Season4の第3話「神奈川県足柄下郡箱根町のステーキ丼」の舞台になったと言われる本命店のステーキ丼のオマージュレシピ。本物は、赤出汁のほか、温泉卵、おろしポン酢など味わいに変化がつけられる小鉢もついてくる。

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テレビ番組でも、雑誌でも、Webでも食べ物を題材にしたすべての企画に通底するものは「“うまそう”を伝えられているかどうか」。これに尽きる。だがこれほど単純なことが実に難しい。ただタレントが「うまいうまい」と言うだけでは何も伝わらないが、説明し過ぎると興が醒める。高級な食材や料理は確かにうまそうに見えるものの、日常からは少し縁遠く共感が得られにくい。

といっても『孤独のグルメ』に登場するような大衆食の魅力を伝えるのもまたむずかしい。誰もが知る日常の大衆食──。「ハレとケ」という概念で言えば間違いなく「ケ」の食事は決して華やかでなく、豪奢でもない。しかも『孤独のグルメ』に限っては酒が介在しない。「唐揚げ×ビール」というような組み合わせの力技で「うまそう!」を刺激するという手段が使えないのだ。演出と松重豊という主演俳優の演技を中心に、食欲を刺激し、“夜食テロ”を起こしている。Season4の第2話「中央区銀座の韓国風天ぷらと參鶏湯ラーメン」は、演出と井之頭五郎役の松重豊の演技ががっつり噛み合っていた。

久しぶりの銀座の地に立った井之頭五郎。「今日は銀座のひとりメシだ」と気合いを入れたものの、どこで食事を食べるか悩みながら歩くうちに銀座の外れ、ほぼ新橋のあたりまで来てしまう。そこで韓国料理店に吸い込まれる。そこで例によって「それもください」と注文しすぎるくらい注文した揚げ句、最後に參鶏湯ラーメンを注文するという暴挙に出てしまう(頼みすぎるのは、いつものことだが)。

■「すするシーン」の恐るべき訴求力
スープをツイーと一口。「はあああ、やられたあああ。うんまいなあ……」と心でつぶやくと同時に麺をすすりにかかる。まず、一口目は「すっ、すずっ、ずっ、ずっ!」と4すすり。二口目は「すっ、ずっ、ずっ……、ずずっ、ずーっ」と5すすり。さらに三口目の「すっ、ずっ、ずっ、ずっ、ずぅ、すぅ、つぅ」6すすり半、四口目「すぅ、ずっ、ず、つぅ」と4すすり。その前に小皿料理を数品頼んでいるのでここで落ち着くかと思いきや、參鶏湯ラーメンに入っているもち米やスープを「こういうラーメンがあったとは……(心の声)」と言いながらスープをすすり、五口目の「すっ、つぅ」(2すすり)、六口目「すっ、つつっ、つっ、すっ…、すずぅ」(5すすり半)、続けざまに七口目「ずっ、つっ、ずっ…、つっつっつぅ」(4すすり半)。スープをすすり、八口目の「すっ、つつつぅ」(2すすり半)で麺を食べきる。合計だいたい34すすり。

かつで『孤独のグルメ』で「麺のすすり」がここまでフィーチャーされた回はなかった。改めて過去の放送分を確認したところ、Season1の第5話の焼きうどんは一緒に頼んだ親子丼に尺を食われ、第7話のナポリタンはフォークを使っているため、すすりが甘い。第12話のソーキそばや、Season2の第11話の鶏の汁なし麺の回、一杯分全部を食べきるところまでの映像は使われていなかった。Season3の第5話のラグマン(アフガニスタンのうどん)もフォークなので、やはり麺のすすりが少ない。

ところが、今回の參鶏湯ラーメンを食べるシーンでは、少しずつすすりの強弱とリズムを視聴者の耳を飽きさせることなく、ひたすらすすり続けた。力任せとも思えるようなすすり方が、舌と胃袋を強力に刺激した。

実際、うまそうに「麺をすする」シーンは、「うまさ」を伝える装置になる。われわれはすすることが、いかにおいしく麺を食べることと直結するか知っている。

麺を勢いよくすすると麺は口腔内の上あごの奥のところにある「軟口蓋」という部分に当たる。そのこと自体が快感を生み出す。『あれは錯覚か!? 超人気グルメのぶっちゃけ解剖学』で解説されているが、軟口蓋に麺が当たると強制的に脳の快感スイッチが入るという説がある。

