長打力

 元の記事では2010年以降の長打力の低下も指摘されています。データを表6-1に示します。

表6-1

 表中の「IsoP」というのは,「IsoP = 長打率−打率」で計算されるデータです。長打率は,シングルヒットや内野安打でも上昇するので,それらの影響を除いた長打力を評価するために用いられる指標です。

 データを見るに,確かに2010年以降はIsoPが低下しています。しかし,2006年以降の長打力のデータを表6-2に示します。

表6-2

 IsoPのデータを見ると,確かに2011年は低い値となっていますが,2010年以降低下傾向というよりも,2009年のIsoPの値が特別高いことがわかります。2009年以降のデータだけ見れば長打力が低下してきているようにも見えますが,もう少し長いスパンで見れば,必ずしもそうではないことがわかります。

早打ち傾向

 最後に,元の記事で指摘された早打ち傾向について,データを表7-1に示します。

表7-1

 確かに,初球に手を出す確率は上昇し,それに反比例するように,初球安打率は低下してきています。

 さて,この初球安打率については,FANGRAPHSに掲載がありません。先ほどと同様私が探せていない可能性もあるので,ご存知の方がいれば教えてください。

 初球スイング率については,もう少し長いスパンで見てみたいと思います。データを表7-2に示します。

表7-2

 データを見ると,2011年の初球スイング率は,2001〜2005年のデータと同等です。これも2009年以降のデータだけ見れば,近年早打ち傾向になってきたようにも見えますが,MLB移籍当初の傾向に戻ったとも見ることができます。初球安打率のデータがあればもっと詳しくわかるのですが,見つけられていないのでこのデータはここまでしかわかりません。初球安打率は何処に……。

元の記事への批判をまとめる

 以上,元の記事を紹介しつつ,そのデータに対していろいろ書いてみました。今回の目的は元の記事に対して批判をしていくことなので,最後に批判をまとめてみたいと思います。

 ・文責者が明記されていない。
 ・データの出典が不明瞭な箇所がある。
 ・分析しているデータの期間が短かったり断片的であったりするため,解釈に問題がある。

 と,いったところでしょうか。

 文責者が明記されていないというのは,私も本名を晒して書いているわけではないので偉そうなことは言えないのですが,仮にも書店に並んでいるような,しかも小学館が発行している雑誌の記事の責任者が不在というのには驚いています。週刊誌ってそういうものなのでしょうか。

 データの出典が不明瞭な箇所があるというのは,途中に指摘しましたが,どうもFANGRAPHSから引用したデータなのか,Baseball Referenceのデータなのか,それともそれ以外のデータもあるのかはっきりしないところがあります。

 私が探しきれていない可能性も捨て切れませんが,データの出典がはっきりしないというのは,記事自体の信憑性を損なうことになります。この記事を読む多くの人はデータの出典の信憑性などは疑わないでしょうから,これは著者のモラルが問われるところだと思います。

 最後に,分析しているデータの期間が短かったり断片的であったりするため,解釈に問題があるというのは,途中データをあげて反論しましたが,元の記事で指摘されている

 ・選球眼の低下
 ・年齢的な筋力の低下による,打球速度の低下によるゴロヒットの減少
 ・長打力の低下

 に関しては,必ずしもそうではない可能性も考えられます。


おわりに

 長文になってしまいました。2011年のイチロー選手が200本安打を達成できなかった原因を考えた時,ファストボールへの安打率の低下は非常に興味深い事実です。

 しかし,なぜファストボールを打てなくなったのか?という疑問に対するこの記事の答えはまだ不十分で,さらに検証が必要となってくると思います。

 とはいえ,一般の週刊誌でこういうセイバーメトリクスによる突っ込んだ記事が出てくることは大変喜ばしいことではないでしょうか?第一読み応えがありますからね。

 いったいどんな人が書いているのやら気になるところですが,そこは藪の中です。

 では,今回はこの辺りで失礼します。

引用文献・サイト
 ・「イチローが速球に対応できなくなったことを示すデータ登場
  NEWSポストセブン
 ・セイバーメトリクスが完全解析した「天才イチロー」の死
  週刊ポスト 2011年10月14日号 p.156-158

データ引用サイト
 ・FANGRAPHS
 ・Baseball Reference