「桐島、部活やめるってよ」 Blu-ray ,DVD バップ
神木隆之介の代表作のひとつ

写真拡大

様々な父と子の関係性を主軸にした一話完結ドラマを、10人の名脚本家たちの競作でおくる企画「おやじの背中」(日曜劇場、TBS夜9時〜)。9月7日の9話は、目下、毎週木曜10時に「昼顔〜平日午後3時の恋人たち」で、視聴者の心を鷲掴んでいる脚本家・井上由美子による「父さん、母になる!?」。
井上由美子効果なのか、視聴率が1話「圭さんと瞳子さん」(岡田惠和脚本)の次に高かった。

ストーリーはこんな感じだ。
大手ゼネコンの土木工事部で、主に橋をつくっていた新城勝(内野聖陽)が、突然会社を早期退職してしまった。長男の達也(神木隆之介)は、元々、父が仕事人間で家族を省みないことに長らく不満を抱いていたが、いざ会社を辞めたと言われると、動揺を隠せない。ちょうど、就職活動に父のコネを頼ろうとしていた矢先だったのだ。
妻・絵美(夏川結衣)も勝を責める。というのは、勤めているアパレル会社勤でブランド部長という出世コースに乗れる話が持ち上がったところだったのを、家事のために断ったばかりだったから。
そこで勝は、自分が主夫をやるからと、妻にブランド部長を引き受けるよう提案し、翌日から家事をはじめる。
が、勝はやったことのない家事に四苦八苦。そうこうしていると、ある日、次男・寛太(高木星来)が大変な問題を起してしまう。

主夫になった勝が、慣れない家事をやる様が、もの悲しくも愛らしく描かれている。エプロン姿の内野聖陽がチャーミングだ。
軽妙なタッチは、「昼顔」のドロドロとはまったく違う。
だが、一瞬、一部の期待に応えたかのような、シャレが利いたシーンがある。
勝が「合い挽き肉 合い挽き肉」とつぶやいてスーパーで買い物するシーンだ。
「合い挽き肉」から「逢引」を連想してしまった人、「昼顔」ファンですね。

さらに、スーパーで会った近所のうるさ型主婦(久本雅美)に「どうして会社辞めたんですか?」と聞かれた勝は、泣き真似したかと思うと、「会社の金を使いこんで、女子社員と不倫して、社長を殴り倒しました。そう言えば満足ですか?」と主婦を馬鹿にしたようなことを言って、去っていくのだ。

その時点で、勝の気持ちは誰にもわからない。
やがて、勝がなぜ会社を辞め、どういう気持ちで主夫をやっているか、その真実がわかっていく。

そこで活躍するのは、達也の彼女・のぞみ(岡本あずさ)。
家族4人でなにかと物語が閉ざされてしまいそうなところに、彼女が、伝書鳩のように、様々な展開のきっかけをもたらしてくれるのだ。
まず、達也とふたりして、なかなか内定がとれなかったが、彼女が一足先に内定が決まってしまうことで、達也のいら立ちを増加させる。
内定がとれた会社が不動産会社だったので、関係深い勝の会社を調べたことによって、勝の退職には深いわけが隠されているのではという疑惑が持ち上がる。
その話をしようと、のぞみが達也の家に訪れたところ、ひとり家にいた寛太の起した事件に出くわしてしまう。
なんて、役立つサブキャラなのだろうか。その役立ちぶりが、実に自然にストーリーに盛り込まれているので、ご都合主義ぽーい!とまったく思わない。

そして、寛太の起した事件も重要。小学校で上演されるお芝居で、シンデレラのお姉さん役をやることになった彼は、衣裳を用意しないといけないが、母は仕事で忙しく、家にいるのは父で、頼れない。そこで、つい隣の家の女の子の洋服をとってしまい、前述のうるさ型主婦の逆鱗に触れてしまう。

結果、勝が夜なべして衣裳をつくり(眼鏡をかけてミシンをかける内野聖陽がチャーミング)、お芝居は大成功。
寛太役の高木星来の歌と演技が驚くほど巧く、寛太天才演劇少年のようなことになっていて、それを見ながら、勝が「大事なのは、自分の役を心から楽しむことだ」と演技論のようなことを語るとき、勝から少しだけ俳優・内野聖陽がすけてみえたような気がしてしまった。
それにしても、シンデレラの姉を演じているときの高木星来は、ゆくゆく神木くんのようになりそうな可能性を感じさせた。

そしてこれは、外の仕事も家の中の仕事も、自分の仕事(役)を心から打ち込めというメッセージにつながる。
達也のバイト先のやきとり屋の店長も「人生賭けてやきとり屋やってるんだ」と言って、就職できないからとやきとり屋のバイトに戻ることを拒否するのだ。

弟もバイト先の店長も自分の任務に全力を賭けている。のぞみも内定をもらうまで、「落ち込んでる人材なんて会社だってほしくないでしょ」と前向きだった。
達也だけが、前向きに全力を出せない。
冒頭、会社の面接で、明らかに面接用の感じのいい台詞を上っ面で語って落とされてしまう場面に、達也が本気でやっていないことがにじみ出る。
それが、最終的に、彼の心が変化したときの面接では、目にも言葉にも魂が入っている。その差異を、神木隆之介が的確な演技で見せた。

そして、勝。
長年、懸命に働いてきたが、橋の新築工事の設計ミスの責任をとって辞めたことが明かされる。
主夫の仕事を選んだのは「もう別の会社で働くエネルギーが残ってなかったからだ。空っぽの抜け殻だったからだ」という台詞が痛ましい。こういう圧倒的な熱情とその喪失を演じさせたら内野の右に出る者なし、である。
が、主夫をやってみて感じたのは、「甘かったよ、家事はすかすかの抜け殻にできる仕事じゃなかった」ということ。
大きいプレッシャーを抱えながらも、ずっと愚痴ひとつ言わずに会社勤務をしてきた勝の愚痴を、絵美がいつでも聞く気で、毎日家の中で待っていたのだ。そんな彼女がいたからこそ仕事をやれたのだと勝は気づく。

出世コースにのったことで、妻が、嫉妬などの仕事以外の人間関係に見舞われたことを経験上、話を聞かずとも感じ取った勝が、あえてひとりで乗り越えるように突き放す場面がいい。高台にあるベンチに座ったふたりには、お互いの仕事を体験したことで、語る言葉が生まれてくるのだ。
こうして夫婦の深い相互理解が描かれたあとは、ドラマのハイライト、父子の和解が、派手な喧嘩を通して描かれる。

もうすぐ休日が終わろうとしている夜、このドラマを見ながら、家族が各々の役割を改めて噛み締めながら明日への心の準備をする。すべての家族、すべての働くひとたちへの愛情のこもった、日曜の夜には理想的なドラマだった。

そして、今夜、TBSドラマに初参加の三谷幸喜が、「おやじの背中」のラストを飾る。キャスティングはフジテレビドラマのようなのだけど、どんな父子像が描かれるのだろうか? (木俣冬)