なんと、すきまに「もう1本」入ってくる…じつに、意外な3本め、4本め…「余計な鎖」のあるDNA

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美しい二重らせん構造に隠された「生命最大の謎」を解く!

DNAは、生物や一部のウイルス(DNAウイルス)に特有の、いわゆる生物の〈設計図〉の一つといわれています。DNAの情報は「遺伝子」とよばれ、その情報によって生命の維持に必須なタンパク質やRNAが作られます。それゆえに、DNAは「遺伝子の本体である」と言われます。

しかし、ほんとうに生物の設計図という役割しか担っていないのでしょうか。そもそもDNAは、いったいどのようにしてこの地球上に誕生したのでしょうか。

世代をつなぐための最重要物質でありながら、細胞の内外でダイナミックなふるまいを見せるDNA。その本質を探究する極上の生命科学ミステリー『DNAとはなんだろう』から、DNAの見方が一変するトピックをご紹介しましょう。

DNAの巧妙なポイントは、遺伝情報を「ほぼ正確」にコピーする、つまり「ときどき間違える」ことにあった!?

*本記事は、講談社・ブルーバックス『DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり』から、内容を再構成・再編集してお届けします。

引き継がれるDNA

ヒトにはヒト特有のDNAがあるから、その受精卵は長じてヒトになるわけだし、最近まで(そして今もなお)僕たちを大いに苦しめているコロナウイルスにもまた、彼ら特有の遺伝子があるからこそ(ただし、DNAではなくRNA)、それをPCRで検出することができる。

「遺伝」という言葉が入っていることからもわかるように、遺伝子とは親から子へ、そして子から孫へと、代々引き継がれていくものである、と僕たちは理解している。自分が父親に似ていること、祖母に似ていること、曾祖父に似ていること。そして自分の子が「自分のこういうところに似ているなあ」と実感すること。

日々の生活にはさまざまに、家族が家族であると感じる瞬間が往々にしてある。そして、それらのほとんどが、おそらくDNAのせいなのだ。

引き継がれるDNA。それが、本稿幕開けのキーワードである。

DNAは、なぜ「二重らせん」の構造をしているのか

DNAとは、「デオキシリボ核酸」の略称である。よく知られているように、DNAは「二重らせん」構造を呈している。

「らせん」という言葉を聞いてホラー小説を思い浮かべる方は、ジャパニーズ・ホラー好きの僕と同類だと思われるので嬉しいのだけれど、ここでは自然界におけるDNAの構造の美しさを強調したい。DNAの「二重らせん」は、その名のとおり、2本のDNAが抱きついて二重になり、さらにらせん階段のようにねじれているのである(図「DNAの二重らせん構造」)。

DNAはなぜ、このような構造をしているのだろう。

「3つのパーツ」の構造

1本のDNAは、「ヌクレオチド」(正確には「デオキシリボヌクレオチド」という)という物質が、鎖の輪がつながるかのように、たくさんつながってできている。そしてヌクレオチドは、リン酸、糖、塩基という3つのパーツからできている。

ヌクレオチドのパーツのうち、「糖」は炭素原子が5つある「五炭糖」とよばれる種類のもので、DNAの場合は「デオキシリボース」という名がついている。

また、「塩基」(酸・塩基の塩基と区別するため「核酸塩基」ともいう)には4種類あり、それぞれ「アデニン(A)」「グアニン(G)」「シトシン(C)」「チミン(T)」とよばれている(図「ヌクレオチドの構造」)。

そして、「リン酸」と「デオキシリボース」が交互につながって一本のDNAの〈バックボーン〉(背骨みたいなもの)をつくっており、塩基はそれぞれのヌクレオチドから横に飛び出した〈櫛の歯〉のような状態になっている(図「DNAの二重らせん構造」参照)。

どうして「らせん」になるか

こうして、1本のDNAができあがる。

この〈櫛の歯〉である塩基には、「相補性」という性質がある。「あいおぎなう性質」というその言葉の意味するところは、AとT、GとCが、それぞれ水素結合によって対面するということだ。このような塩基の対面構造を「塩基対(つい)」といい、AとT、およびGとCのペアのことを「ワトソン・クリック塩基対」という(図「ワトソン・クリック塩基対」)。

