『アジア親日の履歴書』(辰巳出版)著者紹介
丸山ゴンザレス。犯罪ジャーナリスト、旅行作家、編集者。1977年生まれ。宮城県出身。バックパッカーとしてアジアを放浪した旅行記『アジア罰当たり旅行』でデビュー。丸山佑介名義で国内アンダーグラウンドシーンを取材するかたわら、国内外の危険地帯に潜入を繰り返す。著書に『旅の賢人たちがつくた海外旅行最強ナビ』『海外あるある』『図解裏ビジネスのカラクリ』『ブラックマネジメント』など多数。

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フリージャーナリスト、丸山ゴンザレスさんインタビュー後編。自身が旅をした経験談と、新刊『アジア親日の履歴書』へ込めた思いをうかがった。
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●世界一周は就活の役に立たない

───初めての海外一人旅は?

丸山 20歳になってすぐ、タイへ3ヶ月ぐらい行ったのが最初でした。海外を旅するときは、それほど長旅ではなく、1ヶ月とか2ヶ月ぐらいです。そのうち、仕事として旅の本を書くようになってからは、旅行者というより、観察者、取材者として海外へ行くように。ここ数年は一カ所に腰をすえて、2週間刻みぐらいで取材してます。

───90年代から現在にかけて、日本人観光客やバックパッカーに変化はありましたか?

丸山 破天荒な人に会うことは少なくなったかな。もはや、旅行することがそれほど破天荒なことではない。しっかりとした計画や目的がある人とか、意識の高い旅人に会うことが多いです。そういう人たちがむしろ旅に出ているように思います。

───意識が高い旅人とは?

丸山 ざっくりと言うと「あてのない旅」をしない人ですね。前は日本でドロップアウトして、先がどうなるか分からないまま、わりと自虐的な旅人もたくさんいたのですが、最近はそういう人に会わなくなりました。いるにはいますが、旅人というよりかは世捨て人みたいになっていて、他の人とは交流しない。むしろ、僕はそういう人たちを探してしまうけど(笑)。

───僕が旅をしていたときの話ですが、バックパッカーと出会うと、思ったよりも偏差値の高い大学を出てる人が多かったです。早稲田大出身とか、現役京大生とか。

丸山 うん、分かる。慶應のSFCの人とはよく旅先で出会ったよ。なんか知らないけど(笑)。……これはねえ、旅行ライターのあいだでもよく議論になる。やっぱり旅は、知らないことだらけの異文化圏に直接入っていくという行為だから、古来から続く、ある意味で知的好奇心を満たす究極のありかた。となるとある程度、勉強をしたい人とか、知りたい欲求の高い人が多い。だからその意味では、フリーターでも無職でも学生でも、何も考えていない人は少ないです。とは言え、高学歴な人は相対的に多く見えるだけだと思いますけど。……まあ、学生のうちからよく旅をしている人って、大学では少し浮いてるよね(笑)。

───僕も浮いてました(笑)。ところで、アジアの各地に日本人宿(※注 宿泊客の大半が日本人で、長期滞在者などを中心にコミュニティを形成しているような安宿のこと。観光するでもなく一定の場所に留まる、通称「沈没者」と呼ばれるバックパッカーが滞在していることも多い)がありますよね。物価が安いこともあり、目的もなく海外で長期間生活を続ける、いわゆる「外こもり」の人たちはどうでしょう。

丸山 統計的にはともかく、実際にはそういう人たちにはほとんど会わないです。まあ、かっこつけて「俺は外こもりだ」とか言う人はいますけど。それをかっこいいと思っている時点でどうかな。日本国内の生活がシビアだからこそ、無目的に旅をする人たちはめったに見ない。特に世界一周航空券の影響で、それこそ「就活のために世界一周しました」っていう人がいるじゃないですか。

───たしかにいますね。今はネットも発達して、一人旅への敷居が下がっているという話をよく聞きます。なんとなく世間では世界一周旅行はキャリアになるというイメージを勝手に持っているのですが。

丸山 ならないよ(笑)。そんなの全然聞いたことないし。役に立たないよって言われているのに、やっちゃうんだよな。アピールポイントになると思ってるのかな。会社の採用担当が見たってポイント高くないですよ。

●現地の人と隠された財宝の話とかしてみる

───本のなかには、近現代史だけではなく、日本と各国を結ぶ細かいエピソードも入れられています。

丸山 僕が『アジア親日の履歴書』を書いた理由は、その国へ実際に行ってみてほしいということ。現地の人たちと話してほしい。だから、話題にしやすいエピソードもピックアップしてる。たとえば、LCC「エアアジアX」(※注 マレーシアの首都クアラルンブールと東京の羽田を結ぶ格安航空会社)の話を書いてみたりとか。たとえば、インドの独立運動家ラス・バハリ・ボース。お尋ね者となり日本へ渡ったとき、彼を匿ったのが新宿中村屋の創業者だった。その縁があって中村屋は純印度式インドカレーの販売を始めたという逸話だったりとか。歴史と文化を現在にリンクしやすいようにしています。ほかにも「Superdry 極度乾燥(しなさい)」(※注 イギリス発のファッションブランド名。不自然な日本語をモチーフにしたデザインがアジアを含む全世界で人気を博している)についてのコラムとかもね。

――「Superdry 極度乾燥(しなさい)」のことはこの本を読むまで知りませんでしたが、アジア各国でも日本語って人気がありますよね。だいたい使い方が間違っていますけど。

丸山 さすがに日本では売られてない(笑)。でも他の国では人気ブランドですよ。シャツ1枚で1万円を超えますから。他にも、フィリピンの「山下財宝」の話とかも入れてます。まあ、徳川埋蔵金伝説みたいなものです。

――フィリピンで山下財宝の話をすると、現地の人はどのような反応をするのですか?

