終始笑顔で引退会見を行った朝日健太郎。「人前に出るのは嫌いじゃないが、今日は苦手。このネクタイはナントカ結び(笑)」

写真拡大

 ビーチバレーボール男子の北京、ロンドン五輪代表の朝日健太郎(37=フォーバル)が24日、都内で記者会見を行い、今季限りでの引退を発表した。27日からお台場海浜公園(東京都港区)にて行われる国内ビーチバレーJBVツアー・ペボニアカップが現役最後の試合となる。

 中学でバレーボールを始めた朝日は熊本・鎮西高、法政大を経てVリーグ・サントリーサンバーズに入団。全日本代表にも選ばれた。その後02年にビーチバレーボールへ転向。国内ツアー通算34勝、ビーチバレージャパン5連覇など、長く第一人者として活躍した。ワールドツアーでも07年マルセイユオープンでの4位をはじめ成績を残し、白鳥勝浩(湘南ベルマーレ)とのペアで2大会連続、オリンピック代表に選出。北京五輪9位、ロンドン五輪19位だった。

 「北京とロンドンが僕の競技人生の財産」と話し始めた朝日に涙はなかった。むしろ笑いに包まれた引退会見だった。

 08年の北京五輪で日本選手として初めて勝利をあげ予選リーグを突破したのち、国内では「無敵」を続けていたが海外では成績が下降。白鳥とのペアも一度は解消した。ここ数年、気持ちと身体のバランスが「きれいに描けていなかった」と言い、引退もおぼろげながら頭にあったと話す。

 今年の夏、オリンピックを終え、家族でロンドン観光をしていると、楽しさを感じていたはずだったが奥様に「うわの空だね」と言われ、「いつもは次の目標を見つけ、次に向かっているのに、それがなかった。もういいかなぁと思い、次の人生にシフトする時だと感じた」と直接的なきっかけを語った。

 今後の具体的な活動はまだ決まっていないが、「インドアとビーチの架け橋になりたい」と話し、インドアの選手のスカウトも考えている。「インドアはデータ管理など組織力がある。ビーチも組織で世界と戦っていかないといけない。逆にビーチのスキルはインドアでもプラスに作用すると思う」とビーチとインドアの相互交流を目標のひとつとしてあげた。

 また、朝日は日本オリンピック委員会のアスリート就職支援プログラム「アスナビ」で現在の株式会社フォーバルに所属。本プログラムでは初めて現役を退くアスリートとなる。「すぐに社業に、ということではない。まずはネクタイの締め方から…(笑)。今後の僕が、アスリートのセカンドキャリアにとって重要になると思う。モデルケースになれればいい」

 バレーボールを始めて25年。転向して10年。名実ともに大きなプレイヤーがビーチをあとにする。

 「やり尽くした感はなく、空っぽになってはいない。今も余力はある」事実、今季は日本代表としてアジアコンチネンタルカップで優勝。世界で24チームのみ出場できるロンドン五輪の切符を掴んだ。また国内ツアーでも2連勝中。

 だが…と話す。「世界で戦っていくという目標なしでは戦ってはいけない。楽しいビーチではアメリカやブラジルには勝てない」

 「余力があるうちに次の挑戦をする。インドアから転向したときもそうだった。常に挑戦していきたい」

 しかし今後もどんな形にせよ、日本のビーチバレーボールに朝日は大きな影響を与えていくだろう。

 「(団体戦の)アジアコンチネンタルカップで初めてチームの意識を感じた。ビーチはアウトローなヤツが多いですが、今後は後輩のためにと思う。今までは譲ってたまるか!教えてたまるか!という感じでしたが(笑)。ビーチバレーの普及、強化、環境を考えていきたい」

 まだ27日からは、東京・お台場海浜公園での大会が残っている。「もう勝たなくてもいいかなぁと思っていたが、白鳥は『最後まで一緒に戦いましょう』と言ってくれた。最後の花道を飾りたい。レインボーブリッジに朝日を昇らせて、最後はお台場の海にサンセットします!(笑)」

(取材・文=小崎仁久)■関連リンク
朝日健太郎【写真ギャラリー/24枚】