この塩基対が、細長いDNAのすべての塩基と、それと対面するもう1本のDNAの塩基とのあいだにつくられることによって、2本の細長いDNAが抱きつくことになる。

このようにして互いに抱きついた2本のDNAがどうして「らせん」になるかというと、ヌクレオチドや塩基対、そしてそれらがつながってできたDNAの内部における分子と分子とのあいだの結びつきのバランスが、ちょうどよい状態に保たれるのが「二重らせん」構造だからである。

たとえば塩基対は、DNA全体から見ると“はしご”のように積み重なって〈らせん階段〉をつくりあげているわけだが、この塩基対と塩基対、すなわち〈階段〉と〈階段〉のあいだにはたらく相互作用は、その距離がおよそ0.34ナノメートル(3.4オングストローム)となり、〈階段〉が少しずつ角度がズレて積み重なるときに、最もよい状態となる。

こうした相互作用がDNAの各所で最適化された結果として、抱きついた2本のDNAは、全体として美しい「らせん」構造を形成するのである。

しかし、なかには「フーグスティーン塩基対」というちょっと変わった塩基対も存在する。続いて、その「ちょっと変わった塩基対」をご紹介しよう。じつは、DNAという物質は、きわめてフレキシブルなものであることがわかる。

仲良し2人組に、割り込んでくる

親友と2人で遊んでいるときに、途中であまり仲の良くない子に割り込みをされる、なんてことは多くの人が経験してきたに違いないが、ここではむしろ「あやとり」の例を出したほうがよいかもしれない。2人であやとりをしているところに3人めが割り込んでくる、というケースである。

2人の対戦が非常に連続的で、何回やっても勝負がつかなかったところに、3人めが割って入っていきなり終わってしまったら、なんとも悲しい気持ちになる。

DNAといえば「二重らせん」であり、「2本のDNAが相補的な塩基を介して抱き合っている」というお馴染みの描像はもはや常識である。常識ではあるのだけれど、じつはここに、懐から手を入れてこちょこちょとこそぐられるがごとく、あるいは二人羽織のように他人の手が自らの袖に入り込んでくるがごとく、その常識に楯突く状態が時としてあるということが明らかになっている。

それが、「3本鎖(三重鎖)DNA」である。イメージとしては、二重らせんを呈したDNAの、らせん型をした溝のうち、太い溝(主溝)に下のほうから細長いヘビがにょろにょろにょろと這い上ってくるシーンを想像するとよいかもしれないが、誤謬(ごびゅう)をもたらす可能性もある。

特殊な塩基対「フーグスティーン塩基対」

本記事の前半でも述べたように、DNAが通常つくる塩基対は「ワトソン・クリック塩基対」 で、AとT、GとCがペアを組み、それぞれ水素結合2本、3本で塩基対を形成するものである(こちらの図を参照)。

ところが、これら塩基の性質としてもう一つ、「フーグスティーン塩基対」とよばれる特殊な塩基対が形成される場合がある(図「さまざまなフーグスティーン塩基対」)。この塩基対は、AとT、GとCがペアを組むのは同じだが、ワトソン・クリック塩基対とは異なる水素結合が生じるものである。その結果、3本鎖や4本鎖のDNAが生じることが知られているのだ。

さまざまな立体構造のパターンがあるようだが、いちばんわかりやすいのは、通常のワトソン・クリック塩基対を形成している2本鎖DNA(二重らせん)に対して、余計なDNAが1本やってきて、らせんの空いている部分からフーグスティーン塩基対を形成してしまうものだろう。

この「余計なDNA」は多くの場合、すぐそばのDNAがグーッと引き寄せられるよう に二重らせんに入り込み、3本鎖や4本鎖を形成してしまうもので、その結果、DNAの構造が大きく変化して、遺伝子発現などを促進したり抑制したりすると考えられている。

二重らせん状態はたしかに非常に安定的だが、それ以外の構造になるのを拒否するようなものでは決してなく、DNAというのはきわめてフレキシブルに、時と場合によってさまざまな構造をとりうる物質なのである。

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次回は、わたしたちヒトのゲノムについての意外なトピックを取り上げます。

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