丸山 人によってはくいつく。「なんで、来たの?」「財宝を探しに来た」「マジか」的な(笑)。ウケるじゃないですか。そういう話題のほうが重要だったりする。いつまでも、日本軍が占領してうんぬんという話題をふるよりも、話が弾むしね。

●「あのとき統治しやがって」と蒸し返されることはない

───丸山さんが直接経験された、具体的な「親日」エピソードというものはありますか?

丸山 「親日」エピソードってほどではないですが、たとえば泰緬鉄道(※注 第二次世界大戦中に日本軍によって建設されたタイとミャンマー〔当時ビルマ〕を結ぶ鉄道)の跡地に行って、現地の人に話を聞くと、「あのころは景気がよかったんだよね。日本人がいっぱい来てさ」って話してくれたりする。半世紀以上前の話を憎しみとともに語る人というのは、そんなにいない。だから、あんまり消極的にならずに、各国の歴史と日本との関わりを知ったうえで、現地へ行ってみてほしい。知らずに行くと、僕がカンボジアで味わったような、妙に寂しい気持ちになるので。

───といいますと?

丸山 カンボジアやベトナムへ行ったときの話です。戦時中、日本軍はアジアの国々へ進出し、統治したり、傀儡政権をつくったり、協定を結んでいましたよね。でも、いざ現地人と触れ合えば「日本人だから嫌いだ」などと言われることはまったくと言っていいほどない。

───僕が旅したときも、確かにそうでした。

丸山 ですよね。僕が20代の頃、初めてそれらの国へ渡航したとき、こういった歴史的な経緯は意識していなかった。知っていると言えるほど知ってもいなかった。インドシナ戦争、ベトナム戦争、その前後に起きた戦争・紛争を含めて、もともとこのあたりの国々が争っていたということすら全然知らなかった。日本軍が統治したとか、侵略したこと以上には。太平洋戦争以後もその国には半世紀以上の歴史がある。その間にもっとキツいことがカンボジアでも起きているし、ベトナムでも起きている。ある意味、現代の彼らからしてみれば、はるか昔に日本軍がやったことはどうだっていい。ただ、僕たち日本人がその国の歴史を知らないということには、がっかりされる。「日本が来て、戦争して、俺の国を統治したんじゃないの? お前、知らないのか!?」ってね。だからといって「あのとき統治しやがって」と蒸し返されることはない。

───恥ずかしながら、僕はアジアにいるとき、その国々の歴史や、日本が何をしてきたかをほとんど知らなかったんです。だけど、現地の人たちからそのことを意識させられることは、あまり多くなかったように思う。

丸山 第二次世界大戦後の約70年の歴史のほうにも、もっと注目するべきなんですよ。今、日本が侵略したり、統治していたことを問題にする国は、アジアのなかでは少ない。むしろ「今」はどうなの?ということを話すことができる。それが、この本で掘り下げていったアジア諸国と日本のつながりだと思います。

●もし日本以外のアジアの国で生まれていたら

――『アジア親日の履歴書』のスタート地点はどこですか?

丸山 僕が仮定的に考えていたのは、海の向こうにいる人たちも、同じ人間で、同じような悩みをかかえた同じような人たちだから、同じように考えているはずだ、ということ。そこがスタートだった。アジア近現代史をまとめつつも、旅目線とか現地目線を少しずつ混ぜているのはそういうわけ。これだけを切り取ると卑近すぎるので、拡げるようにはしてますけど。なるべく同じ目線に立って、僕が、もしあっちの国に生まれていて、日本という国を好きになるとしたら、なぜなんだろう? その立ち位置から考えたかった。僕なら、おじいちゃんとおばあちゃんが日本のこと話してくれたけど、あれはどういうことだったんだろう?って疑問に思って、いろんな人に聞いたり、調べたりするだろうな。だから、僕たちの祖父母あたりからの歴史が、日本への感情の一番の根拠になるんじゃないか。そんなふうに考えましたね。

――最後に『アジア親日の履歴書』を手に取る人たちへ向けて、一言お願いします。

丸山 この本の表紙には、富士山のイラストが描かれています。まず、本の帯をとってみてもらいたい。……富士山のふもとで、たくさんの人たちが歓声をあげている。この本は、海の向こうで待っている人たちをイメージして書きました。批判的な国際関係本というよりは、旅行本に近いものだと思って、重苦しいく考えずに、特に目次で断念せずに(笑)。ページをぱらぱらとめくってみて、気になるコラムからでもいいので、読んでもらえれば。去年『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』という本も出しました。よりガイドブックに近い内容です。こちらも合わせて、旅をしてみてほしいな。現地へ行かなければ分からないことを『アジア親日の履歴書』で拾いたかった。行けば分かる。この本に込めた思いです。でも、行かない人にも伝わって欲しい。そして最終的にはこの本を持って、旅立ってもらいたい。

(HK・吉岡命)