廃を求める運動が広がっていたが、1965年にはマルコムX、そして1968年にはキング牧師と、公民権運動を推し進めてきた活動家が暗殺された。そして今なお、アメリカ社会には人種差別が残っている。

2012年のフロリダ州では、17歳の黒人少年を射殺した自警団長が無罪判決となった。2014年のミズーリ州では、18歳の黒人少年を射殺した白人警官が不起訴となった。2016年のノースカロライナ州シャーロットでは、黒人男性が警察官に射殺される事件が起こり、黒人の暴動が起こった。銃社会、貧困、人種差別……デトロイト暴動から50年経っても、変わることのないアメリカの闇を感じる。今、この『デトロイト』という映画が公開される意味もまた、ここにあるのだろう。

同時に、こういった自国の闇にしっかりと向き合って、真正面から描ききることのできる、表現の自由に対する絶対的な信頼感も感じる。アメリカという国が抱える、複雑なアイデンティティが垣間見える。そういう意味でも『デトロイト』という映画は非常に興味深い。