『ノーモア立川明日香』小川善照・著/三空出版
当選無効の釈明会見で「トイレの水は流しません」と言い逃れをしたことで話題となった元「美人すぎる市議」立川明日香。本書は、生まれて間もなく乳児院にあずけられ施設で育ち、立候補から辞職に至るまでの半生を描いたノンフィクション。養護施設、公職選挙法、ネットでのバッシング、マスコミ。ただの激白本ではない、様々なテーマが散りばめられた一冊。

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「謝りたくないです。謝るとしたら、それは死ぬ時です」

立川明日香という女性を憶えているだろうか。
2012年埼玉県新座市市議選。いわゆる落下傘候補としての初出馬ながら当選した女性議員。27歳という若さと、整った顔立ちの「美人すぎる市議」。そしてなにより、18歳まで児童養護施設で育ったという「話題性」が彼女にはあった。
2ヶ月後、状況は激変する。
選挙管理委員会から下された当選無効の決定。被選挙人の資格のひとつとして、告示日前日の3ヶ月以上前からその選挙区に住んでいなければならない。立川には、届け出た住所の水道を使用した形跡がほとんど無かった。大勢のマスコミが囲む記者会見。問いつめられ、こう答えた。
「トイレは毎回流しません」

『ノーモア立川明日香』は、彼女を中心とした一連の騒動を追った一冊だ。著者は、週刊誌記者でありノンフィクション作家の小川善照。表紙を開くと、写真家インベカヲリ★による立川のグラビア写真が目に飛び込む。なかにはセミヌードの一枚もある。

そもそも議員になる前の立川は、事務所に所属するタレントであった。外国人向けの不動産会社で勤務しつつ、モデルとしての仕事もこなしていたという。最初から政治家を目指していたわけではない。だが、彼女には「何かをしなければ」という気持ちがあった。
契機となったのは、東日本大震災と原発事故、そして震災直後に頻繁に流されたACのCMーー「こだまでしょうか?」の詩人・金子みすゞ。
「私は周りや環境に潰されたくない。金子みすゞさんが今の私の年に生涯を終わらせたなら、私はその同じ年から始めようと決心したんです」

「世の中を良くしたい」と思った立川は、事務所の社長にその思いをメールで伝えた。そして、バックアップを受けて政治の世界に打って出ることになった。小川の取材によれば、社長はその後も事務所のタレント候補を続けて選挙に送り込む計画だったという。無論、この騒動のせいで「パーになった」のだが。

立川は、生後すぐに乳児院へ預けられた。父は酒乱で、DVを繰り返し、失踪した。母は統合失調となり入院しているという。施設では規律に縛られ、人間関係は希薄だったようだ。タイトルの「ノーモア立川明日香」は、自分のような人生を送る子どもを出してはいけない、という立川自身の願いだ。
そして同時に「彼女と関わった人間の気持ちでもあり、計らずともダブルミーニングになってしまった」とは、小川によるあとがきより。確かに、立川は気持ちだけが先走ってしまい、結果、多くの関係者に迷惑をかけたのは事実だ。取材の際にもなにかとトラブルがあったことが、文章の端々から伺える。

小川は、立川の政治家としての資質を、かなり厳しく問うている。彼女の境遇を美談として扱うことは決してない。
「それは、立川明日香政治家だったからだ。政治家であれば、評価されるのは何をやったかだ」
規則でがんじがらめだったという養護施設での生活。9歳のとき初めて「普通の家庭」を目の当たりにして受けたショック。奨学金で大学へ行き、アルバイトで金を貯めてのアメリカ留学。「何かをやらなければ」という純粋な気持ちからの出馬。全て、マスコミと大衆によって消費されていった一人の女性の半生である。
週刊誌で記事を書いてきた小川だからこそ、それを「感動的な話」にせず、あえて突き放して執筆したのではないかと思う。立川明日香という存在自体を、社会への問題提起とするために。

職を失い、離婚して、シングルマザーとなった立川は、選挙費用の返却まで求められている。困窮のなか、ブログに心境を綴り、youtube上で寄付を求めても、PC画面の向こうから返ってくるのは冷笑や罵声ばかりだ。
取材が始まった2013年1月。すでに不服申し立てを取り下げ議員を辞職した立川に、本を通じて謝る気はないのかと、小川は訊いた。立川はきっぱりと答えた。「ゼッタイに謝りません」。冒頭の言葉である。
「なんだか、それだと社会に負けた感じがするんです」
立川明日香はそう語っている。

本書は、もともと政治家でもなければ、活動家でもない、強烈な何かに突き動かされただけの人間が敗北していく物語である。
小川が描きだした立川の姿に、共感する読者は多くないだろう。だが、政治家でも活動家でもないのは、私たちだって同じ。政治家の資格がなくても、この社会に不満を抱えている人は大勢いる。私もその一人だ。
政治をやれない自分に何ができるのか。そして、自分はどう行動にうつしていくのか。読了後、そのことについて考えたとき、立川明日香を嘲り、笑ったその何割かは、自分自身に跳ね返ってくるということに気がついた。
彼女は一度は闘った。しかし負けてしまった。とりあえず今のところは。
「基本的に世の中、虚無ですから! 何もない。何もないですよ世の中」

もう、何なんだろう。俺、涙でてきた。
(HK 吉岡命・遠藤譲)