日本一の歓楽街として知られる、新宿・歌舞伎町。この街で、長らく問題になっているのがぼったくりや悪質スカウトだ。これらの被害に遭う人を少しでも減らしたいと、注意喚起の放送が流されている事を皆さんはご存知だろうか。先日歌舞伎町を歩いていると、ふとその放送が耳に飛び込んできたのだ。「ワシは『ゲゲゲの鬼太郎』に登場するバックベアードじゃ。悪質スカウトについて行ってはいかんぞ!」という声が。

なぜバックベアードなの? 頭に多数の「?」を浮かべながら、放送の流れるスピーカーにかじりつくように耳を傾けてみると、やはりバックベアードと言っているのだ。
バックベアードとは、ゲゲゲの鬼太郎で西洋妖怪の親玉的な扱いで登場してくる、大きな目玉の妖怪だ。「このロリコンどもめ!」というアスキーアートでも知られているので、名前は知らなくても、見たことがある方も多いのではないだろうか。


歌舞伎町とバックベアード、なんの関係があるのだろうか。というか、なんでこういう放送にキャラクターを起用しているのか。正義側の鬼太郎ならまだわかるが、悪者側で。しかも現在アニメを放送しているわけでもない。

バックベアード起用の理由


商工会へと問い合わせると、歌舞伎町タウン・マネージメントを快くご紹介いただいた。歌舞伎町のイメージアップを軸にさまざまな活動を行っている団体だ。今回お話を伺ったのは、歌舞伎町タウン・マネージメントの藤林さん。



さっそく、なぜ注意喚起の放送にバックベアードが使われているのかを聞いてみた。こういう場所でバックベアードという妖怪の名前を出すのはなんだか不思議な感じがしてしまうのだが、「はい、バックベアードですね」という当たり前のような対応がかえってくる。
なんだろう、バックベアードが新宿区に登場した回でもあったのだろうか。そんなことを思っていたら、驚くべき答えが帰ってきた。
「バックベアードの声優の柴田秀勝さんが、ゴールデン街でお店を出されているんですよ」
なんてことだ、アニメに登場したかどころの話ではなかった。

歌舞伎町の街頭スピーカーから流れる注意喚起の放送は、もともとは新宿警察の生活安全課のおまわりさんがアナウンスをしていたという。


しかし、もっと多くの人に気にかけてもらえないかと考えた結果、それまでの文章にキャラクターらしい文章を追加し、現在の放送になった。もちろん新宿警察へも許可を貰っている。

「柴田さんだけではなく、吉本興業の芸人さんにも協力していただいているんです」と藤林さん。街ゆく人に『あれ、この声どこかで……』と耳を傾けてもらえるように、声を聞いてわかる吉本芸人・コロコロチキチキペッパーズのナダルさん、横澤夏子さん、チャド・マレーンさん(英語)に、声優の柴田さんという豪華な顔ぶれが収録に協力したのだという。
現在はおまわりさんバージョン、吉本芸人バージョン、英語バージョン、そして柴田さんのキャラクターバージョンがワンセットとなり流れている。

この注意喚起の放送で柴田さんの演じるキャラクター、どうやらバックベアードだけではないらしい。

バックベアードの声優・柴田秀勝さんに話を聞いてみた




藤林さんの紹介で、柴田秀勝さん本人にお話を伺うことができた。柴田さんがゴールデン街で経営しているのがBAR「突風」というお店だ。突風はゴールデン街の初期からある老舗で、オープンは昭和33年になるという。ちなみに「突風」は会員制になるので、行ってみたい場合は会員の人をみつけて連れて行ってもらおう。


夜のゴールデン街に足を踏み入れること自体が初めてのことで、緊張しながら年季の入ったドアを開けると、カウンターには柴田さんの姿が。

今でこそ海外のガイドブックに名前を連ね、観光客も多く訪れるゴールデン街だが、一昔前まではここにもぼったくりの店があったそうだ。現在約300店の健全なお店が軒を並べるゴールデン街は、最近では飲み歩きをして楽しむお客さんも増えているそうだ。年に2回、ゴールデン街の祭りも開催されている。


注意喚起の放送についてお聞きすると、柴田さんがゴールデン街組合の会長を務めていることもあり、歌舞伎町のためになるならと思って協力したのだという。柴田さんがご自身で各所に許可を取り、放送へのキャラクター使用に至った。バックベアードだけではなく、『鋼の錬金術士』のキング・ブラッドレイなど、これから放送予定のキャラクターが他にもいるという。現在はオリジナルキャラも含め、4パターンの柴田さんの放送が歌舞伎町で流れている。


「あの放送について、何か反響などはありましたか?」そう伺うと、「女の子のグループが、ディズニーランドみたいと喜んでいたっていう話は聞いたよ」と柴田さん。
ちなみに「このロリコンどもめ!」というバックベアードのアスキーアートだが、あのセリフは柴田さんは一度も言ったことがないという。
個性あるキャラクターの語りかけは、歌舞伎町を行き交う人びとの足を止めているようだ。

歌舞伎町に行く機会があれば、毎時30分ごとに流れる悪質スカウト注意喚起の放送に耳を傾けてみよう。
(すがたもえ子)