7月19日から公開しているスタジオジブリ最新作「思い出のマーニー」。
悪いオタクとしては、「アナと雪の女王」(サイコー!)や「マレフィセント」(サイコー!)、おまけに「少女革命ウテナ」(サイコー!)と比較しながら1万字くらい語りたいところだが、ここはぐっとがまんして、作中のあの曲についてのお話を。

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スタジオジブリ最新作「思い出のマーニー」。「借りぐらしのアリエッティ」の米林宏昌監督作品で、これまでのジブリにはあるようでなかった「ガール・ミーツ・ガール」が、7月19日に公開された。
喘息のため、夏休みの間だけ北海道で療養することになった杏奈(あんな)は、湿地の先の大きな屋敷に興味を持ち、1人の少女と出会う。彼女の名前はマーニー。杏奈とマーニーは惹かれあい、すぐに打ち解けるが、彼女には秘密があって……。
マーニーの謎めいた魅力、杏奈のかたくなさの理由、独占欲や恋にも似た同性への感情ーーそして、クライマックスで描かれる「許し」と「愛」。「ジブリといえば宮崎駿・高畑勲」「ジブリの後継者はいったい誰だ!?」というような世間の騒ぎ方をやわらかく崩していく素敵な作品だ。

「思い出のマーニー」の作中で使われる曲に、強く印象に残るものがある。
「アルハンブラの思い出」。
おそらく多くの人が聞いたことがあるだろう。物悲しく切ない旋律が耳に残る曲だ。

この曲は何回か使われる。最初に登場するのはダンスシーン。
屋敷のパーティーに訪れた杏奈。けれど、大人たちばかりのパーティーになじめない。マーニーは知らない少年と親しげに話し、ダンスを踊っている。「ダンスが上手なのね」と刺々しく言う杏奈を、マーニーはダンスに誘う。そこでマーニーがハミングするのが「アルハンブラの思い出」。2人の少女はその曲に合わせて踊る。
すでにこの時点で泣く。「思い出のマーニー」が、「アルハンブラの思い出」を口ずさむのだ。マーニーの柔らかな声で歌われているので多少明るく聞こえるが、やはり寂しく、社交的なダンスにマッチする曲ではない。
「アルハンブラの思い出」って、いったいどういう曲なのだろう?

「アルハンブラの思い出」は、タレガ(タルレガ)によって1896年に作られた曲。スペインのグラナダにあるアルハンブラ宮殿を訪れた際に生まれたものと言われている。
アルハンブラ宮殿は、もともとはイスラム王国の人々によって作られ栄えていた。しかしレコンキスタによって陥落し、キリスト教徒の持ち物となる。
かつては栄えていたもの、持ち主が変わるもの。湿地の屋敷はアルハンブラ宮殿と重なる。タレガは宮殿の噴水を見てこの曲を思いついたとも言われており、屋敷を取り囲む「水」のイメージともつながっている。本作ではマーニーと屋敷は切っても切り離せない関係にあるので、屋敷と「アルハンブラの思い出」のもつ哀愁はそっくりそのままマーニーの哀愁だ。

「思い出のマーニー」の話題を呼んだキャッチコピーは「あなたのことが大すき。」だが、ボツになった案に「ふたりだけの禁じられた遊び」というものがある。
確かに作中で2人は「秘密」という言葉を繰り返すが、「禁じられた」というほどではない。このボツ案の発想の出どころは、やはりフランス映画の「禁じられた遊び」だろう。
「禁じられた遊び」の中で用いられている有名な曲は「愛のロマンス」(あまりにも映画が有名すぎて、曲名ではなく映画名で呼ばれることもある)。
「愛のロマンス」はスペインの曲で、「アルハンブラの思い出」とかなり雰囲気が似ている。キャッチコピーを考える際、マーニーが口ずさむ曲が「アルハンブラの思い出」と決定されていたとは限らない。けれど、もし決まっていたとしたら、「禁じられた遊び」というフレーズは曲のもつイメージから想起されたのかもしれない。
ただし、マーニーが口ずさむのは、「愛のロマンス」ではなく「アルハンブラの思い出」でなければいけなかった。「愛のロマンス」は「禁じられた遊び」の映画のイメージが強すぎるからだ。
死と残酷な恋ではなく、時間の流れと哀切。
「アルハンブラの思い出」はたくさんの作品で使われているが、「思い出のマーニー」の中ではまさにマーニーのテーマソングとして働いている。このことは、すでに発売されているサウンドトラックからもうかがえる。収録されているこの曲のタイトルは「思い出のマーニー(アルハンブラの思い出)」となっているのだ。

今回の作品で、変わったのは監督だけではない。ジブリの音楽と言えばおなじみの久石譲も「思い出のマーニー」には参加しておらず、1978年生まれの作曲家・村松崇継が担当している。
けれど、シーンにふさわしい曲を選び、作る丁寧さは、これまでと全く変わってはいない。
(青柳美帆子)