丸紅代表取締役会長 朝田照男氏

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■「80点の企画書で行動せよ」

丸紅には12の営業部門があり、世界各地に拠点があり、それぞれ商品も顧客もビジネスモデルも違う。そんな環境でトップとしてどう考えればいいのか。

答えは「現場と話す」ことだ。各営業部門の部門長である執行役員と直接話す。各部門の現状を把握し、自分の考えが正しい方向にあるのかどうかを確認し、ずれているなと思ったら、すぐに軌道修正をする。そうやって頭の中で情報を常にアップデートしておく。これが丸紅のトップとして物事を考えるうえでのスタートラインになる。

しかしながら、部下からのレポートだけでは、正確な情報のアップデートはできない。そういうレポートからは、往々にしていい話しか上がってこないからだ。そして、問題が発覚したときには時すでに遅しということになる。

例えば含み損が出たときも、早めの段階で、気軽に私に声をかけられる状況をつくり出すことが重要だ。常にこちらから話しかけ、部下から正確な情報を引き出すことができなければ、いつの間にか「裸の王様」になってしまう。

特に、情報の差がビジネスに直結する商社の場合、経営者が常に現場に入り込んでいないと、正確な思考も判断もできない。最新の情報を正しく把握できていなければ、考えようにも考える材料がないからだ。2001年、丸紅は危機的状況に陥った。今にして思えば微々たる利益に浮かれ、リスクマネジメントもできていない状態で1990年代を過ごし、00年代に入って丸紅は、巨額の負の遺産を一括処理せざるをえない状況に追い込まれた。

あのときは、全社員で大きな危機感を共有することで、どうにか乗り切ることができ、それからは危機に対して対応が素早くなった。私も執行役員として重要な学びがあったが、それは「どんな厳しい状況でも、強みを持つ分野は攻め続けることができるので、信じて攻め続けるべき」ということだ。

その後、08年に社長になって半年後、リーマンショックが襲いかかったときには、私はトップとして、過去の教訓を生かすことができた。01年の危機がトラウマになってしまうと、何ごとにも及び腰になって丸紅の将来も消えかねない。基本的に投資は抑えるものの、丸紅の成長に必ず寄与する得意分野や有望分野は、攻め続けようと全社員に語りかけた。

何を攻め、何から退くか。そんなバランス感覚を大事にしたからこそ、リーマンショックのときには大きな傷を残さずに、成長も確保できたのだろう。そして今、世の中では欧州発の危機が騒がれているが、私はリーマンショックほどの深刻な危機とは捉えていない。

私は物事を考えるうえで、若いときから3つの軸を大切にしている。(1)ぶれない判断力、(2)勇気ある決断、(3)スピード感を持った行動力だ。「ぶれない」と言っても、多岐にわたる事業の1つ1つの中身まで詳細がわかるのは不可能に近い。それでもぶれない判断力を維持するには、現場とのコミュニケーションを続けるしかない。そして最終的に勇気ある決断を下すのだ。

例えば損切りをするにも勇気がいる。「もう少し我慢」と先延ばししているうちに巨額の損につながってしまう。こうした損が積み重なって、結果として大損したのが10年前の危機だった。今は徹底的に損を切り、最小限で食い止める。それができるのも、常に状況を見ているからこそだ。

もちろん、スピードも大変重要なので、走りながら考える。私は常々「80点の企画書で行動しろ」と言っている。80点程度まで企画を詰めて、やるかどうか決断するのだ。あとは走りながら、顧客や取引先と一緒に100点に近づける。最初から100点満点の企画はありえない。総合商社のビジネスは、完璧主義にこだわっていたらライバルに先を越されてしまう。80点自体も自分1人でできるわけがなく、現場を回って80点に持っていくのだ。

アイデアが出てこなければ、“動く”ことで何らかの糸口がみえてくることもある。人に会って話を聞く。私が普段からマスコミや金融の関係者と話をするのが大好きなのは、多方面に目を向けて話を聞く姿勢こそが、突破口を生み出すと確信しているからだ。

■常に現場に寄り添ってリードする

「走りながら考える」うえで、CFO(最高財務責任者)的発想で物事を捉えることも、今の私に大きく影響している。私は総合商社のトップとしては珍しくCFO出身だが、この職務は、日本でもっと重視されるべきだと思う。

80年代に私は米国で衝撃的な場面を目の当たりにした。米国の企業と新しいビジネスやM&Aの話をするとき、全体的な責任者として交渉のテーブルにつくのは、みんなCFOだった。CEOが登場するのは、本当に最後のステージで、全体を取り仕切るのはすべてCFOなのだ。どの分野でもファイナンスは不可欠であって、そこを把握しているCFOが常にリードしていかなければ、プロジェクトは成功しない。

当時、私は30代。財務畑にいて財務部長になれるかどうかもわからなかったが、この光景を見て、「行動するCFO」の強さを確信した。

だから、財務部の一員としてプラント建設など大型案件を受け持ったときには、プロジェクトを少しでも円滑に進め、付加価値を高めようと、社内の担当部門や銀行にしつこいくらい足を運んだ。常に現場に寄り添いながらリードする「行動するCFO」こそが、会社を強くするという信念があったからだ。今、社長として、自ら現場に足を運ぶのも、この哲学があるためだ。

もう1つ、私の思考に欠かせないのがポジティブシンキングで、自他ともに認める明るい性格だ。経営者が暗かったら、社員が元気にプライドを持って営業に行けず、会社も伸びない。

この前向き志向や持ち前の明るさは、プレゼンテーションにも役立つ。同じことを話しても、話し方1つで相手への届き方が大きく異なる。例えば話の内容はいくつかの鍵となるフレーズだけ用意しておき、あとはその場で肉付けしながら“生き生き”と話す。思考法を磨くなら、最後に披露するときの伝え方も磨いておくべきだ。

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丸紅代表取締役会長 朝田照男
1948年、東京都生まれ。都立千歳高校卒。72年慶應義塾大学法学部を卒業し、丸紅入社。2002年執行役員、財務部長、04年常務執行役員、財務部長、IR担当役員、05年代表取締役常務執行役員、06年代表取締役専務執行役員、08年社長、13年から現職。父は元運輸省事務次官、元日本航空社長の朝田静夫。
[座右の銘・好きな言葉]「動中の工夫は静中に勝ること1100億倍」
[最近読んだ本]『ザ・ラストバンカー西川善文回顧録』
[ものごとを考える場所]家でも考えるが、80%は会社
[顧客の声を知る手段]取引をしているお客様と積極的に会って話す

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(斎藤栄一郎=構成 市来朋久=撮影)