史料的裏付けはない?それでも語り継がれる<墨俣一夜城>伝説。大河ドラマで描かれるようになった理由とは…『豊臣兄弟!』を濱田浩一郎が解説
天下人・豊臣秀吉…ではなく、その弟・秀長が主人公!これまでになかった視点からダイナミックに描く大河ドラマ『豊臣兄弟!』(NHK総合、日曜午後8時ほか)。兄を支え続けた“もう一人の豊臣”にスポットが当たることで映し出される新たな戦国の世界が話題です。そこで歴史学者で作家・評論家の濱田浩一郎さんに、ドラマをもっと楽しむための”ツボ”を解説していただきました。
信長が絶大な信頼を置いた名将。本能寺後123万石となるも、最期には腹を切って取り出したしこりを秀吉へ送りつけた逸話も…演じるのは?
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墨俣での激しい攻防が描かれた本編
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第8話は「墨俣一夜城」。
本編では、蜂須賀正勝ら川並衆の協力によって一夜で築かれた墨俣砦や北方城を中心に、藤吉郎・小一郎らと齊藤軍との激しい戦いが描かれました。
なお岐阜県の大垣市墨俣町墨俣には、藤吉郎が築いたと伝えられる「墨俣一夜城」という歴史資料館が設置されています。
しかし、秀吉が墨俣に城を築いたとする史料的裏付けはありません。
史料における“墨俣”
先ず『信長公記』(信長の家臣・太田牛一が著した信長の一代記)。

『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(著:濱田浩一郎/内外出版社)
ここに”墨俣”という地名は出てくるものの、同地に秀吉が城を築いたとする一文はありません。
続いて史料的価値が低いとされる『太閤記』(江戸時代初期の儒学者・小瀬甫庵が著した秀吉の伝記)。
こちらでさえ、墨俣に城を秀吉が築いたとする文章はないのです。
ただ、“秀吉が美濃国内の新しい城の城主となった”との一文はありますが。
墨俣に城を築いたという話が出てくるのは…
では“秀吉が墨俣に城を築いた”という話題が載っている書物が何かというと、その1つが『絵本太閤記』(江戸時代中期に書かれた読本)です。
同書によると、織田信長直々に秀吉へ墨俣に砦を築くことを命令。
命を受けた秀吉は「蜂須賀、稲田、加次田、日比野」らに命じて、敵国(美濃)に砦を構築する作業に入ります。
当然、美濃斎藤氏は砦を作らせまいとして妨害してきますが、秀吉方は奇策を用いてこれを撃退。
そうこうするうちに作業は進み、砦は「一夜」のうちに完成したというのです。
秀吉の偉大さを象徴する話として
砦の完成を信長は大いに喜んだと言いますが…。
当然、これも『絵本太閤記』という小説の中の話であって、あくまで史実としては、信用できないものとなります。
なお、尾張国の土豪・前野家の動向を記した覚書『武功夜話』には、秀吉による墨俣築城の話が詳細に掲載されていますが、そもそも同書には偽書説もあり、やはり大いに信用できる史料とは言えません。
最後に整理をすれば、秀吉による墨俣築城は残念ながらなかったと思われますが、『絵本太閤記』などの記述によって、その逸話が人口に膾炙。
現代日本に至っては、<天下をとった秀吉>の偉大さを象徴する話として、ドラマなどで描かれるようになったのでしょう。
