『楽天イーグルス 優勝への3251日―球団創設、震災、田中の大記録・・・苦難と栄光の日々』(山村宏樹/角川SSC新書)
戦力も設備もなにもかも足りなかった球団は、どうしてここまで強くなれたのか。仙台、東北とともに歩んできたイーグルスの歴史を、創設メンバーの選手として昨年まで活躍した山村宏樹が、チーム関係者・選手の証言とともに振り返る。
0対26、二度の11連敗、首位から51.5ゲーム差、シーズン97敗……。
球団創設9年目にして初の日本一を達成した東北楽天ゴールデンイーグルスの、初年度(2005年)の歴史的大敗を示す記録の数々だ。
当時、この球団がわずか9年で日本一になれるなんて誰もイメージできなかったはずだ。

なぜ、楽天は優勝することができたのか?

最大の要因は、今季開幕からの連勝記録を更新し、24勝0敗(1S)という歴史的快投を演じた田中将大であることは間違いないが、短期決戦はともかく、長いシーズンを一人だけでの力で勝ち抜けるはずがない。勝利の意味を理解するには、単年だけでなく、この9年間をどのように歩み、歴史を積み重ねてきたかを探る必要がある。
そのための最適な書が、楽天のリーグ優勝直後に刊行されている。
『楽天イーグルス 優勝への3251日』
「3251日」とは、楽天球団が誕生した2004年11月2日から、今季パ・リーグを制した2013年9月26日までの日数を指す。ちなみに日本シリーズ制覇までは「3289日」だった。
筆者は山村宏樹。昨年まで楽天イーグルスの一員として活躍した元プロ野球選手であるだけでなく、9年前の球団誕生時から在籍した“生え抜き”選手の一人。球団を中から見た8年間、そして外から見たこの1年の様子が詳細に描かれ、球団史としても価値がある一冊だ。本書の帯に記された「この本には楽天の歴史が詰まっています」という嶋基宏のコメントがその証左でもある。

今回の優勝で楽天ファンになったニューカマーには、第4章「リーグを席巻した楽天イーグルス」がオススメ。
田中、則本、銀次といったチームに勢いをもたらす元気印。ジョーンズ、マギーの元メジャーコンビ。聖澤、藤田、松井稼頭央ら守備の要。そしてチームを支える嶋基宏と星野監督、etc. 日本シリーズにおいて活躍した選手たちの特徴、練習態度、エピソード等がふんだんに紹介されているので、ここを読むだけで楽天ファンに近づけるはずだ。

星野監督や嶋基宏が何度も発した「東北のために」という言葉をより深く理解するためには、第3章「東北の球団として向き合った『震災』」が必読。
一軍、二軍、移動組、そして仙台の家族やスタッフと、チームが4つに散り散りとなってしまった震災当日の様子や、有名な「見せましょう、底力を」に代表される嶋基宏の数々のスピーチで訴えたかったこと、避難所を見舞った星野監督が声を震わせながら発した言葉など、まさに「野球どころではなかった」当時の壮絶な環境を知ることができる。

本書では他にも、これまで楽天を支えてきた歴代の選手、指導者、球団関係者が数多く登場する。その中には、今回の優勝の瞬間をグラウンドで立ち会えなかった男達も数多くいるのだが、彼らの存在がまた魅力的なのだ。

球団創設のために各方面と交渉を繰り返し、選手だけでなく裏方も新チームに移行できよう奔走した初代選手会長・礒部公一。
合併後のオリックス行きを拒否し、最弱球団のエースとして奮闘。田中将大にエースとは何かを伝えた初代エース・岩隈久志。
フロントも現場も経験不足で食事や備品管理もままならない中、環境改善のため球団社長に直談判を繰り返した主砲・山崎武司。
野村監督の意図や考えをチームに浸透させるためにパイプ役となり、選手として、コーチとしてチームを支えた息子・野村克則。
突然のトレードでチームを去ることになった日、詰めかけたファン300人全員にサインをした、楽天生え抜きの象徴・渡辺直人。

わずか9年しかない歴史でも、語り継ぎたい男達が数多くいたことが、楽天イーグルスの「伝統」を醸成していく。
そして、その伝統を一緒に作り、楽天を支えてきたファンの存在とファンサービスの重要性について、本書で何度も言及されているのが印象的だ。
創設時の球団代表が「町中の子供に、楽天イーグルスの帽子をかぶってもらいたい」という夢を語っていたエピソードが紹介されているのだが、日本シリーズ第6戦・7戦で、球場の外に1万人以上が詰めかけた光景を見て、何を思っただろうか?
そしてファンの数・勢いは仙台市や宮城県だけにとどまらず、東北全体にも拡がっていく。私は福島県の出身なのだが、周囲の人間の会話に「楽天」が増えていたのを年々実感していたし、実際、東北6県全てでファン感謝デーを開催したり、シーズン中でも学校訪問を欠かさないなど、ファン離れによる球団消滅、という出自を持つからこそ、ファンサービスに関しては徹底してきた歴史が本書で記されている。
当初は勝っても負けても喜んでいたファンが、次第に「勝利」を求め、その声援の質を変えいったことも、チームを強くしたひとつの要因ではないだろうか。プロ野球チームを強くするのは選手やチームスタッフだけではなく、ファンの存在も欠かせないことがよくわかるはずだ。

著者は最後にこう綴る。
《ファン、選手、フロント、裏方……。9年間、楽天を支えてきた人々が繋げてきたものを今いる人たちが受け継ぎ、繋いでいく。全ての人のその意識の先に、この球団の未来の形がある》

(オグマナオト)