自由民主党参議院議員の佐藤ゆかり氏は、1ドル=77円前後で高止まりする「超円高」について、大きな危機感を抱いている。「この円高は、典型的な“悪い円高”であり、金融当局は断固とした態度で円高の水準是正に取り組まなければなりません。2008年のリーマンショック当時の米国の対応に倣って、日銀と世界の中央銀行が連携して対応にあたる必要があります」と訴える。

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 自由民主党参議院議員の佐藤ゆかり氏は、1ドル=77円前後で高止まりする「超円高」について、大きな危機感を抱いている。経済学者であり民間エコノミストとして長年にわたって為替と経済、企業活動についての考察を続けてきた専門家としての知見から、「この円高は、典型的な“悪い円高”であり、金融当局は断固とした態度で円高の水準是正に取り組まなければなりません。2008年のリーマンショック当時の米国の対応に倣って、日銀と世界の中央銀行が連携して対応にあたる必要があります」と訴えている。(3回シリーズの1)

――今回、76円台に進んだ円高に対する当局の対応についての評価は?

 8月4日に実施された当局の対応については、介入は財務省の単独介入でした。そして、金融政策としては、日銀が流動性供給を目的に「資産の買い入れ等基金」の総額を従来の40兆円から10兆円積み増して50兆円に拡大するというのが、主な発表内容でした。この内容についての評価は、「スタンダードな対応の範疇にとどまるもの」といえます。これまでの金融政策が非常に緩和的なので、基金そのものは諸外国のケースと照らすとスタンダードではないのですが、基金については2010年10月に創設し、東日本大震災の直後に上積みした経緯もあり、今では日銀政策としては規定路線といえる緩和策と受け止められます。

 たしかに、本来は二日間にわたって行う日銀の政策決定会合を一日に短縮し、円売り介入と同時に金融緩和策を発表するというアナウンスメント効果を狙ったのは正しかったと思います。ただ、政策の中身が規定路線の範疇にとどまっていただけに効果が薄かったといえるのではないでしょうか。もう少し踏み込んで、日本経済が危機的な状況に立たされる1ドル=76円台に来ているのだから、この円高を是正するためには、非伝統的な領域にまでもう一歩踏み込む必要があるのではないかと思っています。

――もう一歩踏み込んだ対応とは?

 8月9日の参議院財政金融委員会の質疑で、私は日銀の白川総裁に「通貨スワップを使った日本円の供給」について他国に要請しますかと質しました。これがポイントになると思っています。通貨スワップというのは、非伝統的手法なのです。たとえば、日中韓も含めたASEAN+3で取り決めしているチェンマイ・イニシアチブでは、アジア通貨を通貨スワップによって各国中央銀行が供給する枠組みが設けられています。これは、アジア通貨危機を再燃させないという意味で適宜適用されています。

 また、先進各国との間でも、日銀は通貨スワップ協定を結んでいます。たとえば、リーマンショックの発生した2008年9月以降、日銀は日本でドル供給オペを行うようになりました。リーマンショックの後で、金融市場に決済問題やクレジットクランチ(信用収縮)が起きないように、その防止策として各国の中央銀行が協力して、ドルの供給を行ったのです。未だに、この対ドルの通貨スワップ協定は更新して続いています。

 かつて通貨スワップを使った対応が実施されたこれらの事例では、通貨危機が決済にかかわる危機に発展することを回避する方策として通貨スワップが使われています。このように、決済にかかわる問題が発生しうる時は、堂々と一国の中央銀行は通貨スワップによる流動性の供給に踏み切ることができます。

 私は今回、この超円高が決済の問題に波及してしまうことを懸念しています。

――決済の問題とは?

 円高で、貿易取引の数量が減少し、売上高が減収になるという、そちらの側面から悲鳴が上がって関心が高まります。これは当然のことなのですが、それと同時に、今回の円高局面では決済の観点でも問題視されるべきなのです。決済問題については、一般の関心が低い分野ですが、エコノミストとして長年にわたって世界経済を見てきた立場から、今回の超円高の問題は、世界各国での決済の問題に発展しかねないとの危惧を感じています。

 たとえば、輸出の決済をする通貨が、円建てで決済されるケースが年々拡大してきています。対アジアでは輸出の50%程度が円建て決済になっています。対ユーロでも円建て決済が増えていて、今では全世界への日本の輸出で円建て決済が40%を上回っています。

 そうすると、アジアの国で日本の製品を輸入したとして、輸入代金を決済しようとする際に、超円高になると円資金を調達するコストが高くなる。その結果として、現地輸入業者の決済において、債務不履行の問題に発展しかねません。私は、ここに注目しています。このような観点で、円高の問題を指摘している人はまだいませんが、これは円が決済通貨となっている以上、現実的な観点になってきたのです。

 このような超円高による輸入代金の債務不履行を未然に防ぐために、中央銀行が通貨スワップ協定を活用して、相手国に対して日本円を現地で供給するように要請することに、十分な根拠があると考えます。これは、れっきとして中央銀行が介入すべき決済制度の安定の確保の問題なのです。

 私の質問に対して白川総裁は、輸出の円建て取引が増加しているという共通認識を示し、通貨に関する協力体制を今後も深めていくという答えでした。私は、日銀としても決済の健全性保全の観点から、通貨スワップを使って円の供給オペを行うという提言については、是非、検討していただきたいと思います。

――財政金融委員会では、日本のリーダーシップについても問題提起されていました。

 リーマンショックの後の対応で、どのような協調がとられたかということを参照すべきだと思っています。現在は、超円高に苦しむ日本の他、欧州を発端に米国でも広がっている債務危機の問題があって、主要国は危機まみれの状況です。現在はリーマンショックに匹敵するような対応が必要だと思っています。リーマンショック当時は、アメリカ主導で主要国の中央銀行に流動性を供給するよう働きかけ、各国の中央銀行が協力した結果、決済危機やクレジットクランチを避けられました。今回は、なぜ、そのような協力体制ができないのでしょうか?

 ここに、リーダーシップの問題があります。G7の緊急電話会議を開催した経緯を質しても、リーダーシップの欠如が分かります。8月8日月曜日の朝6時に緊急のG7の電話会合が行われたのですが、これほど大事な緊急会合であれば、日本では菅総理が緊急会合の要請を直々に議長国のフランスのサルコジ大統領にする必要があったと思います。たとえば、イタリアは債務の問題を抱えていて、ベルルスコーニ首相がサルコジ大統領に対して5日、金曜日の段階で週末に緊急会合を開いてほしいという要請をしています。

 日本も円高問題を抱えているので、同じような要請をサルコジ大統領に直接行ってしかるべきです。大統領に対して一国の首相が開催要請を行うことによって、会合を自国に有利に導くことも可能でしょう。実際の会合は各国の財務大臣と中央銀行総裁の間で行うものですが、総理が開催を要請したという経緯があれば、日本の発言に重みがでて、日本の主張も考慮されるものです。今回は、そのようなことはありませんでした。

 その理由は、もともとの外交下手に加えて、菅総理が辞める人間だから、表に出てほしくないとか、出せない、あるいは、外国からもう辞める立場の総理の発言が重みを持って受け入れられないという事情があったかもしれません。このような事態が続いていることこそが、日本の国益を損ねているということを民主党政権は認識を新たにしてほしいと思います。(つづく)(聞き手・編集担当:徳永浩)