[海との共生]<上>

 日本の近海には魚類や哺乳類など多くの大型動物が生息するが、大半は詳しい生態が不明だ。

 専門家は市民の力も借りながらデータを集め、保護への道筋を探っている。大きく変化する海洋環境と、海の動物との共生策を考える。

(東京本社科学部編集委員・宮崎敦、同科学部・杉森純、中部支社編集委員・加藤学=小笠原ルポ、撮影)

台風で4日間足止め

 東京都心から南に約1000キロ・メートル離れた小笠原諸島(東京都小笠原村)で6月、水族館や大学の研究者、地元有志らが行ったシロワニの潜水調査に同行した。性格は比較的おとなしく、ダイバーや観光客に人気のサメだ。

 今回は1~2日に母島列島で調査を実施。3~6日は、父島の北に位置する聟島(むこじま)列島(無人)に向かい、船中泊をしながら調査する予定だった。だが本州を通過していった台風6号の影響で、本土から遠く離れた海でも、波やうねりが収まらない。

 待つこと4日。6月7日、日帰りで聟島列島南の嫁島の調査を決行した。父島を出港したのは午前6時半、現地の海流が弱い時間帯を狙って北に向かう。

岩陰にコワモテの姿

 午前8時過ぎ、大きなアーチ型の岩が目印のポイント「マグロ穴」に到着した。イソマグロが群れるダイビングポイントで知られ、その底にシロワニもいるという。

 ダイバーと一緒に船から海に飛び込むと、透明な海で複数のイルカが出迎えてくれた。インカの群れを横目に海底へと進むと、水深19メートルの岩陰で、潜む2匹のシロワニを見つけた。

 全長2メートル弱と小型だが、半開きの口から鋭い歯がのぞく。2匹はこちらをうかがうように、ゆっくり旋回していた。その後もう1匹を見つけ、マグロ穴では計3匹を確認した。

 1年前に海底に設置した受信機を、ダイバーが回収した。浮上後、船上で受信機のデータを確認した。すると、23年に父島で発信器をつけた1匹が、約50キロ・メートル離れた嫁島まで移動していた記録が、受信機に残っていたことがわかった。

確かな記録は3件だけ

 小笠原の海を案内した同村のダイバーで写真家の南俊夫さん(56)は、「知れば知るほどミステリアスなサメだ」と話す。

 見た目はいかついが、人が驚かせなければ通常、漁やダイビングの邪魔もしない。水深10~30メートルの岩礁や洞窟、沈没船に潜むことが多いが、父島の漁港や桟橋のある浅い海底にも姿を現す。一方で、定着した岩場から急にいなくなってしまうなど、予測しにくい行動もする。

 日本でいち早く1995年にシロワニを導入した水族館「マリンワールド海の中道」(福岡市)の中村雅之顧問(66)も不思議な魅力に取りつかれた一人だ。

 「世界では大陸の沿岸域に分布するのに、どうやって海洋島の小笠原に来たのか。正確な生息数を含めて、調べる価値があると思った」

 本土では縄文時代の九州や北陸、関東などの貝塚から歯が出土しているが、中村さんによると、国内の確かな捕獲記録は1907、37、69年の3件しかない。

 大正時代には長崎で水揚げされた記録があり、東シナ海では67~68年の学術調査で複数捕獲されたが、本土の沿岸部からいつ消えたのかも謎だ。サメは世界各地で危険な魚とみなされ、サメ狩りに遭ったり駆除されたりしやすい。保護しようにも、正確な生息数などの基本データさえ乏しい。

本格的な調査に着手

 中村さんは全国の水族館研究者らと「シロワニ繁殖協議会」を設立。豪州や北米など海外で先行する保護の取り組みを参考に、18年から本格的な小笠原での潜水調査に着手した。

 体の斑紋などから個体を識別して記録し、音響発信機や行動記録装置を20年に5匹、23年に9匹、計14匹に装着。25年までに聟島・父島・母島の各列島の海底に、22台の受信機を設置して移動や分布域を調べた。

 その結果▽南北130キロ・メートルに及ぶ3列島の間を移動する▽夏は主に水深100メートルを超える海にいて、冬は同50メートルより浅い海に移動する▽浮力調整のため頻繁に海面に浮上する--ことなどが判明した。

