『日本語学』2014年9月号 特集 福祉の言語学

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「宣伝会議編集ライター講座上級コース」で専任講師を続けている。
まれに、必要以上にわかりにくい文章を書いてくる受講生がいて驚く。
油断していると、文章はわかりにくくなってしまうものなのかもしれない。

「公的文書をわかりやすくするために」(岩田一成)は、官庁文書をピックアップして、分析したテキストだ。(『日本語学』2014年9月号収録)

引用されている官庁文書のわかりにくさっぷりに愕然とする。
“インターネット黎明期の1996年に創業。日本で初めてISP向けにカード決済を利用した「RTSシステム」を開発して以来、電子商取引(EC)にフォーカスし、アプリケーションパッケージの開発、コンサルティングを行ってきた。特にECサイトのバックオフィスを支えるパッケージソフトの開発やライセンス事業、ソリューションに特化し高機能を実現。いわゆるデファクトスタンダード…”
いやいやいや。
これは、カタカナ専門語が多すぎる文章の例をデフォルメして作ったんですよね? と思って検索してみたら、経済産業省の「ベンチャー企業の経営危機データベース」のテキストだった。
デフォルメもなにも、そのまま存在していた。

岩田一成は、三つの類型を紹介する。
【1】文体難解系
文体そのものが難解なパタン。「おまえ硬すぎるだろ」ってヤツだ。
“『保育園の入園について』の「入園基準について」という項目
1 昼間に居宅外で労働することを常態としている場合
2 昼間に居宅内で乳幼児を離れて日常の家事以外の労働をすることを常態としている場合”
む、むずかしい。
ことさら難しく表記している市町村のテキストを探し出したわけではない。
「昼間に居宅外で労働することを常態」で検索すると、たくさんの実例が出てくる。

“元になる法律文をコピー&ペースト”しているからではないか。
さらに「昼間に居宅外で労働することを常態としている場合」じゃなくて「昼、いつも外で働いている人」と言いえばいいではないかと岩田は主張する。

【2】間接伝達系
「これ、結局何も言ってないな!」ってパタン。
「地上波デジタルテレビへの買い替えがどうして必要なのか」という説明文が具体例としてあげられている。
“地デジは、今までのテレビ放送よりきれいな映像が楽しめるだけでなくあなたにやさしく便利な21世紀のテレビ放送です。”
あなたにやさしく便利な21世紀のテレビ放送。。。(思わずリフレインしてしまった)

【3】分量多い系
「話が長すぎるよ!」ってパタン。
“『自転車の交通ルールやマナーを守りましょう』というお知らせが存在するが、自転車のルールだけに五ページもある大作を一体誰が読むのだろうか(筆者は仕事なので読んでいるが)。”
しかもPDFだったりするヤツだな。

こういった官庁文書は、たくさんある。
なぜ、こんなにわかりにくいのだろうか。
三つの理由が示される。
1 読者が想定しにくい
2 市民に揚げ足を取られては困るという自治体職員の防衛本能
3「公的文書は硬い文書であるべきだ」という考え

わかりにくいものには「わかりにくい」と声を上げ、指摘して変えていこう。
そして「シンプルなものを選択しましょう」というまとめの中で紹介される例が興味深い。
動物園の注意書きの比較だ。
“一般的には「この動物は季節により獰猛になることがありますので、手すりから身を乗り出して手や顔をオリに近づけますと…」という長い文が用いられているのだが、神戸にある王子動物園の注意書きでは、「かみます」の一言であるという”。(尾上圭介『大阪ことば学』の指摘)

「公的文書をわかりやすくするために」(岩田一成)が掲載されている『日本語学』2014年9月号は、特集「福祉の言語学」。
他の論考も興味深い。
○「手話」から「手話言語」へ(大杉豊)
○点字研究の最前線(広瀬浩二郎)
○介護のコミュニケーション(小野田貴夫)
○まちづくりへの市民参加と話し合い(村田和代)
○言語学習のユニバーサルデザイン(あべやすし)

連載の「漢字を追いかける」(笹原宏之)は、消火栓に記された「消火栓」の字体に注目し、「火」の字の初めの二画を「ハ型」「ソ型」「||型」「”型」に分類し考察している。続きが気になる。

『日本語学』2014年9月号、言葉好きならそうとう楽しめる雑誌だ。オススメ。(米光一成)