「桐島、部活やめるってよ」
監督:吉田大八 
原作:「桐島、部活やめるってよ」朝井リョウ(集英社文庫)
脚本:喜安公平 吉田大八
出演:神木隆之介、橋本愛、大後寿々花、東出昌大ほか
全国ロードショー中

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ズバリ。
「桐島、って誰なんだよ?」
って最後まですごく気になる映画です。
あんなにでっかくはっきり映画の宣伝ポスターに出ている神木隆之介くんは、
桐島役ではありません。
では、今度の貞子役は誰? ってことで「貞子3D」を大いに盛り上げた
美少女女優・橋本愛さんなのでしょうか? 
 
この、部活をやめちゃったらしい「桐島」という仕掛けを巧みに使って、
高校生たちの日常を鮮やかに描いた小説『桐島、部活やめるってよ』は、
先日、直木賞候補にもなった朝井リョウのデビュー作。
大学生が書いたフレッシュな小説と話題になりました。
小説すばる新人賞を受賞しています。

この小説が映画化されることになると、
マスコミ試写は連日混み合って、評判が大層良かったということなので、
見そびれた私は、これは観に行かなくてはいかん!と、ちゃんと自腹!で見て参りましたよ。
結論からして、
自腹で満足。ステキな映画でした。

その証拠のひとつとして、
クライマックス、隣に座っていた男性客(メガネ男子)が、グスグス鼻をならしはじめ、
帰り際、隣の彼女(剛力彩芽ふう)に、よしよしされていました。

もう、そんな状況からして、よいではないですか!

登場人物たちの台詞から、どうやら桐島は、とてもよくできた人気者らしいことはわかります。
バレー部キャプテンだった桐島が、部活をやめた、ってことで、校内(の一部)は、そりゃもう大騒ぎです。
動揺しまくる桐島の友達、桐島の彼女、彼女の友達、彼女の友達の彼氏、友達の彼氏を秘かに思う女子・・・などなど、いろんな子達が数珠繋がりで出てきて、みんなちょっとずつ関係があって、
そして、それぞれ個別の事情を抱えていて、悩んでいて。
彼らがグルグルとつながったまま桐島を追いかけた結果、最後に見つけるものが、きっとメガネの男性客にはたまらなかったのでしょう。

帰りがけ、
お客さんの女子ふたり連れは「出てくる女の子が超リアルー」と盛り上がっていましたし、
映画館を出たところで、十代であろう男子8人(こんな団体で観に来るんだな、仲良しでいいな)は、
「あいつがむかつく。」とか「あいつの名前なんだっけ?」とか、ワイワイ楽しそうに言い合っていました。
私のように、ひとりで来ている人もいました。

映画には、バレー部、バトミントン部、吹奏楽部、映画部、帰宅部、
モテ、非モテ、
いろんな登場人物がいて、その中の誰かしらに自分が投影できちゃいます。

このように誰かひとりが主役っていうより誰もがみな主人公的な物語を、
原作小説では、「菊池宏樹」「小泉風助」「沢島亜矢」「前田涼也」「宮部実果」「菊池宏樹」という章立てで書いています。
映画では、「金曜日」「金曜日」「金曜日」……と高校での同じ日の同じ出来事を、登場人物各々の視点によってアングルを変えて何度も繰り返し描きます。
そうすることで、他人には決して言葉にして伝えない、その時の当事者の気持ちが見た人に感じられるようになっています。
小説だと、各章の主人公の心情が、ケータイメールのような短く弾む独特な文体でたっぷり描かれていますが、
映画は、会話はものすごくおもしろいですが(例えば、映画部の前田と吹奏楽部の沢島の攻防)、その内面はほとんど言葉化されていません。
でも、彼らのやってることを見ていると、言葉化されたもの以上に、頭の中にたくさんの言葉が沸いてきます。
学校の風景も誰にでも見たコトのある風景ですが、
それがまた、いろんな感情を呼び起こします。
高橋優のエンディングテーマ「陽はまた昇る」もヤバいです。感情かき乱します。

やたらめったら心がざわつく映画です。
そして、その中で、神木隆之介くんが、不思議に静謐な透明感で存在しています。
神木くんって名子役とか美少年とか言われてきていて、もちろん、その通りで、「サマーウォーズ」では主人公の声を演じたり、「SPEC」では時間を止めちゃうスペックホルダーを演じたり、と演技の幅も広い方ですが、キラースマイル的なテッパンな表情とか、強烈にグイグイ押してくる演技をするわけではない、お吸い物みたいな人だなあと思うのです。
薄味なのになんだかジワジワくる。
その透明な水面に見た人が好きに思いを投影できるというのか。
共演者(お吸い物における具)の良さも引き立てるというのか。
そうです、なかなか明らかにならない「桐島」みたいな感じ。
神木くんは桐島役じゃないけど、桐島みたいな俳優であることを発見しました。

そんな神木くんを使って、
桐島の親友で野球部の活動を休んでしまっている菊池宏樹が最後に感じることを吉田大八監督(「クヒオ大佐」「パーマネント野ばら」)が、当たり前だけどなかなかできない、映画でしかできないことで描いています。
小説では、菊池の思いが言葉化されていて、それはそれですごく心を打つのですが、
映画では、劇場で見ているお客さんに、何を思ったかが託されます。
「菊池宏樹」「小泉風助」「沢島亜矢」「前田涼也」「宮部実果」「菊池宏樹」のグルグルつながりを通り越えて、「映画を見てる私」が参加しているような感じがします。
お吸い物・神木くんの中で「映画を見てる私」も具のひとつとして存在できるのです。

映画万歳。稀有な才能をもった俳優万歳です。

朝井リョウは、パンフレットの中で、
「[クラス内ヒエラルキーの上下が逆転する]とか、そういうことを書きたかったわけではありません。」と書いていますし、
もちろん、映画と小説のヒエラルキーの上下なんかあるわけもないのですが、
映画人が映画人のやり方をやり抜いた!という誠実さを感じました。
そして、それと、
神木くん演じる前田涼也が所属する映画部の活動とが重なるようでした。

映画ではこの映画部の活動が原作小説以上に微細に描かれていて、
やっぱりどこか、文科系男子の体育会系男子への反逆って感じも小説以上にあって痛快です。
「草食系最強」というのは映画「るろうに剣心」のキャッチコピーですが、
桐島、部活やめるってよ」にも合うんじゃないでしょうか。

それにしても、なんで、映画監督って、ゾンビ出すの、好きなんでしょう。
「SUPER8」「東京公園」「キツツキと雨」に次いで、
この映画でもゾンビが大活躍です。
でも、ゾンビシーンでは、神木くん演じる前田が本音を吐露したちょっといい台詞があります。
その言葉は聞き逃したくないです。
(木俣冬)