はやし・かいぞう/映画監督、京都造形芸術大学芸術学部映画学科教授、学科長。1957年京都府生まれ。86年、モノクロ無声映画『夢みるように眠りたい』で映画監督デビュー。『我が人生最悪の時』『遥かな時代の階段を』『罠』と、『私立探偵濱マイク』シリーズが人気を博す。映画、ネットシネマ、コミックと多様なメディア化された『探偵事務所5』プロジェクトを監修。2010年『大阪ラブ&ソウル-この国で生きること』(NHKドラマ・平成22年度文化庁芸術祭参加作品)の脚本を手がけ放送人グランプリ2011のグランプリ受賞。他に『二十世紀少年読本』『アジアン・ビート』などがある。

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映画『彌勒 MIROKU』は、これから期待の美少女たちが少年を演じる一方で、濱マイクシリーズで林海象とタッグを組んだ永瀬正敏が少年の成長した姿を演じている。ほかに、佐野史郎、井浦新、四谷シモンなどが出演。夢か現か摩訶不思議な世界感を高めている。
中には、映画が上映されている横で、音楽が生演奏されるという豪華バージョンもある。上映場所が京都、兵庫、青森、神奈川、東京と移り変わっていくので、生演奏の場合、そのたび、事前のリハーサルを入念にしないとならないという、映画と演劇の「間」のような作品だ。
10月18日、横浜赤レンガ倉庫、10月22、23日、池袋鬼子母神神社、紅テントで上映されたあと、横浜の映画館で半年間のロングランも決定。この先、あなたの街に『彌勒』が風のように現れ、心を激しく揺さぶってくれることを期待して待ちたい。この映画を作った林海象監督に、この奇妙な上映スタイルの可能性を聞いた。

(前編はこちら)

