ベンチャー起業家ならではの生のアドバイスが多数収録されている

写真拡大 (全3枚)

ベンチャーの起業にはハイリスク・ハイリターンというイメージがつきものです。しかし、起業家が増えなければ日本経済は活性化しない。だからこそ、もっと起業のイメージをカジュアルにできないか・・・。そんな電子書籍が出版されました。「起業すると月曜日が楽しくなる! 『好き』で会社を作る」です。

著者は麻雀オンラインゲーム「Maru-Jan」の開発・運営などで知られる、シグナルトークの栢孝文氏。2002年に会社が設立され、2004年に「Maru-Jan」のサービスを開始。運営10周年を記念しての上梓となりました。好きな人にピンポイントに届けられる、電子書籍ならではのコンテンツとなっています。

子どもの頃からゲーム開発者になることを夢見て、大学院卒業後にセガに入社。ソニー・コンピュータエンタテインメントを経て2002年に起業し、オンラインゲームでは初といえるプロジェクトファイナンスに挑戦した栢氏。約1年をかけて個人投資家などから5460万円の資金を調達し、「Maru-Jan」の開発・運営を成功させました。近年では、認知機能をチェックできるWebサービス「脳測」などで、健康事業にも参入しています。

本書で栢氏は「起業の醍醐味は決定権が握れること」「資金調達には借金ではなく、投資を活用すること」「そのためには自分が本当に好きな分野で起業すること」を強調します。念願が叶って大手ゲーム会社に就職した栢氏でしたが、当時はニンテンドーDS・Wiiの発売直前で、ユーザーの「ゲーム離れ」が問題になっていた頃。新規プロジェクトがなかなか通らず、自由を求めて起業の道を選択したのです。

ただし、起業時の自己資本はわずか10万円。オンラインゲーム開発など夢のまた夢でした。そこで銀行を振り出しに、ベンチャーキャピタルや個人投資家の間をまわって、事業説明を繰り返します。その数、なんと800名以上。断られるたびに事業計画書を練り直し、地道な営業を繰り返して、1年後に目標額に到達しました。この時のお金は3年間で約1.8倍の金額にして返済しており、以後は売り上げのみで会社を運営しています。

もっとも、いくら開発資金があっても「ゲームビジネスで、狙って当てる」のは至難の業です。特に栢氏が選んだオンラインゲームの世界では、当時すでに有料ゲームから無料ゲームに流れが移行していました。にもかかわらず、1プレイいくらというゲーセン感覚の有料麻雀ゲームに挑戦したのです。本書では具体的な開発経緯については特に触れられていませんが、ここでも「麻雀が三度の飯より好き」という栢氏のこだわりが功を奏したのは、想像に難くないでしょう。

起業を奨励する立ち場から、本書ではあえて強調されていませんが、読了すると改めて「憧れだけでは起業できない」ことが良くわかります。起業すると自由が手に入る。だから借金で資金調達し、尻馬に乗って成長分野に参入し、運転資金がなくなって倒産する。失敗の黄金パターンです。もちろん、失敗を糧に再挑戦できれば良いのですが、往々にして日本では、一回の失敗が致命傷になりかねないのも事実ですよね。

むしろ栢氏は前述のように「開発資金は借金ではなく投資でまかなう」ことが重要だと指摘します。投資だから失敗しても返済義務はないわけです。しかし、そんな「斬新すぎる」ビジネスに、ポンと投資をしてくれる人がいれば、苦労はしませんよね。だからこそ創業者には事業に対する情熱や、人を巻き込む力が必要になります。そのためにも本当に好きな分野でなければいけないというわけです。

実際、800人にもダメだしされたら、そりゃ凹みますよね。でも本当に自分がやりたいことだから、ダメだしを糧に事業計画書をブラッシュアップして、投資家回りを続けられた。ここが本書のポイントです。今ならインターネットで小口投資を集めるクラウドファウンディングもあります。ここでもモノを言うのはプロジェクトを立ち上げるリーダーの情熱やビジョンです。この点でも参考になるのではないでしょうか。

栢氏の「好きっぷり」は働き方にも現れています。会食も途中でお酒から水に切り替え、帰宅後に仕事の続きをするほど。なぜなら「仕事をしている時が一番楽しい」からです。なぜ、そんなにも働けるのか。楽しくて仕方がないからです。自分が本当に好きな分野で、決定権が自分にあるからです。だからこそ、趣味と仕事が一体化できるのです。むしろ「今のご時世、起業せずに社内で悶々としている方がリスク」だと言い切ります。

ちなみに筆者は個人事業主(フリーランス)なので、この感覚が良くわかります。新卒で7年務めた出版社を飛び出して、フリーランスになりました。会社組織では社長や上司は選べませんが、フリーランスなら嫌な人とは二度と仕事しなければいい。仕事の決定権が自分にあるんです。もちろん実力さえあればの話ですが、だからこそやりがいがあると言えるでしょう。

ただし起業(法人化)しようとは思いませんでした。なぜならライターは一人で仕事ができるからです。会社組織にすると大きな仕事に取り組めますが、社員の生活を保障する責任も発生します。好きで起業したはずが、気がついたら資金繰りに追われて自転車操業なんてのも、良くある話です。他に今のご時世、仕事は生活の手段と割り切って、あえて会社に留まる選択肢もあるでしょう。最終的には自分の生き方であり、覚悟の問題です。

「あなたには起業してまで、やりたいことがありますか? そのための覚悟がありますか?」優しい語り口の影で、本書はこの問いを発しています。起業したくなったら、一度は目を通しておくとオススメです。
(小野憲史)

ライター小野憲史による動画版レビューもどうぞ