 これまでに118個体の識別にも成功。中村さんは「今後はDNA解析なども進め、いつどこから小笠原に渡ったかを解明したい」と意気込む。

国内初の繁殖成功

 近年の水族館や動物園は、希少な種の保存に力を入れている。現地調査は、その進歩にも貢献する。

 国内最多の約60種のサメを飼育するアクアワールド茨城県大洗水族館(大洗町)は、2002年の開館当初からシロワニの繁殖に取り組んだ。だが一度も成功しない。世界の水族館でも繁殖例は少なく、手探りで水温や照明時間などを工夫したが、効果がなかった。

 14年から飼育を担当した魚類展示課の徳永幸太郎さん(49)は、18年の潜水調査に参加し、ダイナミックに変化する小笠原の海を肌で感じることができた。そして、「水温を季節で大きく変えることが繁殖の鍵では?」と気づいた。

 大洗に戻ると、シロワニの水槽の水温を夏23度・冬18度から、夏25度・冬17度に調節した。20年冬にペアが交尾。21年6月、国内で初めて飼育下の赤ちゃんサメが誕生した。23年と25年にも同じペアが出産し、うち2匹が元気に育っている。

 徳永さんは「大きな魚類は繁殖条件がよくわからないことが多く、飼育できる施設も限られる。根気がいる取り組みだが、生態を解明することは保護にもつながる。私たちが諦めるわけにはいかない」と力を込める。

地元にも広がる連帯

 シロワニは近年、分布域とされる東シナ海や台湾からの報告が、ほぼ途絶えている。繁殖力が低く、人に近い海で暮らすため、漁で混獲されやすいことも、姿を消した一因とみられる。

 一方、島の観光資源になるシロワニの保護意識は小笠原の住民にも広がる。24年、地元のダイバーらを加えた「NPO法人小笠原シロワニ保全研究会」が発足した。

 研究者が小笠原に渡る調査は、資金がかかるため年2回ほどしかできない。現地のダイバーがシロワニを撮影したり、港まで来た個体から記録装置を回収したりして研究を支える。研究者は小笠原村でシロワニの説明会を行うなどして、地道に理解を広げている。

 中村さんは「小笠原では近親交配が進み、遺伝的多様性が失われている可能性がある。住民の理解を得ながら、日本全国でシロワニのことを考えてもらえるようにしたい」と話す。

「静かな絶滅」対策 生物多様性地図を作成

 南北に長い日本列島は、黒潮や親潮が流れる豊かな海に囲まれ、様々な海棲(かいせい)動物が定着や回遊をしている。魚類のサメやマンボウ、爬虫(はちゅう)類のウミガメ、哺乳類のイルカやシャチ、クジラ、オットセイ、トド、ジュゴンなど多彩だ。

 だが明治~昭和期の乱獲や混獲、公害、埋め立て工事などは、海の大型動物にも大きなダメージを与えた。明治初期に日本各地にいたニホンアシカは、毛皮を取るために乱獲されて50年以上姿が確認されておらず、絶滅したと考えられる。

 近年は動物保護、環境保護の意識が高まった反面、地球温暖化、マイクロプラスチックや化学物質による汚染、残された漁具や釣り糸などが海中を漂うゴーストギア(幽霊漁具)などの新たな問題が生態系を脅かす。海の生物は生息数や分布域などの調査が難しいため、いつのまにか姿が消える「静かな絶滅」が進んでいる恐れもある。

 近年、海の環境を守る重要性は世界の共通認識になっている。国連は2021~30年を「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」と定め、海洋科学を飛躍的に発展させ、海の問題を解決する集中的な取り組みを進めている。イルカなどの哺乳類は海の豊かさや環境の健全性を知る指標となる生物で、その生態解明と保全もテーマの一つだ。

 日本も18年に閣議決定した「第3期海洋基本計画」で、国連海洋科学の10年と連動した政策を進める。文部科学省の「海洋生物ビッグデータ活用技術高度化」事業は、国連のアクションプランとして承認された。琉球大学を中心に、従来ばらばらだった海の生物のデータを統合して、どの海域にどのような種がいるかがわかる「生物多様性地図」を作成。適切な保護区の設定や、生態系の劣化リスクの判定などに役立つと期待されている。