───映画で群衆が出てくる場面で、エキストラの中に混じって、等身大の人間の写真が立っていますよね。あれはどういうことですか?
林 エキストラが描き割りということを前からやってみたかったんです。ほんとは全部、描き割りにしようかなと思ったんだけど、ちょっとそこまで勇気がなくて、混ぜました。あれも、白黒だから効果的に見えるんですよ。あの違和感が面白いんですよねえ。
───リアルなのか幻想なのかわからない感じがいいですね。60、70年代の映画には、ああいう遊び心のある表現がよくありましたが、今、こういうアングラな手法をやるのは面白いですね。
林 何やってもいいっていう自由な映画ですから。逆にいうとそういうことを試せる現場でしたね。プロばっかりの現場だと、意図的になり過ぎるか、反対されるか、なんですよね。さりげなくやることがいいので。今回、学生たちは、監督が何を考えているのかわからないけれど、作れ、と言われたから作って、置けって言われたら置いているという、そういうのがいいんです(笑)。中途半端に知っているより、知らないほうが素直に取り組めるんです。少年時代は、本当にあるものと頭の中で想像しているものとが混在するものなんですよ。妄想と現実が。『彌勒』はそういう世界観ですよね。犬も人間も昆虫も、子供のときは同じくらいの存在感ですよ。鬼とか天狗とか宇宙人とか、そういうのが人間に混ざっていて、すべてが同価値に頭の中にいるわけですね。
───枠組みが狭められている中で、なんでもいいよって言ってもらえると、少年たちは自由に育っていく。
林 かもしれないですねえ。映画の中で、江美留役の永瀬正敏君が飲んでいるお酒は、本来は電気ブランですが、そのものを使うと面白くないので、学生にオリジナルのラベルを作らせました。そしたら「電撃ブラン」っていうのができてきて(笑)。永瀬くんが枕にしている辞書や、読んでいるショーペンハウアーの「随想録」も、本物を使うのではなく、本物のように作っているんです。どれも大映しにはなっていないけれど、学生たちが隅々細かいところまで作っているものです。わざわざ作る、そのプロセスが映画をよくしていくんです。作ることは勉強ですよね。
───宣伝スタッフも23歳だとか。その年齢で、下鴨神社の奉納上映の取材を仕切るってすごいことですよ。
林 映画を作って公開する作業は大変なことです。だけど、映画のプロの人たちって、大変だ大変だって言い過ぎなんですよ(笑)。大変だけど、面白いことがないといけないんですよ。例えば、神社の奉納上映なんて、準備はすごく大変ですよ。でもやったらすごく面白いじゃないですか。大変なのは、面白くて貴重な経験をするためであるっていうふうにならないといけません。だからぼくは、学生たちには、大変だとばかり言ってる人たちの元へは行くなと言っています(笑)。
───日本全国の巡回公演をやっているのですよね。通常の映画館とは違う、その土地ごとに全部違う場所で。中でも、唐十郎さんの紅テントで上映することがおもしろそうです。
林 これはいきなり頼んでもできないことですよね。これまでの長い長い唐さんとの交流の中で培った成果です。
───林さんは、東京に出てきたとき、唐十郎さんの劇団状況劇場に入りたかったけれど、こわくて尻込みしてしまったとか。
林 そうです、それで、寺山修司さんの天井桟敷に入ったんですよ。その後、映画監督になってから、状況劇場の方たちと仕事できるようになったんです。佐野史郎さんも状況劇場出身だし、『海ほおずき』という作品で、やっと唐さんに出演してもらえたんです。唐さんの舞台を何回も見にいって、やっと本丸と仕事をすると言うチャンスを得たんですね(笑)。唐さんはすごい好きです。書かれる作品もやられていることも。紅テントがやったことに比べたら、ぼくらがやっていることはまだ小さいですからね、絶対。紅テントは日本全国まわっているんですから。
───なぜ、生演奏や劇場以外の場所で上映することを考えたのですか。
林 下鴨神社での上映も面白かったでしょう。上映中に次第に三日月が空に上がってきたり風が吹いてきたり。映画に生演奏がつくのもそうで、そういう劇的なものをぼくらも見たいし、お客さんにも共有してほしいんです。京都発ということにも、こだわりがあります。『彌勒』は、最近、多い地方発の映画とは違うんです。たいていの地方映画は、結局、東京でやることが目的の東京型なんです。だから、『彌勒』は最初、東京に行かないと言っていたんですよ。さすがにそうはいかなくて。それで、まず、京都や兵庫で上映し、関東は第2弾の興行なんです。それも横浜からはじめますからね。
───監督は横浜に思い入れがあるのですか。
林 ありますね、やっぱり濱マイクの舞台になった場所ですから。
───東京は嫌いですか?
林 嫌いじゃないけど、東京のものはいっぱいありますから。
───『夢見るように眠りたい』は浅草が舞台でした。
林 あの頃(昭和30年代頃)の東京は大好きでしたよ。浅草は一番好きな町ですよね、あらゆる人が住んでいて。ぼくは東京に出てきてあそこには30年くらい住みました。
───『彌勒』は、飽和状態の映画業界に風穴を空ける作品です。体験型というものの提示によって新しいお客さんを呼ぶと?
林 そうそう。生演奏バージョンはチケット、5000円なんですよ。
───高いですね。
林 高いんですよ、映画としては。
───演劇だと思えば高くもないですが。
林 演劇だと思えば安いんです。最初は抵抗があったみたいですが、だんだんなくなってきています。
───そんなに高いにも関わらず、京都の博物館での上映は早々に完売したそうですね。
林 そうなんです、ほとんど売れて。生演奏バージョンはすごく面白いですよ。
───ゆくゆくは『彌勒』用のテントを建てるくらいに?
林 それくらい本当はやりたいですけど。なにしろ、運営スタッフが10人しかいないので、やりきれないんです。
───逆に博物館などの権威的なところでやるというのも面白さなんですか。
林 そうですね、力をお借りしてね。
───赤レンガ倉庫は、アートや演劇公演をよくやっている場所です。
林 本当は開港記念館でやりたかったのですが、残念ながらとれませんでした。
───移動劇場というのもアングラ的な手法ですが、それを若者が継いでいくことがいいですね。
林 ニューウェーブのアングラですね。全国を回ることは、やっぱり若いチームじゃないとできないことです。若さが必要なんです。ここからあとは若者がつくっていくんです。
───アングラの良さとは何でしょうか。
林 アングラは実験的で挑戦的ですね。あらゆる発想や表現力の可能性にリミットを作らない。創造性に対する自由さと冒険があるところがぼくは好きですね。英語でいとカウンターカルチャーですが、今はメインカルチャーがない状況だから、ケンカする相手がいなくて空洞化していますが、きっとこれから若者が作り出していくと思います。
(木俣冬)