さらにもうひとつ。『COURRiER Japon (クーリエ ジャポン)』2014年 06月号の特集、「日本の『国民食』ラーメンはいかにして世界を虜にしたのか」でも解説されていたが、麺をすすることは口のなかに空気を送り込むことで、より嗅覚を使った食べ方になる。味覚は「五味」だが、嗅覚(臭覚)は約6000種の匂いを嗅ぎ分けることができる。すすって空気を取り込みながら麺を食べることは、より深くうまさを味わうことにつながっている。しかも麺の主成分である炭水化物と、スープに浮く油は、舌ではなく脳に直接訴えかけるうまさがある。おまけに嗅覚は記憶や感情を呼び起こす力が非常に強い。

つまり少なくとも日本人のように、すする食習慣がある国民はうまそうに「すするシーン」を見かけると、「性的なものにも似た快感」と「脳に直接訴えかけるうまさ」、そして「嗅覚を活かした豊かな味わい」が記憶や感情を含めて想起してしまうのだ。

■「食べる芝居」が花開いた松重豊という才能
もっとも「麺をすする」という行為をフィーチャーするのはリスクも大きい。外国人はもちろんだが、日本人でもあの音に生理的な嫌悪感を覚える人も少なくない。しかし松重豊という役者の「食べる芝居」はその嫌悪感を軽くする。

ひとつは所作の美しさだ。松重豊は非常に姿勢がいい。背筋が伸びているのもさることながら、座っていたとしても頭部がまっすぐ天に向かって伸びている。もともと箸の持ち手の親指を深くかけるクセがあったが、箸を持つ位置などで工夫をしているのか、Seasonを重ねるたびに箸の持ち方が美しくなっているように見える。あれだけの量をわしわしとかっこむ芝居をしているのに、口に物を入れるとき口内があまり見えないように食べているのも清潔感につながっているし、「麺をすするとき」でも不快な音を立てないよう気を使っている様子が伺える。

そして何よりも本気で食べるという徹底ぶり。『週刊SPA!』6月10日号の松重豊インタビューにも「撮影の前日の夜から制限して、当日は朝から何も食べません」「とにかくお腹の空いた状態で本気で食べるんです」と答えている。食べ方、勢い、食べるときの表情……。特に今回の參鶏湯ラーメンのシーンでは、空腹は最高の調味料であるということが、画面を通じて腹が鳴るほどに伝わってきた。

ちなみに番組の最後にチラリと流れる次週予告で「神奈川県足柄下郡箱根町のステーキ丼」が発表されると、気の早いファンがTwitter上などで「来週のステーキ丼がヤバイ」と盛り上がりまくり。しかも本命と目される店舗は、放送翌日の木曜日は定休日。その後も当分はかなりの混雑が予想される。それでなくても深夜にステーキ丼という何とも罪作りなメニューの登場に、 “夜食テロ被害者”が悶絶する様が目に浮かぶ。

というわけで、本日は本命店のステーキ丼の味わいを目指した「ヤマカンオマージュレシピ」を書いておくので、本物にありつける日までのご自宅用代替メニューにしていただきつつ、客足が落ち着いたであろう頃に、ぜひ箱根を訪れて本物に舌鼓を打っていただきたいと思います。ともあれ本日の深夜の夜食テロに耐えられそうにない方は、スーパーが開いているうちにお肉だけは買っておいていただけるとよろしいかと思われます。

<材料>
和牛ステーキ肉(サーロイン、リブロース、肩ロースなど適度にサシの入った部位) 150g
ごはん 200g(丼に軽めに一杯)
和牛牛脂 1かけ
かいわれ大根 少々
長ねぎ 少々
わさび(できれば生わさび) 適量

<タレの調味料>
醤油1:酒1:砂糖1:水2

【1】かいわれ大根は半分の長さに。長ネギは3cm程度の長さの千切りにする。わさびはすりおろす。牛ステーキ肉には薄く(半つまみ程度)塩を振る。
【2】調味料をすべて合わせて火にかけ、ひと煮立ちさせる。ごはんを丼に盛る。
【3】フライパンを強火にかけ、牛脂を溶かす。煙が立ち上るくらいまで熱くなったら、牛肉を入れ、いじらずに焼き目をつける(厚さ約1cmの場合、片面約40〜50秒ずつが目安)。焼き目がついたら、取り出して斜めにそぎ切りにし、ごはんに乗せる。タレをまわしかけ、かいわれ、長ねぎをあしらって、わさびを添える。
(松浦達也)